「うわー……」

「……すげー……」

ぽかーん……。

そんな文字が背後に浮かんでるかもしれない。

「そんなに見上げてると、後ろにひっくり返るぞ」

後頭部にぽん、と手を当てられて、初めて自分が結構な角度で物を見ていることに気づく。

沖縄美ら海水族館。
スケールの大きさにみんなで口をあけて見ることしか出来なかった。



Act.56   しい時間は、過ぎるのも早く



「マジマジすっげー!俺、水族館とか来て寝なかったの初めてかも!」

もふもふのイルカのぬいぐるみを抱きしめてジローちゃんが叫ぶ。
うぉぉ、かわいい……!お姉さんはぬいぐるみの代わりにジローちゃんを抱きしめたいです……!(危険)

「そういやジロー、博物館見学で歩いたまま寝てたよな。激ダサだったぜ、あの時は」

「樺地がいれば運ばせたのにな」

「……いや、景吾さん、問題はそこじゃないよ」

さらりと変なことを言う景吾さんに思わずツッコミを入れる。

なんかみんなもう、樺地くんがジローちゃん運ぶことを普通だと思ってるけど……それ、普通じゃないから!
高等部行ったら、少なくとも1年は樺地くんがいない(いや、もしかしたら遊びに来るかもだけど)。
そうなればジローちゃんを運ぶ人だっていない。……その事実をみんな忘れているよ!
後で、改めて確認しておこう……。

私の心の決意をよそに、ハァァ、と大きなため息が聞こえた。

「見学は水族館で終わりか……明日、国際通り見て回って午後の飛行機で帰る……はえーなぁー」

なんだかすでに終わりモードに入りかけている亮。
それにジローちゃん、がっくんが便乗した。

「2泊3日とかすぐだよねぇ〜」

「もっと遊びてーよなぁー!……春休みは跡部んちの別荘でテニス合宿だろ?今日ぐらいしか遊ぶ機会ねーじゃん!今晩は寝られねぇな!」

がっくんの言葉に、侑士が肩をすくめながらツッコミを入れる。

「……そんなん言うて、昨日ジローと同じくらいの早さで寝たのは誰やったっけなぁ、岳人?」

「っ!!……うっせ!クソクソ侑士!後で覚えてろよ!」

「おー、忘れるわ」

つっかかるがっくんを、飄々と受け流す侑士。
2人のやり取りに、なんとなく和んでしまう。うーん、眼福眼福。

「おい、テメェら!ぐずぐずしてねぇで行くぞ!」

少し先を歩いていた景吾が私の手を握った。
ほんわかと2人を見守るモードに入っていて油断してたから、心臓がものすごい勢いで跳ねたけれど、確かに時計を見たら集合時間ギリギリ。
このあとはホテルに帰るので、全員(沖縄コースに来ている生徒全員)が同じバスに乗っていく。だからきっちり集合場所に向かわなければならない。

「やばい!時間!」

「げっ、走れ!」

景吾に引っ張られるようにして走ってると、後ろから侑士がものすごいスピードで追いかけてきた。

「なにやっとんねん!卒業旅行中に!」

「卒業旅行だろうとなんだろうと、別に関係ねぇだろうが?」

「あるねん!健全な青少年の育成を目指しとんねんで、卒業旅行は!」

「はぁ?……あぁ、、大丈夫か?」

結構なスピードでバスまで走っているので、私は息が切れてコクコクとしか頷けない。二人とも、よく走りながら会話できるね……!
あまりにも呼吸が乱れていてまともに声が発せなかったから、たどり着いたバスの前に立っているガイドさんに、「すみません」の意味を込めて、頭を下げる。

「先に乗ってろ」

景吾が私をバスに先に乗らせてくれたので、侑士と景吾の会話はそこまでしか聞こえなかった。

〜〜〜〜〜〜跡部、自分沖縄に置いて帰ったろか?

その前に、俺様がお前を沖縄の海に沈めてやる。卒業のプレゼントだ

ニヤ、とドS満載の笑顔で何かをつぶやく景吾と、綺麗な顔を壮絶なまでに歪めている侑士が……バスの中から見るだけでも、怖かった。






ヴーヴー……

マナーモードにしていた携帯が机の上で動き始める。

わいわいと夕食を食べて、それぞれが自由な時間を満喫する夜。
一応、先生は形式的に

「夜も自由時間だがハメを外さないように。もう街へは出歩かないこと!それから10時には消灯!」

と言っていたけれど、もちろんそんなのを鵜呑みにする生徒はいない。

まぁ、ホテルも氷帝学園が貸しきっているし。
他のホテルからも少し離れたところにあるから、少しくらい騒いでもよっぽどのことがない限りは、先生方も「中学生最後の思い出」として許してくれる気らしい。

さて、何をするかな……と思っていた矢先に、携帯が鳴り出した。

携帯を操作し、着信を確認。迷いなく通話ボタンを押した。

「……はいはーい。もしもし?」

『俺だ』

耳に心地よく響くのは、低くて甘い声。

「……うん。どしたの、景吾?」

『……ちょっと降りてこられるか?』

「へ?ロビー?」

『あぁ。先生方も今はいねぇし、大丈夫だろ』

「……まさか街に行くとか不良なことを」

『……一応、元生徒会長だからな。そこまでハメは外さねぇよ』

「そこまでってことは?」

『……ま、先生も「街には繰り出さないように」っておっしゃってたからな。なら、ビーチはどうかと思って』

「…………よくまぁ、抜け道を考えるねぇ」

『褒め言葉として受け取っておく。……来れるな?』

景吾の確信めいた言葉に、私は思わずクスリと笑う。

『……なんだ?』

「……疑問形だけど、疑問じゃないんだもん、景吾」

私はクスクス笑って、貴重品を入れた小さなバッグを手に取る。

「……今から出るね。ちょっと待ってて」

『あぁ。……くれぐれも、伊達眼鏡のヤローには見つかるなよ

「え?ごめん、よく聞こえなかった。何?」

『……こっちの話だ。……待ってる』

「うん、じゃ、切るね」

『あぁ』

そう言って私は通話を切り、携帯もバッグの中に入れる。
そして、私は部屋を出た。





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