夢を、見た。


赤ちゃんが、死んじゃう夢。

小さな小さな命が、空に吸い込まれていく夢。

怖くて、悲しくて。

ガバッと身を起こした。






ドッドッドッドッ……と心臓が早鐘を打っている。
おかしなくらい、冷や汗をかいてて。

「……ん……?」

「……ッ」

隣で寝ている景吾を起こさないように、そっとベッドから抜け出す。
そのままトイレに駆け込んで、こみ上げてくるものを全部吐いた。

この気持ち悪さは、つわりの所為だけじゃないのは、わかってる。

あんな夢を見たのだって―――。

「ぐっ……」

また、お腹の底から、なにかがこみ上げてくる。
喉の奥で何かつまっているような、気持ち悪さ。

……いよいよ何にも吐くものがなくなった。
ザーと水を流して、その場に座り込んだ。

―――今更になって、怖くなってきた。

子供を……1つの命を生み出すのが、どんなに大変かということに気づいた。

『お母さん』という1番身近で最高の経験者はいない。
だから、私が持っている知識というのは、ほとんどが書籍によるもので。
……でも、文面だけではよく伝わりきらないこともあるのが事実だ。

本に書いてないことが身に起こったときに、不安になってしまう。
些細なことで、パニックになりそうになる。

子供がいらないんじゃない。
子供が出来たのは、すごく嬉しかった。
大好きな景吾の子。それを産める喜び。

ただ―――同時に怖くなった。

出産のときの痛みに対する恐怖とか、育児は大変なんだとか。
本を読むたびに、色々な経験者の話を読むたびに、不安が蓄積されていく。
どうしても……どうしても、悪い方にばかり目がいってしまう。

ぐるぐる頭の中で、嫌なことばかりが浮かんで。

ボロボロッと涙が溢れてきた。
泣いて、なにかが解決するわけじゃないのに。
涙が、溢れてくる。

「……っく…………」

怖い。

嬉しい。

怖い。

嬉しい。

怖い。

2つの感情が頭の中を行ったりきたり。
ちゃんといいお母さんになれるのか。
仕事は出来るのか。

出産後は、景吾のトレーナーに復帰したいと思ってる。
やっぱり、悩んで悩んで決めた仕事を、そう簡単に諦めたくない。

だけど―――赤ちゃんを連れて、仕事が出来るのか。
景吾の迷惑にならないだろうか。

「……ふっ…………っく……」

怖い。
こんな風に思ってるのは、私だけなんだろうか。
…………こんなこと考えるなんて、もうすでに、お母さん失格、なのだろうか。

「……?」

気がついたら景吾が目の前にいた。
心配そうに、私を見ていた。

「……どうした?」

私の涙をきゅ、と親指で拭ってくれて、ふわりと抱きしめてくれる。

「ご……め……起こし……ちゃっ…………」

嗚咽と陳謝の言葉が混じる。
また、景吾に迷惑かけた。
景吾は疲れてるのに、起こしてしまった。

「いいから。……なんだ?1人で泣いてちゃ、わかんねぇだろ?」

ぽんぽん、と撫でてくれる腕が、優しくてまた涙が出てきた。

「……ふ……あんに、なって……っ……」

「……あーん?」

「いい、お母さん……に、なれるか、とか……ちゃんと、育て、られるかとか……ッ……本当に、親になれるのか……とかッ……色々、考えちゃ……って……ッ」

ちゃんと家庭が築けるだろうか。
景吾のような、素晴らしい人と、私は本当に家庭を築けるのだろうか。

不安。
恐怖。
焦燥。

色々な負の感情が、ごちゃまぜになる。

「……バーカ」

ぎゅっと景吾の腕の力が強くなった。

「そんなこと考えてたのか?……そりゃ、俺だって考える時はあるさ。だが、いい親かどうかなんて、育ってみなきゃ、わからねぇだろ?……俺たちは、ゆっくり、親になっていけばいいんだ」

景吾の声が、優しく耳元で聞こえる。

ゆっくり、親になる。

すぐに……すぐに親になる必要はない。

「その為の、10ヶ月間だろ?俺たちが親になる準備をするための、10ヶ月だ。……まだ時間はたっぷりある、そんなに思いつめるな」

ぎゅーっと景吾に抱きつく。

「……う、ん……ッ」

「…………よし。……それから、何度も言ってるだろ。ここは冷える」

景吾の手を借りて、ゆっくり立ち上がった。

さっきみたいな気持ち悪さはない。心がスッキリしたからかもしれない。
……泣いた後特有の、軽い頭痛はあるけれど。

2人で一緒にベッドに戻った。
少し冷たくなった布団。
それでも、景吾が隣にいるから、冷たさなんて、どうでもよくなった。

ぎゅっとまた景吾が抱きしめてくれた。

「…………1人で泣くな。何かあるんだったら、ちゃんと俺に言え」

「うん……ごめんね?起こしちゃったし……」

「ああいうときはちゃんと起こせ。……ったく、隣にはいねぇし、シャワールーム覗けばお前1人で泣いてるし」

「……つい、ボロボロッと……」

「あのな…………何のために俺がいると思ってるんだよ、親はお前だけじゃねぇんだぞ?」

ゴツ、と景吾の胸板に頭がぶつかる。
景吾の体はやっぱり骨ばっていて、ゴツゴツ痛い。

「……それにな、不本意だが……忍足たちも、手伝ってくれるだろう。お前1人、大変な目には合わせねぇよ」

「……そだね、みんながいるね。……それに、うちは家事とかお屋敷の人がやってくれるもんね。……それだけで、負担は減ってるもんね」

「そういうことだ。……それに、わからないことあるなら、おふくろに聞け。喜んで答えてくれるだろうさ」

「そ……か……そうだね、景吾ママに……聞いて、みようかな……」

景吾ママ。
この世界で、唯一『おかあさん』と呼べる存在。
本当の子供ではない私にも、すごく優しくしてくれる人。

「俺も親父に聞くこともあるしな。明日、電話してみるか」

「うん」

ぽんぽん、と頭を撫でてくれる景吾。

「……そろそろ寝るか」

「うん。……安心した。景吾、やっぱり大好きだー」

景吾が傍にいてくれる。
それだけで安心できる、不安が薄れる。
まだ、完全に不安は飛んでいかないけれど、今は、景吾の子供を産める喜びのほうが強い。

「…………俺も愛してる。……おやすみ、

ちゅっと軽くキスをして。
今度は深い眠りの中へ。

次に見た夢では、私の隣に景吾が座ってた。
その周りにはたくさんの子供。

楽しそうに笑う、夢。

………………ちょっと子供の数が多すぎる気がするけど、まぁ、いいか。



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