いつもなら人も少ない『深夜』という時間に、ざわめく人々の影。

浮かれているような、どこか落ち着かないような、変な高揚感。

人も多いし、今日はいつもより街灯やネオンもあるから、あまり『深夜』という感じはしない。

それでもなんとなく小さな声話してしまうのは、

『夜』特有の空気に、やっぱり少し遠慮しているのかもしれない。



Act.50  たな年を、迎える喜び



「人が多いな……」

「うん、そうだね……いやぁ、こんな多いとは思わなかった」

人波に流されるように、私と景吾は2人で歩いていた。
跡部家から一番近くにある神社は、このあたりでは有名な神社だ(元の世界でも有名だった)。近所の人を含め、遠方の人も集まる神社だろうから、人出も多いのだろう。
家を出て途中までは人影も少なかったけれど、道路を歩いているうちにいつの間にか人の流れが出来ていて、その中に入り込むことになった。人の流れの中で、私たちははぐれないように歩くので精いっぱい。つないだ右手だけが頼りだ。
きゅっ、と手に力をこめると、同じような力が返ってきて、なんだかちょっと嬉しくなった。

「俺もこれほどとは思わなかった」

景吾があたりを見回しながら、真っ白な息を吐いて言う。

「?今まで初詣とか行かなかったの?」

「あぁ。大体、年末年始は海外にいることが多かったしな」

さらっ、とセレブの年末年始の過ごし方を言い放った景吾さんに、私はカクリと膝の力が抜けるのを感じた。

「……なるほどねー。じゃ、もしかして久しぶりの日本でのお正月?」

「あぁ、そうだな……いつぶりだ?もう覚えてもいないな」

「……そんなにですか」

「去年もおととしも、年末年始だけは両親のいる場所に行っていた」

……そか、景吾パパやママは忙しくて日本に帰ってきてないものね……!こちらから会いに行かないとね……!(遠い目)
今年も景吾パパ・ママは日本に帰ってきていない。クリスマスに届いたカードには、『今はオーストリアにいます。年末年始もこちらで過ごすことになりそうです』と書いてあった。……どんだけ忙しいんだ。

「じゃあ、むしろ、景吾行かなくてよかったの?」

「あぁ……今年は、日本で迎えたいと思ってな」

「?なんで?」

「お前と初めて迎える正月だからな。ゆっくり日本で迎えたい。……邪魔者抜きで、な」

人ごみのど真ん中でそんな恥ずかしいセリフをさらりと言われたことに、照れるとか焦るとかそういったものの前に頭が真っ白になった。

「…………………………あ、そう、ですか」

かろうじて返したセリフに、景吾がクッ……と喉の奥で笑う。

「来年は海外で迎えるか?」

「今から来年のこと言うと鬼が笑うよ、景吾さん……」

「関係ねぇよ。……お望みなら、グランドキャニオン、エジプト、キリバスでもどこでも連れて行ってやるぜ」

「グ、グランドキャニオン!?エジプト!?ってかキリバスってドコ!?」

「世界で一番日の出が早い国」

「…………スケールが違いすぎる……ちょっと考えさせて……」

ハハハッ、と今度は声をあげて笑ってくださったので、悔し紛れに握った手にさらに力を込めた。






神社につくと、そこはもう人でいっぱいだった。
半分どなり声になっている警備員の人の声を聞きながら、ゆっくりと前に進んでは止まる。その繰り返しをしている途中で。



「うん?」

「そろそろだ。……ほら」

景吾が腕時計を見せてくれる。
12時1分前を示す高級時計。その秒針は、すでに9を過ぎ去ったところで。

周りの人たちが「10…9…」とカウントを始める。

耳を澄まして、それを聞きとる。
カウントが0になったところで、一斉にみな同じ言葉を口にしだす。

私たちも、右にならった。

「……あけましておめでとう、景吾」

「あぁ。おめでとう、

不思議な感覚。
去年のお正月。私はまさか自分がこんな来年を迎えるなんて思ってもいなかった。
テニプリを読んで、数々のプリンスを眺めていた自分が、今、跡部景吾を目の前にして新年のあいさつをしている。
ここにいるのが突然酷く不思議に思えた。

?」

列が前に進んだのに動かなかった私を見て、景吾が手をひっぱる。
私はハッと意識を戻して、引っ張られた方向に歩き出した。

ふと周りを見渡す。

私の周囲にいる人は、私の去年とは違う去年を過ごしていた。
違う世界で、お正月を迎えていた。
……みんな、私とは違う時を過ごしていた。

ざわめきが、遠くに聞こえる。

ストン、と周りが暗くなった気がする。

―――突然、自分が世界で1人だけになったような、激しい孤独感を感じた。

大勢の人が周りにはいた。
だけど、その人々全部が、私の知らない、私を知らない時をずっと過ごしていて。
……もしかしたらこの世界に、私の居場所なんて、本当はないのかもしれなくて。

……何度も『目が覚めたら夢でした』といわれて現実に戻る『夢』を見た。

世界を超える、という特殊な体験から来るトラウマとでもいうのだろうか。
最近、酷く自分自身の認識が曖昧になっている気がする。
自分自身の存在に、自分自身で自信が持てなくなる。

?……どうかしたか?」

景吾が私の顔を覗き込んできた。
ただ1人。唯一私の存在を明らかにしてくれる人。
私が異世界人ということ。私の全てを知っている人。
―――その人の存在が、私の存在をも、立証する。

「景吾」

「……ん?」

「……今年も、よろしくね」

去年のお正月、それを言った人は―――もう側にはいない。
未来もわからなければ、過去も曖昧な私は、今を必死に生きるしかない。
ゆっくりと、景吾の手を強く握った。




NEXT