行うべき仕事をやりつくす忙しさ。

目の前に迫るイベントを待つわくわく感。

12月31日、

1年が終わる、特別な1日。



Act.49  1分の、思い出を



大晦日。
師匠も走る忙しさ、という師走の最終日、1年間でやり残したことがないように、全ての用事を終え、新たな年を迎える準備をする日。
……とは言っても、跡部家においては大掃除もおせち作りも門松の準備も、すべて優秀なメイドさん、執事さんの方々がやってくださるから、特にこれと言って忙しくもない。……景吾はなんやかんやで忙しそうで、今日も朝から出かけているけれど。

特にすることもないし(この際冬休みの宿題は無視)、せめて自分の部屋くらい掃除しようかな、と、朝食を食べ終わってから、掃除道具を借りた。
毎日メイドさんが綺麗に掃除してくれてるし、そもそもあまり物をおいていないので(景吾のくれたぬいぐるみは大量にあるけども)、ほこりを払って、ふきんで軽くふく程度で十分だろう。

そう頭の中で算段をたてて、まずは高いところから―――とクローゼットの上やら本棚の上から掃除を始める。
借りてきたハタキでパタパタとほこりをおとし、雑巾で軽く拭く。さすがにクローゼットの上は届かなかったから椅子を使った。

次はクローゼットの中。
扉を開けて服を全て取り出す。……うわ、気がつけば結構な量の服だ。私の見覚えのない服もちらほらとある。……また知らない間に、景吾か景吾パパママが買ってくれたんだろうなぁ(遠い目)
とりあえず、それらを一度ベッドの上に置く。
金属バーやクローゼットの内部、そしてクローゼット内にある衣装ケースを雑巾で拭いていると―――

「…………あ」

懐かしいものを、見つけた。

衣装ケースの後ろにちょこん、とおかれた更に小さな透明ケース。
その中には、

「……あはは、懐かしい〜……」

私が、この世界に来た時に着ていた服が入っていた。
くたびれたパーカーに、安物のジーンズ。
……きっと、ここにかかっている服のどれよりも安いものだけど、思い入れはこの中のどれよりも深い。
向こうの世界とこちらの世界、どちらも知っている服。
私が、『私自身』以外で唯一持つ、向こうの世界と繋がりを有するもの。
こちらに来てしばらくして、この服を着ないで保管しておくことを決めた。
最初は単純に、「安物の服を着て跡部家にいる」という事柄に恥ずかしさを感じたからだけれど……いつの間にか、この服を見たり着たりすることに対して、自分自身で妙な戒めを作ってしまった気がする。
大事にしておこうと思ったのは確かだし、決して忘れようとしたわけじゃないけれど―――意識的に思い出さないようにしていたのは、ある。

今日は12月31日。

この世界で初めて年越しをすることになる。
そして。

あと約1ヶ月で、私がこの世界に来て、1年。






「…………、何やってるんだ?」

不意に響いた美声に、自分が本来の目的を半ば放棄して違うことに没頭していたことに気付く。……そして、時間がかなり経っていたことにも。
掃除もそこそこに、ベッドの上に見つけたものを目の前に広げていた。それらから目線を外し、くるりと後ろを見ると、そこには帰宅したばかりなのだろう。スーツではないが、フォーマルっぽい格好をした景吾がマフラーをしたまま立っていた。

「景吾。おかえり」

「あぁ、ただいま。……お前、一体何をそんな真剣に見てるんだ?」

ひょい、と肩越しに覗き込むようにして、私の手元を覗く。

「…………また懐かしいもの出してるな」

景吾が手にとって見たのは―――景吾と一緒に買った、最初の部活ノート。
まだ慣れていないから、記載方法とかはイマイチだ。段々と改変していって、徐々に使いやすく仕上げていった。
最初のノートを見るのはなんだか気恥ずかしいけど、そういえばあんなこともあったな〜、と思い出す材料としては超一級品だ。

景吾がクッと喉を鳴らして笑った。

「?なに?」

「……ココ」

景吾がノートを開いて、トントン、と人差し指を紙に滑らす。

……そこにはへろへろと薄く走る文字。眠気と格闘していたのだろう、その痕跡がはっきりと残っていた。

「……アァァァ……!!過去の自分がダメダメな証拠……!」

頭を抱えたくなった。
景吾はまだ笑いながら、ゆっくりと私の横に座る。

「この時のこと、よく覚えてるぜ。まだ部活にも慣れてないお前は、毎日クタクタで、このときもテーブルの上に突っ伏して寝てたな……俺が声をかけるとふらふらしながらベッドに入って―――」

そこで、ピタリ、と景吾の声、ついでに笑いも止まる。
時を止めた景吾に、私は恐る恐る声をかける。

「…………景吾さん?」

ハッとこちらの世界に戻ってきてくれた景吾は、私をじっと見た。……相変わらず、綺麗な顔でそんなにまっすぐ見つめられると、どこかへ逃げたいと思うくらいそわそわする。

「……いや、あの時から、俺はお前のことが好きだったな、と思ってな」

「!?何をおっしゃるのですか、イキナリ!!!」

初代部活ノート以上に恥ずかしいことを言いだした景吾に、私は思い切りのけぞった。もちろん、顔が熱くなるのも同時だ。
景吾はそんな私を見て、また喉の奥で笑う。

「お前……ホンット、全然変わらねぇな。慣れろよ」

「慣れませんよ!(泣)」

この1年、こういうことがかなりあったけれど、いつまで経っても慣れられない。
いや、むしろ慣れちゃいけないと思う。一般市民として!!(力説)

私の変な顔を見て、いよいよ景吾が肩をゆすって笑い始めた。
……そんな景吾の顔を見ていたら―――なぜだかすごく心が穏やかになった。






夜。

なんとなく紅白をつけっぱなしにして、ちらちらと見たいときだけ目線を向けてみたり、手元にある部活ノートを読み返したり、リラックスした時間を過ごす。
11時も過ぎたころに、景吾がふと思いついたように

「初詣、行くか?」

と聞いてきた。
寒いだろうし人もいっぱいだろうけど―――この世界に来て、初めての年越し。

「……うん、行く!」

そう答えると、景吾は「わかった」と頷き内線電話に手を伸ばす。

と初詣に行く。15分後に出るぞ」

それだけ言って、景吾は電話を切る。
外は寒いだろうから、まずは着ていたシャツの上にセーターを重ね着。
さらにコートにマフラー。もこもこになるけれど、寒いよりはいい。

着膨れしている私を見て、景吾がまた喉の奥で笑いだす。コートを手にとって優雅にそれを着た。
……くそぅ、景吾も厚着しているのに、なぜスマートなんだ……!

「寒がりだな、俺のお姫様は」

「…………表面積が大きい分、感じる寒さも大きいんです!」

「それなら、俺の方が寒さを感じるはずだな」

…………えぇ、確かに、景吾の方が(少しだけど)身長も高いし、私みたいに脂肪があるわけじゃないから寒いだろうとも!

「まぁ、女性が冷えるのは好ましくない。……ほら、俺様の帽子も貸してやる」

言うが早いか動くが早いか。景吾は柔らかく笑いながらニット帽を私にかぶせてくれた。
ごく近くで見えた景吾の笑顔に、相変わらずドキリと心臓が跳ねる。

「……ありがと。でも景吾も帽子かぶらないと、初詣に行ったときに周りの人に騒がれると思うよ」

そしてやだよ、私はその隣でしんみりと立つのは!

私の心の叫びを知ってか知らずか、景吾はしれっと答える。

「あの人ごみでわざわざ周りの人間なんざ見やしねぇよ。……準備出来たか?寒くないな?」

「(見られるから言ってるのに……)準備OKです。完全防備OK!」

セーター、コート、ニット帽にマフラー。
……手袋はしない。

「よし。行くか」

そして差し出された景吾の手を、取った。






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