Act.57 海と星空が知る、秘密の会話 「、こっちだ」 ロビーに降りると、柱に身を預けていた景吾が私の方へ来てくれた。 「景吾」 「行くぞ」 コク、と頷いて、私は景吾に続く。 誰か見ていないかドキドキしたけれど……サッと素早く外へ出る。 ……うわぁー……これよこれ、修学旅行の醍醐味!先生の目を盗んで外出!(興奮) 「少し冷えるから、着てろ」 ホテルを出てすぐに、景吾がパーカーをかけてくれた。景吾自身が羽織っていたものだ。 「え、あっ……ありがとう。景吾、寒くない?」 「俺様はこれで十分」 手を軽く引っ張られ、腰に回される景吾の手。 ……体の右側だけ。 触れた部分だけ、あたたかい。 「……私も、これで十分かも」 そう言うと、景吾がクッと喉を鳴らして笑った。 それがセクシーだったもんだから、恥ずかしくなって―――目線を逸らし、誤魔化すように景吾の背中に手を回す。そのまま、ポロシャツをくい、と引っ張った。 ……手は、そのままにしておく。 なんとなく無言のまま歩く。 けれど。 「…………景吾さん」 「なんだ?」 「……私、今、転げ回りたいほど恥ずかしい」 「……バーカ」 耐え切れずに私がそうつぶやくと、腰に回った景吾の手が心持ち強まった。 ……だから! それが恥ずかしいんだって! 「い、いかにもバカップルでーす……って宣言しながら歩いてるみたいなんだもん……」 くいくい、とポロシャツを引っ張りながら、「そろそろ外してくれませんか〜」と暗に主張してみるけど、景吾はどこ吹く風。 「宣言しながら歩いてるんだから、当たり前」 「……ぜひ、人が来たら離していただけると」 「それじゃ宣言してねぇだろうが」 「!!!」 言葉につまると、文句あるかと言わんばかりに……容赦無く近づいてくる、綺麗な顔。 ―――触れたのは、髪の毛が先か、唇が先か。 わからないけれど、その感触を愛しいと思う。 言葉に、できないほどの、幸せ。 …………言葉にしたら、消えてしまいそうな、幸せ。 そっと離れて、どちらからともなく、笑いあった。 ビーチへ続く階段を降りると、すぐに足元にはさらさらとした感触。 目の前に広がる、無数の星。 ザァ……という波の音。 髪をわずかに舞い上がらせる、心地よい風。 耳で、目で、感触で。 素敵な景色を感じ取る。 「……ねぇ、景吾」 感じるものが多すぎて、たまらずに隣にいた景吾に話しかけた。 「……なんだ?」 「私……ここに来てよかった」 『ここ』という言葉が指し示すものは、複数ある。 沖縄、ビーチ―――この世界。 「景吾と、この景色を見ることができて……よかった」 私の言葉に、何も言わず景吾がぽん、と頭の上に手をおいてくる。 私がこの世界に来てから、何度となく、こんな風に頭を撫でてくれた。 「もうすぐ―――中学生も、終わりだね」 「……そうだな」 「高校では、どんな生活が待ってるんだろうね」 「……ま、俺様が最高の舞台を用意してやるよ」 「あー……私は、裏方でよろしく」 「バーカ。ヒロインはお前なんだから、表舞台に引きずりだしてやる」 「えぇー……」 ザザァン…… 私の小さな声は、波音にかき消された。 しばらく、波の様子を二人で見つめる。 「」 「は、はい」 改めて聞こえる、景吾の声は、少し低い。 「……高校生活、また一からのスタートだ」 「?……うん、そーだね」 「お前は中2の終わりに来たから、学年が上の奴らはほとんど知らない」 「えーっと。う、うん……」 「……何かあったら、相談しろ」 彼の言葉に含まれた意図を、感じ取った。 ―――彼は、とても心配性だ。 その尊大な態度から誤解されがちだけど、実はとっても気遣い屋さんだ。 1年一緒に過ごして、わかったこと。 「……うん。そっか、また一からだもんねー……どんなことが待ち構えてることやら」 大人気のテニスの王子様たちのそばにいるには、それなりの覚悟が必要だ。 中学の初めは、デスレターからだった。 それから発展した事件もあった。 今でも、ちょっとした嫌がらせや妬みの目を向けられることもしょっちゅうだ。 些細なことだから景吾には言わないけど、実は結構精神的に辛いときだってある。 「でも、私……みんなと一緒に、上、目指したいし」 「あぁ、そうだな。……今度こそ、絶対に頂点に立つ」 「それに……景吾のそばで、同じ物を見るためなら、なんか頑張れそうな気がするんだよねー……」 「…………それはなによりの光栄」 ちゅ、とおでこに柔らかな感触。 照れから口元に浮かんだ笑みは、景吾の唇に吸い取られた。 砂を踏む感触が、足に心地いい。 けれども慎重に、靴の中に砂が入らないようにゆっくりと歩く。 私はサクリ、サクリ、と音を立てて、先へ進んだ。 星空の下、愛しい人と。 NEXT |