Act.58 み重なっていく、新たな記録




ビーチからの帰り道、

もうホテルも近いからといって、そっと景吾から離れた。

自分から離れたはずなのに、

……なんだか妙に、身体の右側が寂しくなった。






「あ、いたいた!どこ行ってたんだよー!」

ホテルに戻ったとたんに聞こえたのは、がっくんの声。
階段を降りてきたところだったらしい。最後の数段をピョンッと飛び降りて、ぱたぱたと近寄ってくる。
そのピョンッ、が可愛くて、思わず顔をほころばせた。

「2人していねーから、侑士がすげー怖ぇんだよ!なんとかしろよー!」

がっくんの声に、私たちは顔を見合わせた。
しばらくして景吾がため息をつき、頭に手をやる。

「……しょうがねぇな。ったく……たまにはお前ら、気を遣うとかねぇのか」

「跡部に言われたくねぇし!ほらっ、とにかく来いよ!今、俺の部屋に集まってっから!」

ぐいぐいっ、とがっくんが私の手を引っ張ってくる。わあぁぁぁ、コケる……!がっくんはちっちゃいけど、ちゃんと男の子だから力は強いのよ……!

「おい、危ねぇだろーが、岳人!」

景吾の鋭い声に、ハッとがっくんが気づいて止まってくれた。

「あ、わ、ワリィ!つい急いじまった!……大丈夫か?」

ぐはっ……!ひ、久々にキタァ、可愛い攻撃……!
キラキラ上目遣いでそんな可愛い顔して聞かれたら、

「だーいじょうぶ、気にしないで!」

って言うしかないじゃない!(大興奮)

「そかっ、よかった!」

ニカッと笑ったがっくんスマイルに、再度撃沈。
がっくんは今度はゆっくりと歩いてくれた。がっくんスマイル付きで。

……私、本当にこの世界に来れてよかった……!間近でがっくんスマイル見ることができて、ホント神様に感謝する……!(ガッツポーズ)

「……お前は小さいヤツに弱いな」

後ろからついてきた景吾が、なんとも言えない微妙な顔をして、私の髪の毛をくしゃくしゃとかき乱す。

えぇ、なんと言われようと構わない。
チビーズの愛らしさは、得難いものだもの……!人間ないものねだりなのよ!
願わくば、この愛らしさをずっと持ち続けていて……!成長しても忘れずに!

「うっせ跡部!俺の成長期は高校なんだ!見てろよ、高校行ったらお前なんか抜いてやるかんな!」

「へぇ……楽しみにしてるぜ?」

「クソクソ跡部!」

成長したがっくんかぁ……それもまたいいかもなぁ……。
未来を想像して、ちょっと遠い世界に旅立つ。

あ、でも成長と言えば……

「中学1年生の時のみんなも見たかったな……めっちゃくちゃ可愛かったんだろうなぁ……!」

みんなの中1の時の姿、テニプリ本編とは別の外伝で見たことがあるけど、あの可愛さは尋常じゃなかったもんなぁ……!

「なんだ?見たいんなら、家帰ってからアルバムでも見るか?」

「俺も写真持ってるぜー!」

「わー見たい見たい!!」

そっか、アルバムとか存在するんだ……!
うわぁぁぁ、みんなの知られざる過去が見られる……!もしかしたら、中学生以前の姿も見られちゃうかもしれない……!ホント、神様ありがとう……!

「そーいや、と一緒に写真撮る機会ってなかなかなかったよな」

ぽつり、とがっくんがそんなことを言った。

「あー……確かに。日常生活の中で写真撮る機会ないもんねー」

「でも、今回の旅行では俺、結構撮った!……後でデータやるかんなー」

「ホント!?ありがとー!嬉しい!」

写真、って記録に残るから嬉しい。
まさか私自身、氷帝メンバーと一緒に写真を撮ることになるなんて、思わなかったけどね……!初めて一緒に写真に写っているのを見たときには、なかなか信じ られなかったし……もう絶対宝物にしようと思った。だって、私がかつて思い描いていたすべての妄想の結晶がそこにあったのだもの!!

数こそ少ないけれど、今までにも写真を撮る機会があるにはあった。文化祭の時とか。一緒に写真に写ってると、「あー、私、ちゃんとここに存在してるんだー」となんか……安心する。
写真というツールで、自分を客観視できるからかもしれない。
ま、美形の中に一人残念な顔が混じるから、ちょっと悲しくなるけどね!(泣き笑い)

「あ、ここが俺の部屋!……おーい、跡部たち見つけたぜー」

そんなことを考えていたら、がっくんの部屋についたらしい。
がっくんがガチャ、とドアを開けると、そこにはすでに侑士、亮、ジローちゃんがいた。侑士と亮はテーブルでトランプをやっているみたいだ。……ジローちゃんは天使の寝顔でもうすでにベッドで寝ていた。

「おっせーよ、お前ら……」

げんなり顔の亮がこちらを向く。……あれ、なんかすっごい疲れてる……?
来い来い、と亮が呼ぶので、私は侑士と亮のそばの椅子に腰掛けた。

「ごめんごめん。……何やってんの?」

「ポーカー。お前もやるか?」

「うん、やるー!」

「OK」

亮が散らばっていたカードをひとまとめにして、パラパラとシャッフルを始める。
シャアアッとマジシャンみたいなシャッフルの仕方を披露してくれる。

「おぉぉ……さすが亮」

亮がニヤ、と笑う。
ビリヤードとかダーツも含め、亮はこーゆーのがうまい。

「よし、最後の夜だ。楽しもうぜ!」

まるでディーラーのように言った亮に、私は「おー!」と拳を突き上げた。






「ったく……はしゃぎすぎてすぐ燃料切れしなきゃいいんだがな」

盛り上がるや宍戸、岳人を横目に見て、俺はテーブル近くのベッドに腰を下ろした。
その途端に

「…………どこ行ってたんや?」

低い声が聞こえた。

「あーん?……テメェに言う必要ねぇだろ」

「アホ!まさか自分、夜やからってちゃんと……あぁぁ、ダメや、ちゃん!そないな可愛い姿は俺の前でだけ「待て。を妄想で汚すな!

に聞こえないように、ガシリと忍足の頭を捕まえて、小さく鋭い声で制止する。
たとえ頭の中だろうと、をいいように扱われてたまるか!

「大体、テメェには俺とがビーチで何してようと関係ねぇだろ」

「ビーチ!?ビーチまで行って何しとんねん、自分!先生に外出禁止言われたやろ!」

「街に出るのが禁止だ、ビーチに出るなとは言われてねぇ」

「んな屁理屈通る「景吾ー、侑士ー、ポーカーやる?」

「「やる」」

忍足の言葉を遮って聞こえたの声に、俺と忍足の声がかぶる。
……思わず睨みつけて、視線で文句を言ったら、忍足のヤツも睨み返してきやがった。

俺たちの空気を見て、が何か感じ取ったのだろう。

「あ、ごめん。なんか話し込んでた?」

すまなそうにそう言う姿が……クソ、可愛いじゃねぇか。
先ほど、ビーチで2人きりで色々と話したことを思い出し―――ついでに、ビーチで何度となく行ったキスも思い出す。

そんなことを思い返していた俺は、返答に少し時間を要した。すると俺より先に、忍足が満面の笑みをに向ける。

「いーや、そないなことあらへん」

ずい、と俺の目の前に立ったので、俺も忍足を押しのけて、の方へ近づく。

「コイツと話すことなんざ、限られてる」

「俺かて、跡部と話す話題なんてそうないっちゅーねん。……ほな、テーブルは狭いやろ。こっちでやろ。ちゃん、こっちおいで」

「なんでがお前の傍に行くんだよ。……、こっち来い」

えーっと……とが曖昧な笑みを浮かべる。

「…………わ、私!がっくんと亮の間!(色々心臓が持たない気がするし!)」

「お、おう!よっしゃ、こっち座れ!」

いそいそと間をあける宍戸と岳人を見て。
俺と忍足は同時に深い息を吐いた。





「がっくん、次の番……」

言いかけて、気づいた。
隣にいたがっくんが、小さな寝息を立てていることに。
寝転がったままカードをやっていたから、まったく気づかなかった。
うわぁぁぁ、可愛い……!かわいすぎるよ、その寝顔……!私の心のオアシス、氷帝チビーズ万歳!
チビーズのうち、ジローちゃんの寝顔はほぼ毎日見てるから(ある意味)見慣れているけど、がっくんの寝顔は貴重……!

あ、そうだ!こういうときこそ写真!写真撮らなきゃ!!
そっとその場を離れ、持っていた荷物から携帯を取り出す。

?」

「がっくんの寝顔……!写真写真!」

ぱしゃぱしゃ、と何枚か携帯で写真を撮る。はぁ……可愛い!
完全に怪しいお姉さんと化してた私を、呆れたように見ていた亮が、

「おいおい……どーせなら、落書きとかしよーぜ」

そんなことを言って、ペンを取り出す。

「え、ちょ……」

一応水性ペンだけど、容赦なくがっくんのほっぺたに渦巻きとか書きだした。……あ、でも、それ可愛い……!!
がっくんは深い眠りに入ってしまったのか(まぁ、疲れてるし)、起きる気配はない。

「ついでに額に肉って書いたらどうや?」

侑士が笑いながら亮をあおる。
私はがっくんの寝顔に加え、ここまでいじられても一向に目覚める気配のないことに更に可愛さを感じ―――それ以上に面白くて、笑いがこらえられなかった。

「岳人は肉じゃねぇだろう。味噌とでも書いておけ」

「ちょ、景吾……!」

まさかの景吾参戦!!!

「味噌は漢字じゃ無理だな……ひらがなにすっか」

よっしゃ、と亮が額に『みそ』と書き始めた。

うわぁぁぁ、もう限界……!お腹痛い……!
その時点で、すでに腹筋崩壊だったんだけど、さらにトドメ。

「ジローにもやろうぜ。ジローなら動かしても起きねぇから、岳人の隣に並べて写真撮影だ」

言うなり、侑士がジローちゃんを抱え上げて連れてくる。
がっくんの隣にジローちゃんを寝かせると、即座に亮がジローちゃんにも同様の落書きを施した。もちろん起きる気配は微塵もない。

「跡部、ジローはどうする?」

「あぁん?そんなもん、『羊』に決まってんだろ」

「OK!」

ジローちゃんの額に『羊』の文字が書かれる。

「ぷっ……あはっ……あっはは……」

万が一にも起きないように静かにしなきゃ、とは思うんだけど。

無理!この状況で笑いをこらえろっていうのが無理!!!

なるべく声を出さないようにして笑うようにしているんだけど、それがまた辛い。涙が浮かんでくるのよ……!!!

ちゃん、入って入って。ほな、行くでー。ハイ、チーズ」

侑士がデジカメで自分撮りの要領で撮影した。
真ん中に、がっくんとジローちゃん、それを私達が取り囲む。

―――また新しい記録が残され、私はこの場所にいる実感と、この場所にいる幸せを手にする。





もちろん、翌朝。
がっくんとジローちゃんが「なんだこれー!」と叫んだのは、言うまでもない。






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