「…………広っ!」

扉を開けたら、女の子1人で暮らすにはでかすぎる部屋。
貰った鍵が合う部屋は、超高級マンションの1室でした。



Act.10 セレブ覚には、程遠い



昨日、景吾にもらった鍵―――もとい部屋により、なんとか来週の日曜の目処は立った。
今日は様子見、ということでその部屋に景吾と2人で学校帰りにでも寄ろうと思っていたんだけど。

「悪い、これから取引先に親父からの書類を届けなくちゃならなくなった。俺は後で向かうから、先にマンション行っててくれ。場所は運転手に言えばわかる」

という景吾さんの都合により、私は1人でそのマンションへ向かうことになったのだった。
別々に呼んだ迎えの車に乗り、運転手さんにマンションの名前を言う。
運転手さんは、あらかじめ話を聞いていたのか、それとも元々場所を知っていたのか、『かしこまりました』とすぐに向かってくれた。
いつもとはちょっと違った道を行くこと十数分。
車が到着したのは。

見た目からして世界が違うとわかる、超高級マンションでした。

……………………うん、想像しなかったわけでもないよ……予想できなかったわけでもないよ…………



でもだからって、こうやってまんま予想通り『高級でーす♪』と周りに宣伝しまくるようなマンションじゃなくてもいいと思うの!



少しは、予想を裏切る展開とかしてくれてもいいと思うんだ…………!(泣)

大分慣れたと思ってたけど、相変わらず襲ってくる疲労感にぐったりと肩を落としながら、それでも私は高級マンションの自動ドアをくぐった。
広〜いエントランスに入って、どこがエレベーターなんだろう……とあたりを見回していると。

「ようこそいらっしゃいました」

!?

いきなり聞こえてきた声に驚き、きょどった。別に悪いことをしているわけじゃないんだけど!
声がしてきた方を向くと、警備員さん(守衛さんかな?)がニッコリ笑ってこちらに近づいてきた。

様、でいらっしゃいますね。お話は景吾様から伺っております。お部屋にご案内させていただきますので、少々お待ちください」

え?と思っていると、警備員さんはスッと離れて鍵らしきものを壁に差し込み、番号を入力している。
それと同時に……なにやら、そちらの方で機械音が聞こえた。

「どうぞこちらへ」

「あ、は、はい……」

「当マンションのセキュリティシステムはASSの製品を使用しております。少々手順がありますが、すぐに慣れてしまうと思いますよ」

「ASSって……」

「跡部セキュリティサービスの略称でございます。僭越ながら、私もASSの者でございます」

「そうなんですか……」

跡部(Atobe)セキュリティ(Security)サービス(Service)だからASSなのね……ってオイ!(ノリツッコミ)
一体何個会社経営してるの、跡部グループは……!じゃあ、跡部家のSPとかみんなそこに所属してるのかしら……もうどうでもよくなってきた……。

新たに開いたドアをくぐると……先ほどのエントランスより倍は広いロビーが現れた。……ホテルのロビーみたいだ。

「エレベーターはキーがないと作動しませんので」

…………さすがに、跡部グループは何もかもが超一流、セキュリティの方面でもきっとトップを突き進んでるんでしょうね……!

「このマンションには、各界の著名な方々がいらっしゃいますので、セキュリティは万全を期しております」

…………確かに、ロビーにはどっかで見たような顔があったような気がするでもない、よ……!
ま、今更だよね……うん、イマサラ(遠い目)

エレベーターが二桁の階を示してようやく停止した。
降りてみてビックリした。ただ雑然とドアが並んでるのではなく、それぞれの部屋にちょっとした柵のようなものがついていて、まるで一軒家の門構えみたいだった。

「こちらでございます」

奥から2番目の部屋に案内された。
恐る恐る鍵を鍵穴に差込み、回す。…………開いた。ホントに開いた。今までこんな高級マンションの一室の鍵を私が持ってるなんてことが、半信半疑だったんだけど……ガチャリと鳴った低音が、疑いを取っ払った。
鍵を抜き取り、ドアノブに手をかけるところで、警備員さんが声をかけてきた。

「それでは、私はこちらで失礼いたします」

「あ、は、はい。ありがとうございました」

ニコリと笑った警備員さんに私も一礼を返して、ドアを開けて中に入る。
パタン、とドアが閉まると同時にまたガチャリと音が鳴り、勝手に鍵がかかった。オートロック式らしい。……ホテルですか、この部屋は!

ハァ……と色んな意味でため息をついて、私は改めて部屋の中を見た。
…………私の今までの人生の中で、こんな広いマンションに入ったことがあっただろうか、否、ない(即答)
玄関からして違う。何この広さ。

余裕で私が(通常女子よりワンサイズ上の私が!)寝転べるぐらいの広さだ。1人暮らしで、こんな広い玄関が必要なものか!こんないっぱいに靴を置くものか!無駄なサイズ拡大は寂しさを誘うので反対!

この広い玄関に対抗して、ど真ん中に靴を置こうかとも思ったけど―――結局、1番端っこにそっと靴を揃えた。ちょこんと置かれた自分の靴と、どこまでも庶民ハートな自分の心に、少しばかりの哀愁を感じつつ……部屋の奥を見る。
ドアで遮られているのでどれくらいの広さかわからないけど……この分だと、きっと相当広いに違いない。確信がある。

無言で、ぐっ、と腕まくりをした。

「何が来ようと、もう驚かないぜ……!!」

勇ましい声を上げて、私は部屋の奥へとズンズン進んだ。
まるでホテルのスイートルームのようなリビングに、すぐにその決意は破られることになるけども。






チッ、と舌打ちをしながら、マンションの自動ドアをくぐった。
ここへ辿り着くまでに何十回と見た腕時計は、すでに8時を回っている。
ただ単に書類を届けるだけのはずだったのに、確認事項が出てきたり親父と連絡をとったりで、予定外に手間取ってしまった。

急ぎ足でエントランスを駆け抜ける俺に、警備員が黙礼をした。
それを目で流しつつ、持っているキーでエレベーターに乗り込む。
跡部家が所有する階のボタンを押し、すぐさま『閉』ボタンを押した。
動き出したエレベーター。ディスプレイの数字が1つずつ上がって行くのを、少々イライラしながら見つめる。

ようやくエレベーターが静止すると、ドアが開くのももどかしく、外へ出た。
まっすぐに、あてがわれた部屋へ。

ドアの前で一呼吸置いてから、横に設置されているインターホンに手を伸ばした。

ピンポーン。

なんだかその音がやけに新鮮に聞こえた。

『…………ッ、と……ハ、ハイ……?』

数拍してから、戸惑ったような声がインターホン越しに聞こえた。
その初々しさ、可愛さに、思わずニヤけてしまった口元に手を当てる。

「…………俺だ」

『……っ、景吾かぁ〜……よ、よかった、誰か知らない人だったらどうしようかと……と、ごめん。ちょっと待ってて』

プツン、と通信が途絶えたことを示す小さな音が鳴ってすぐ、ガチャガチャと鍵をいじくる気配がした。
しばらくじっと待っていると、キィ、とドアが開かれる。
顔を覗かせたは、俺の顔を見るとほっとしたような笑顔を見せた。

「景吾〜。遅かったね」

「あぁ悪い、待たせたな」

「ううん、平気。…………えーっと……ど、どうぞ?…………あ、あはは、いつもと変わらないはずなのに、場所が変わるとなんだか照れるね」

照れ隠しなのか、やたら早口でまくし立ててドアを大きく開けた
俺は、ますます口元がニヤけそうになるのを、会話をすることで誤魔化した。

「確かに、な。……それじゃあ……邪魔するぜ」

「ど、どーぞ」

するりと身を滑り込ませて、後ろ手にドアを閉めた。

玄関に揃えられた革靴。……広い玄関で、の靴はわざわざ端にちょこんと置かれていた。
そこにらしさを感じ、俺は脱いだ靴をその隣に揃えた。2つ並んだ靴に、愛しさが募った。

「景吾?」

先に歩いていたが、じっと靴を見ていた俺に訝しげに声をかけた。

「あぁ」

頷いて、すぐに後を追う。
リビングに足を踏み入れると、ふわりといい香りがした。

クン、と香りを嗅ぐ仕草に気付いたのか、が慌てたように言う。

「や、あのね、時間あったしね、料理の本とかも置いておいてくれたみたいだしね、野菜とかもあったしね……えーと、その……」

「……何か作ってたのか?」

「…………だって、お腹減ってたんだもーん……」

「別に責めちゃいねぇよ。待たせた俺も悪いしな」

「それは別にいいって……あ、でも作っただけで、まだ食べてないよ?つ、つまみ食いは多々したけど……ちゃ、ちゃんと席について食べてはいないから!……だから、あの……お口に合うか激しく賛同しかねますが……」

もごもごと口の中で何か言う
俺はニヤリと笑って、の頭を撫でた。

「……ありがたく、ご馳走になるとするか」

「う、うん……味見はしたから、食べられないことはないと思う……でも、口に合うかどうか、ホントわからないけど……!今、用意するね。座って待ってて」

キッチンへ走っていくを見届けて、俺は改めて部屋の中を見回した。
……この部屋には、1度来たことがある。
もしものときにをちゃんと住まわせられる部屋かどうか、俺の目で確かめに来た時だ。
だが、そのときよりも遥かに生活感が出ていて―――愛着が持てた。何かが増えたわけではないと思うが……だが、確実にこの部屋は、帰って来たら安心するような『生活空間』になっていた。

「…………なかなかいいじゃねぇか、こういうのも」

誰にも邪魔されない、2人だけの空間。
それは、きっとあの屋敷では味わえないこと。

「え?景吾、何か言った?」

「……いいや。お前の料理が楽しみだな、と思ってただけだ」

キ タ イ シ ナ イ デ …!

が、あまりにも悲愴な表情で呟くので、

「お前が作る料理が、俺にとってまずいわけがねぇ」

そう言ってやった。




出てきた食事は、お世辞抜きで美味かったことを、追記しておく。





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