チャリ、と目の前に出された鍵は、あまり見たことがない電子ロック型の鍵というやつだった。鍵穴に差し込む部分はよく見るようなギザギザではなく、丸い穴ぼこがぼこぼこと空いている。外見はシルバーが基調で、持ち手はアンティーク調で可愛い。ペンダントトップなんかにも使えそうなくらいだ。

その可愛い鍵を出されて、

「これは、お前のものだ」

なんて言われて、ほいほい『そーですか』なんて、すぐに納得できる方がどこの世界におられようか。

しかもその鍵が。

『跡部家所有の高級マンションの1室』の鍵だったりした日には、信じようにも体が拒否反応を起こすよ!



Act.9 示された、解決方法



景吾に安心するように言われたものの、どうしようどうしよう、と屋敷に戻っても私は頭の中で考えていた。
ぐるぐると考えながら、階段を上る。考えすぎで、うっかり段を踏み外しちゃいそうだけど、もうそんなことにかまっている暇はない。『階段を上っている』という今現在の行動よりも、頭の中の思考の方が断然重要だ。

とりあえず……不動産屋って何時までやってるんだろう……今から行って大丈夫かな……!明日から即入室とか出来るものなのかな……!アァァ、でもお金が……こうなったら、最初の時に貰ったままで手をつけてない口座から、出世払いということでお借りしようか……!

、着替えたら俺の部屋に来い」

「……でもでもダメだ、未成年だから保証人とか必要だ……あぁぁ、こうなったら宮田さんとかに頼めば大丈夫かな……!」

「オイ、。……ぶつかるぞ」

ぐい、と手を引かれて、私はようやく階段を上りきって、自分の部屋の前にいることに気がついた。
そして、目の前に重厚なドアが迫っていることにも。

…………危ない、いくら思考の方が大事だからと言っても、頭をぶつけたら今まで考えてたことが全部無駄になってしまう……!(混乱してて判断基準がおかしい)

「あ、ありがと、景吾……そ、それじゃ私は部屋にこもって対策を考えます、ね……!」

シュッ、と敬礼をしながら、ドアを開けようとした私に、景吾が大きく息をついた。

「……ったく……人の話を全く聞いてねぇな、お前は」

「へ?」

「着替えたら部屋に来いって言ったんだ、俺様は。……お前の悩みを解決してやるから」

「え、でもこの悩みって……いくら景吾さんでも即座に解決できるような代物じゃない、よ……?」

なんてったって、悩み事は『家』だ。
みのさんが言ってた!人生で1番高い買い物は『家』だって!……今回はマイホームとはちょっと違うけど、それでもかなり悩んでしかるべきものだ。

「…………、さっき俺が言ったこと、ちゃんと聞いてたか?」

「き、着替え終わったら景吾の部屋に集合……ってこと?」

「……学校で言ったことだ、バカ」

「………………えーっと…………『アテがある』ってヤツ?」

「それだ。……その説明するから、着替え終わったら俺の部屋に来い、ってことだ。……ったく、ちゃんと人の話は聞いておけ」

「あー……だって、いくら景吾さんと言えど、こんな問題をすぐに解決できるとは思えなっ…………」

『い』まで言わせて貰えず、景吾に唇をふさがれた(!!!)

先ほどのドアよろしく、眼前に突然出現した美貌の顔に、必死になって考えていた私の思考は全て崩壊した。

「俺様を誰だと思ってる」

超至近距離の瞳は、人の脳みそをかき乱す最大の武器だと思う。

「…………跡部、景吾様でございます…………」

「そうだ。……だから、お前が心配することは何一つねぇんだよ。特に……こういった関連のことはな」

景吾の顔が、少しだけ曇った。
…………私が失ったもののことに関するときに見せる顔だ。

「……わかった。景吾さんに不可能はないもんね」

なるべく明るく言うと、景吾の顔がいつもの表情に戻る。

「当たり前だろ」

「じゃ、着替えたらすぐ行く」

頷いた景吾に手を振って、私は自分の部屋へ戻った。

…………もう、気にしないで良いのに。

景吾の表情の意味を、少し考えながら着替える。
ネクタイをしゅるり、と解いて―――頭をぽりぽりとかいた。

…………私が、いつまでも元の世界のことを引きずってるからいけないんだよなぁ…………。

断ち切らなきゃいけないのはわかってるけど、そう上手く断ち切れるほど器用でもなく。
徐々に、と思いながらも、ずるずる引きずっている。
その、私の中途半端な気持ちが、景吾にあんな表情をさせてるのだと思うと、たまらなく嫌だ。
でも―――。

そこまで考えて、ハッと我に返った。
…………今考えるべきなのは、このことじゃない。
考え込んだことで、ネクタイを外すところで止まっていた手を、再び動かし始める。その後は、手早く着替えを済ませて、お菓子持参で景吾の部屋へ。

ドアを開けてくれた景吾に導かれて、テーブルにつく。

「……で、景吾さん……どうすれば、いいのでしょうか……?」

おずおずと聞いてみると、景吾が無言で1つの鍵を差し出してきた。

シルバーのお洒落な鍵だ。でも、普通とちょっと違って、鍵穴に差し込む部分がちょっと特殊な加工になっている。
それがかえって特徴的で可愛いデザインだから、何かのペンダントトップかもしれない。

でもこの鍵を差し出してくる意味がわからなくて、景吾の顔を伺い見る。
と、景吾は信じられないことを発した。

「これは、お前のもんだ」

「…………はい?」

この鍵の所有者になった覚えは、まったくありませんけど……。
っていうか、この鍵、一体何?

私の心の中の疑問を見透かしたように、景吾が口を開く。

「この鍵は、跡部家が所有しているマンションの1室の鍵だ。この鍵はお前のもの―――つまり、その部屋はお前の好きにしていい」

「……………………………………………はいぃぃいいいい!!??」

ちょっ、それはどういうことですか!
っていうか、私、マンション買った覚えもなければ、所有者になった覚えもありませんけど!?
しかも跡部家が所有って…………!きっと高いんだ、高いんだ―――!!!

言いたいことが山のようにありすぎて、どれから口にしたら言いかわからず、口をパクパクと動かすだけの私。

一旦深呼吸をして、まずは頭の中の整理を行った。
こちらの返答を待っている景吾に、ゆっくりと切り出す。

「…………ど、どうしてこれが私の……?」

「……お前がこの世界に来てすぐ、手配した。お前が屋敷で暮らさない場合の住居としてな」

「あー……暮らさなかった、場合……」

「選択肢としてはそれもあり得たからな」

確かに。
跡部家にお世話になることにしたんだけど、ものっすごい勢いで拒否っていれば、それはそれで跡部家は逃げ道を作っていてくれていたのだろう。

「思わぬところで役に立ちそうだよ……でもこれ、本当に使っていいの?」

「だから言ってんだろ、これはお前のもんだ。お前が好きにしてかまわない。……まぁ、本当なら使わないにこしたことはなかったんだが」

チッ、と小さく景吾が舌打ちをした。

「……今回だけにしときてぇもんだぜ」

「確かに。…………でも、よかった、なんとか乗り切れそうだ……!」

「一応、家具やなんかは揃ってるはずだし、一週間に一回はハウスキーパーが入ってるから、片付いているはずだ」

「…………(こんなところで無駄な支出が……!)」

「そーゆーわけだから、お前は心配すんな。明日にでも様子見がてら行ってみて、生活空間作っとけば大丈夫だろ」

「…………おーけー。サンキューです」

くしゃ、と景吾が髪を撫でてきた。






の安心した表情を見て、俺は溜めていた息をこっそりと吐きだした。
この鍵の存在を思い出したのは、この一件がきっかけだが……どうせなら、ずっとに存在を知らせずにいたかった。

知らせたくなかった理由はあまりにも幼稚すぎて、には言う気にもならないが。

ここまで考えて、もう1度息をつく。

――――――言えるわけがない。

この鍵の存在を示すことで、『が屋敷から出て行く』という選択肢が作られるのがイヤだったなんて。

まぁ、こうしてその選択肢が限りなく皆無に近くなったから、俺はにこの鍵を提示することができたわけだが。
この鍵を提示してもは屋敷から出て行かない、俺の側に絶対にいる―――そういう確信が持てなかったら、今回のようなケースであっても俺はこの鍵を提示しなかっただろう。もっと違う対処方法を考えたに違いない。

―――今回アッサリ鍵を出せたのは、俺に少し余裕が出来たってことか。

そう思うことにしておこう。

の心の中に残る過去は、どうしたって俺にはわかりようがない。
が失ったものを、どうにかして埋めようとしても、限度がある。

……だが、の失ったものに関しては、出来る限りのことは、してやりたい。
俺の感情は、二の次にしても、だ。

―――――厄介なことにならなきゃ、いいがな。

今回のみのことにして欲しい。
そう切に願って。

俺は、こっそりとまた息を吐き出した。





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