「青い海ー!」

「白い雲ー!」

「「「めんそーれ!沖縄―――!!」」」

「……それは俺たちが言われる言葉だ」

景吾の冷静なツッコミなんて聞こえない。
卒業旅行の高揚感に加え、土地柄的なものも加味されている。
ここは沖縄。暑い土地にクールなツッコミはノーセンキュー!


Act.55   学最後の思い出は、南国で


氷帝学園の卒業旅行は、参加が任意。
少数だけど、私たち中3の中には他校を受験する人や外国へ留学する人もいるので、この時期の旅行で全員参加は難しい。
だから修学旅行に比べたら小規模だし、行き先も国内。どこに行くかはいくつかの候補から各グループで選べるうえに、現地でもほぼ自由行動だから、学校行事という感覚はとても薄いかもしれない。

「あー……やっぱり結構暑いねんなー……」

「なに言ってんだよ、侑士!これが沖縄だろ!」

「ね、、後でビーチ行こう〜?さすがに泳げはしないだろうけど、足くらいならつけられるっしょ!!」

「うん!行きたーい!あ、それに海ぶどう食べたい!」

思い思いの言葉を口に出しながら、私たちは沖縄の空気をお腹いっぱい吸い込んだ。

自由参加とは言っても、すでに推薦で高等部へ進むことが決まっているテニス部メンバーは、当然全員参加。
1週間くらい前からそわそわとジローちゃんやがっくんが準備していたのを私は知っている。そして、今日のジローちゃんのトランクには(まだ海に入るのには寒いというのに)しっかりシャチの浮き輪が入っていることも。

「国際通りで買い物もしたいんだよなー。あー、アクセサリー見てー!」

「がっくん、アクセサリー系好きだもんねー」

「それに、沖縄っつったら、美ら海水族館だな。ここまで来ていかなきゃ、激ダサだろ」

「うんうん!……あ、それにもしかしたら、どっかで木手くんたちにも会えるかもね」

「「「「「「それは遠慮する」」」」」」

ぴったり揃った声に、私は「えー……」と苦笑した。
うちのメンバーは、どうも比嘉中の人たちとはウマが合わないみたいだ。私はU-17で一緒だったときに、結構仲良くできたつもり(あくまで私の中では!)だったので、比嘉中メンバーにも会いたいんだけどね。

「……そうそう会わねぇだろ、沖縄っても広いしな」

「つーか会いたくねぇ!あいつら、にぜってー気がある!」

「えー、そんなことないよー……」

跡部景吾が貧乏になるくらいありえないです。
そう言おうと思ったら、侑士がフルフルと頭を振った。

「いーや、ちゃんはわかってへんねん」

「ま、が気づいてなかったんなら、俺らの功績だろ、そりゃ」

「へ?」

「俺ら、こっそり結成しとったんやで」

「……なにを?」

ケダモノの魔の手からちゃんを守ろうの会

力いっぱい言い切った侑士。……反応にすこぶる困った。

「…………………えー、と……………」

「………………まんますぎるだろ」

「なんやねん、結局跡部も最後は入っとったやないか」

「そんな名称の会に入った覚えはさらさらねぇが、をあいつらから守ってたのは事実だ」

「え、逆じゃなくて?」

変な女の魔の手から男子中学生を守ろうの会が結成されていたのなら、私、なんの疑いも持たないんだけど!

「まぁ、合宿が終わった今、もうそんな頑張んなくてもいい、ってのが楽だよなー。あの合宿じゃ、技術体力はもちろんだけど、かなり精神力も鍛えられた気がするぜ……」

「俺、予測力ついたわー……あいつ、次ちゃんに話かける気や!みたいな」

「あ、俺は人を追っ払う能力の向上具合が半端なかった気がする」

みんな、何か遠い目をし始めた……え、ちょっとー。
みんなを引き戻そうと、なんとか話題を考えねば……!

「……も、もうあの合宿も随分前になるんだよねぇ。懐かしいね……!」

「確かになぁ……あん時、辛かったけど楽しかったよなぁ」

「ホント、テニスのことばっか考えてたよな」

「クソクソッ、俺はテニス以外のことすっげーやったっつーの!穴掘りとかよ!」

「まぁ、巡り巡って力にはなってるけどな」

「うんうん。色々勉強になったよねぇ……っと」

話している途中で隣にいた侑士に、くいっ、と手を引っ張られて立ち止まった。

「前見んと危ないで、お嬢さん」

目の前には大きな柱が迫っていた。
あ、危ない……!侑士が引いてくれなきゃ、柱に頭突きして完全に負けるとこだった……!

「うわわ、ありがとー、侑士」

「どういたしまして。……跡部、自分が出遅れたからって睨むのやめてくれへん?

……ほーう、常々お前は空気を読まない人間だと思っていたが、たまには気配でわかるんだな

アホ、意図的に読んでへんのや

そうか、この状況のことか。……てめぇ、さっさと手を離せ!

俺、空気読めへんから、何言ってんのかわからんわー

……お前が空気になるか?あぁん?

ビシィッと景吾の手が侑士の手に振り下ろされる。

「ちょ、ふたりとも……」

にらみ合いを始めた2人をどうしようか思案していると、トン、と肩に衝撃。

「あ、すみません」

「いえ、こちらこ…………そ?」

目の前に、見覚えのある、チョココロネリーゼント。

「…………木手くん!?」

さんではないですか。……これは驚きましたね」

くい、とメガネを押し上げてこちらを見ているのは、間違いなく沖縄比嘉中の、木手永四郎。殺し屋と呼ばれる男だ!

「木手!?」

「うわ、ホンマや」

「げっ、なんでここにいんだよ!」

「…………相変わらず、失礼な方々ですね」

眉間にしわを寄せて、ふぅ、と小さく息を吐く木手くんは、改めて私の方へ向き直る。

「こうしてお会いするのはお久しぶりですね、さん。相変わらず、お元気そうでなによりです」

「うん、相変わらずお元気です!木手くんもお元気そうで!」

「おかげさまで。……ふむ、どうやら卒業旅行とお見受けしますが……?」

「あぁ。そういうことだ。……久しぶりだな、木手」

ずずい、と入ってきた景吾。
木手くんはちら、と景吾を見て、

「……えぇ。跡部くんも相変わらずですね」

「………………」

「………………」

なんだか……パチパチと火花が見えるのは、気のせい……?

はっ、と気がついたら、がっくんとジローちゃんが隣にいた(ジローちゃんはガルルルとなぜか威嚇体勢)。
侑士もいつの間にか私の目の前で、腕組みをして木手くんと対峙している。

……アレー???

「…………みなさん、本当に相変わらずですね。……心配せずとも、今日はなにもしませんよ」

「どうだかな」

「おや。……まぁ、ご期待に応えたいところですが……俺にも戦略……があるのでね。……さん」

「は、はい?」

「この間はメールありがとうございました。おかげで助かりました」

「あ、いえいえ、あれくらい大したことないし!」

ブンブン、と手を振って答えると、がっくんと亮がものすごい勢いで口を開いた。

「え、ちょ、なんの話だよ!」

「お前、木手とメールしてんのか!?」

「えーと、うん。ちょっとね」

「ちょっとってなんやねん!?」

侑士の顔が……コワイ(汗)
一瞬口を割りそうになったけど、ぐっと黙る。
U-17が終わってから、たまーに来る木手くんからのメール。それは、高校でテニスをするための、基礎トレーニングや筋トレの方法についての相談だった。
あまり人に言うことでもないし……きっと木手くんも景吾と同じようなタイプで、努力は人に見せたがらないと思ったから。

「え、まぁ、色々な雑談?だよねー?」

なんとか、誤魔化す。
……誤魔化しきれていないのが明らかで、じぃっと見つめるみんなの視線が痛い。
木手くんがフゥ、と息をつく音。

「……そうです。……まったく、野暮なことを聞く方々ですね」

「!!!なんやねーん!!!」

「騒がしいですよ、忍足くん。……さん、またメールさせていただいてもよろしいですか?」

「もちろん!」

そう返すと、木手くんがちらり、と景吾たちに視線をやった。
景吾は事情を知っているから(メールが着たときについ話してしまった)黙っていたけど……なんだか難しい顔をしている。

「木手……あまり調子にのるなよ?」

「おや、なんのことですか、跡部くん。……さて、申し訳ないですが、用事があるのでこの辺で失礼しますよ。……あぁ、さん。もし困ったことがあったらいつでも連絡をください。沖縄でも……他のことでも」

「あ、うん!ありがとう!」

「それではまた」

スッと人ごみに消えていく木手くん。
その後姿を見て、がっくんが何かをつぶやいた。

「…………クソクソッ、の性格を逆手に取りやがって!」

「大丈夫や、岳人。まだちゃん気ぃついてへん。気ぃついても、東京戻れば物理的距離がある……沖縄にいるうちは用心せなあかんけどな」

「あいつ、マジでのこと狙ってるな……沖縄の連中は何するかわかんねぇし、気を付けようぜ」

は絶対渡さないC〜、沖縄ではマジガード!」

「運転手付きのレンタカー借りて、全部の施設貸切にでもするか……海はプライベートビーチつきのホテルに連絡して……」

ぶつぶつ言い出したみんな。
…………あれー???

「…………みんな?えーっと……」

話しかけたら、

全員が全員、素晴らしい笑顔を返してきた。

「お前は何も気にするな。沖縄を満喫することだけ考えていろ」

景吾の言葉に、なんだか聞きたいことがたくさんあったけど。

「……りょ、了解!!」

素直に頷くのが正解だと思ったので、元気よく返事をした。






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