退院から3日。 今日から景吾は、お仕事に復帰していた。 景吾やお屋敷の人に、外出禁止令を出されていたので、仕方なく本を読むなどと、ぼんやりと過ごした、1日。 夕食までもう少しだなぁ、今日はご飯何かな……と思ってたら、ガチャリ、とドアが開いた。 ノックもせずに入ってくるのは、いつでもたった1人。 「おかえり、景吾!」 ソファから立ち上がって、ドアのところまで迎えに行き、勢いあまって抱きついた。 だって、ホントに暇だったのだ。1日中、特にすることもないし(というか、屋敷の人がさせてくれない)、病院ではずっと景吾と一緒だったから、なおさら。景吾と一緒なら、別に無言でも苦痛じゃないし、時折しゃべるだけで、すぐに時間は経って行ったのに。 「なんだ、お前から抱きつくなんて、珍しいな。…………ただいま、」 「おかえり〜!お仕事、お疲れ様!」 はぁ、やっと1人寂しい空間から解放される……! やっと景吾と話せる! そんな気持ちで、心はウキウキ。 笑いっぱなしの私の顔を見て、少し笑う景吾。ギュッ、と景吾が背中に手を回してきて、力を込める。 「……やっぱり、お前がいるとほっとするな」 「そ、そう……?そう言ってくれると、嬉しいなぁ」 景吾が上着を脱いだので、それを受け取って、ハンガーにかけた。 ネクタイを軽く緩めながら、ソファに座る景吾。 左手には、紙袋を持っていた。 「どしたの?荷物持ってるなんて、珍しい」 いつもは荷物なんて、他人に持たせる人ですよ、景吾さんは。決して自分でなんて持ちませんから……! ぽんぽん、と景吾が自分の隣を叩く。『座れ』という合図。 私は示されたとおりの場所に、腰掛けた。 じっと景吾を見ると、ニヤ、と笑って、紙袋から箱を取り出す景吾。 「……お前が気にいってた、饅頭」 「!!!買ってきてくれたの!?」 「仕事で日本橋まで行ってきたから、ついでに、な。……食いすぎるなよ。せいぜい、1日1個にしとけ」 「うん!やった〜、これ、絶対また食べたいと思ってたんだよ〜!」 「栗餡と……後、抹茶餡も買ってきた」 「抹茶餡……!また美味しそうな……あぁぁ、ありがと〜!」 ぽん、と景吾が頭に手を乗せてくる。 そして、また紙袋から何かを取り出した。 「まだ何かあるの?」 今度は、色のついたビニール袋。 そのまま手渡されたので、ガサガサと中身を取り出す。 「………………CD?」 出てきたのは、数枚のCD。 「6ヶ月に入ってるし、そろそろ胎教始める頃だろ。知り合いのオーケストラに頼んで、作らせた」 …………………作らせた? えっ、ってことは、ちょっとまって……。 「これ、もしかして、1枚のみの限定生産……!?」 「……ま、そういうことになるな。胎教にいい、って評判の曲だけ集めさせたから」 …………………また、なんてことをさらりとやってのけるのだろう、景吾さんってば……! あわわ、胎教のためにオーケストラをも動かしちゃった……!? 「あ、後でオーケストラの人の電話番号、教えてね……お礼の電話しておく……」 電話だけじゃなくて、本当は直接感謝を伝えたいくらいだよ……! 本当に、私のためにすみません……! なんだか、やけに神々しいものに思えてきたそのCDを、しげしげと見つめる。 「……なんの曲が入ってるの?」 「シューマンのトロイメライやパッフェルベルのカノン、それにモーツァルトの子守唄も入れたな……後は、お前の好きそうな、『小さな世界』とか『星に願いを』とか」 「わっ、好きな曲ばっかだ……!……じっくり聞かせてもらうことにする……!」 「あぁ。……これで、少しは暇じゃなくなるだろ」 「あ、わかってたんだ……今日1日中、暇だったしさー……いつからお散歩OK?」 「俺が側にいる時から」 …………………………。 ってことは、最低でも土曜日までは(景吾は週休2日制)待たなきゃダメってことじゃん。 「絶対1人で歩き回るなよ」 「…………はーい…………」 ここで景吾さんの言うことに逆らったら、今度は病室監禁ならぬ、部屋に監禁されてしまう。景吾はやると言ったら、絶対やる……! ふっ、と景吾が少し笑い、立ち上がってクローゼットに近づく。 着替えるみたいだ。事実、シャツのボタンを、1つ2つ開けている。 …………さすがに、見慣れてきたけど――――――やっぱり、目のやり場に困ってしまうよ……!しかも、久々だとなおさらね……! そんなことを思ったら、なんだか妙に恥ずかしくなってきてしまったので、私はCDを眺めることにした。 言われてみれば、カバーもシンプルで、手作りっぽい。ジャケットは―――あ、曲名、これ、景吾の手書きだ。景吾の字を、見間違えるはずがない。これ……景吾が書いてくれたんだ。 なんだか、ほわん、と心があったかくなる。 些細な優しさが、すごく嬉しい。 「……なんだよ、なにニヤニヤしてんだ?」 着替え終わった景吾が、ストン、とまた隣に腰を下ろす。 嬉しくって、景吾の腕に抱きついた。 「へへ……景吾がこれ、書いてくれたのがなんだか嬉しくって」 「……は?……んなことが、そんなに嬉しいのか?」 「うん〜。……ありがとー、これ、さっそく明日から聞くねvv」 景吾が、ゆっくり頭を撫でてくる。 頭を撫でた後は、大分膨らんできたお腹を、そっとさすってきた。 ……ひとしきり撫でて満足したらしい。ビジネスバッグから本を出して、読み始めた。……お仕事にも、本を持っていったのね。 カバーもしてあるし、何を読んでるかわからないけれど、きっと洋書だろう。また、小難しい本を読むのが好きなんだから……! 私も、ずっと読んでいる『妊娠・出産の本』を手に取った。 『6ヶ月』のところをめくり、内容をざっと読んでみる。 ……ふむふむ、正しい姿勢を心がける……と。 確かに、お腹が急に膨らんできて、最近腰が痛いんだよね……! え、こむらがえりも起こるの……!?マネージャーの時、人のこむらがえりの処置はしょっちゅうしてきたけど、自分のこむらがえりなんて処置の仕方わかんないよ……!ちゃんと学んどこう。 じっ、と本を読んでいたら、ぽつりと景吾が呟いた。 「……なぁ、」 「……うん?」 「…………名前、なんだが」 言われたことが、一瞬理解出来なくて―――そして、やっと理解して、あまりの驚きように、ぽかん、としてしまった。 景吾が、呆れたように息を吐いた。 「……そんなに驚くことか?」 「……やっ、ちょっと、唐突だったから……な、ななな、名前……?」 「あぁ。……最近、腹も膨らんできたから、考えることも多くなってきた」 ふっ、と笑った景吾の顔は……なんだか、パパの顔に近づいてる気がする。 ……うわ、なにこれ……ど、ドキドキする……!(え) 「……男だったら、『景』の字を入れようかと思ってるんだが」 「そ、そうだね!……うん、やっぱり『景』の字、入れたいねぇ……でも、どんな名前があるかな……」 「……1人目だし、無難なとこでは『景太』や『景一』か……後は、『景輔』とか……」 「おぉ……結構あるもんだね……」 「そうだな。……それに『景真』とか『景斗』とかでもいいな。他の読み方では、『あきら』とか読めるらしいし」 ……景吾、たくさん考えてるんだ……! あ、でも……。 「もし女の子だったら……?」 景吾が、黙り込む。 ……ど、どうしたんだ、一体……? 「け、景吾……?」 「娘の名前の方が、難しいんだよ。男と違って、長すぎるわけにもいかねぇし……お前は何か考えてねぇのか?」 「わ、私!?……んー……そうだなぁ……花の名前とか……後は、呼びやすい名前とかがいいかな……あぁぁ、でも、具体的に思いつかないよ〜〜!」 名前考えるのって、難しいっ……! やっぱり、名前は一生のものだし、生半可なことじゃ決められない……ッ! 「…………ま、今すぐに決める必要はねぇし、じっくり考えていくか」 ぽん、と景吾の手が頭に乗った。 ……なんか、景吾がお父さんだ。 なんだか、当たり前といえば当たり前の事実に、感動した1日でした。 NEXT |