今日は日曜日。
はやはり体調が悪いらしく、今日もベッドで横になっている。
俺はそのベッドに腰をかけながら、本を読んでいた。

やがて聞こえてきた、スー……という小さな寝息。
どうやら、寝てしまったらしい。

妊娠すると眠くなる、というのは本当のことで、少し前から、は突然プツリと糸が切れたように眠る。どこでも寝るから、その都度ブランケットを持っていったり、運んだりすることになる。
最近では具合が悪く、ベッドで寝てることのほうが多くなったが―――それでも、俺が外から帰ってくると、ソファで何もかけずに寝てることなんてしょっちゅうだ。

半日寝てもまだ眠い、と言っていたので、苦笑した覚えがある。

息苦しくないように、シャツのボタンを1つ2つ開けてやった。
ブランケットをかけて、そっと顔を盗み見る。

寝てるときだけは気持ち悪さから解放されるのか、安らかな寝顔。
髪の毛を1回撫でた。

ブブブ…………。

ベッドサイドのテーブルで音が鳴った。
の携帯だ。

ちらり、とを見たら、この音で起きてはいない。
……わざわざ起こす必要もないだろう。必要な相手なら後でかけさせればいい。

携帯を手にとって、相手を確かめたら。

『侑士』

イルミネーションウィンドウに出た文字に、眉をひそめた。
ぱちん、と携帯をあけて、通話ボタンを押す。

立ち上がってベッドから離れた。

『……もしもし、ちゃん?俺やけど』

「………………なんだ忍足、に用か?」

低い声で話せば、向こうで『ゲッ』と言う小さな声がした。

『なんで跡部が出んねん!プライバシーの侵害やで!?』

「うるせぇ、切らなかっただけありがたく思え」

『ありがたく思えへんわ!折角ちゃん映画に誘お思てたのに……』

は寝てる。当分外出は出来ねぇ。以上だ」

『ちょ、ちょお待て跡部!なんでちゃん、外出られへんねん!?それに寝てるて……病気でもしてるんか!?』

…………そういや、コイツらには言ってなかったな。

は妊娠してる。……というわけだ、忍足。残念だったな」

ガタガタガタン、と耳元で大きな音が鳴った。
忍足が携帯を落としたらしい。

『な、な、な…………なんやて―――!?に、妊娠!?』

「大きな声を出すな、が起きる」

『出さずにおられるか!妊娠……ちゃんが妊娠……あぁぁ、跡部の毒牙にかかった可哀相なちゃん……!』

「オイ、テメェ……ケンカ売ってんのか、あーん?」

『売れるもんなら売りたいわッ、何でも売るで、関西人は!』

…………どうやら忍足、混乱のあまり、何を言ってるのかわかってないようだ。
それほどまでに、の妊娠がショックだったらしい。

『とにかくっ、俺ら近いうちにちゃんに会いにいくからな!』

「あのな、に会うってことは、俺様にも会うってコトだろうが」

『俺らはちゃんに会いに行くんや!……そして、あわよくば跡部を亡き者に……!』

「……門前払いにされてぇか?」

『くっ……とにかく、待っとき!ほなな!』

ブツン、と通話が切れた。
……ったく、厄介なもんが来るぜ……。

携帯を閉じながら、もう1度ベッドへ戻る。
何が起こったのかも知らずに、眠る

…………アイツらとの騒動を考えて―――思わず頭に手をやった。





忍足たちが姿を現したのは、電話の翌日だった。

「……暇だな、お前ら……」

ちゃんのためなら、平日も休日も何も関係あらへん」

奴らはズカズカと上がると、勝手知ったる他人の家。
即座にの部屋へ。

はといえば、今日は少し体調がいいらしく、ソファで育児の本を読んでいる。
…………ヤツらが騒ぐから、どうせなら、寝ててくれて構わないんだが。

!」

岳人がバンッとドアを開けて入っていくのが見えた。
俺もヤツらの後を追う。

「わぁ!がっくん!?……みんなも、一体どうしたの!?」

の驚く声が聞こえた。
……には、忍足の電話のことは言っていない。だから、なおさら驚いたのだろう。

「どうしたの、じゃねぇぜ!どうして子供のこと、俺らにもっと早く言ってくれなかったんだよ〜!」

岳人がに抱きついてるのが見えたので、ベリッと剥がしつつ、の隣に座る。

「体調、大丈夫か?うるせぇ奴らが来たからな」

「今日は平気だよ〜。…………えーっと、そっか、言ってなかったね……実は、赤ちゃんが……」

「忍足から聞いたよ〜。……跡部、羨まCー……」

ジローが珍しく俺を睨んでくる。
フン、なんとでもほざけ。の腹の中には、すでに俺たちの子がいるんだ。
既成事実は作ったモン勝ちだ。

「ずるいですよ、跡部さん!……まさか、このまま結婚……」

「あぁ、そのつもりだが?……安心しろ、お前らもちゃんと招待してやるよ」

「おまっ……おい長太郎、怒るのはわかる。……だが、その笑顔は俺も怖いから止めてくれ」

宍戸は怒りかけたが、隣にいる鳳の笑顔に耐え切れなかったらしい。
……確かに、鳳の笑顔は怖い。

「くそっ……下克上が……」

「悪いな日吉。お前にとっての下克上は、ねぇんだよ」

「……ッ……相変わらずですね、跡部部長……」

ちゃん」

俺が日吉と話している間に、忍足の野郎がちゃっかり、反対側のの隣をキープしていた。
……この野郎。

「侑士、久しぶり。医学部はどう?」

「まぁ、ボチボチやな……ってちゃうねん!……ちゃん」

「うん?」

「俺、ちゃんの子供やったら、ちゃんと愛せる。たとえ父親が憎き跡部やろうと、ちゃんと俺が責任持って育てる。……せやから、ちゃん、身ぃ1つでえぇから、俺んとこに」

「忍足……テメェ、追い出されてぇのか、あーん?」

バシッと拳を繰り出せば、忍足は冷静に手のひらでそれを受け止めやがった。
伊達眼鏡のくせして、レンズをキラリと光らせる。

「跡部……自分、どーせこれも計画の内なんやろ!子供出来たら、ちゃんに俺らが手ぇ出せへんと思て、こんな早くから子供作ったんやろ!」

「フン、まぁ、それもあるがな……とにかく、大学卒業したら籍は入れる。結婚式は早くて4月の下旬ぐらいになるだろう。ちゃんと空けとけよ?」

「……くっ……跡部、自分、結婚したらちゃん1人占めできる思たら、大間違いやで!?世の中には『離婚』っつー手続きもあるんやからな!」

「縁起の悪いことを言うな!」

バシッと今度は忍足の顔に拳がヒットする。
……ったく、コイツは……。

「ねぇねぇ、男?女?どっち〜?」

ジローは、今度は子供に興味を移したらしい。
の腹をじっと見ながら、のほほんと質問をしている。

「まだわかんないみたい。5ヶ月くらいになるとわかるらしいんだけど」

「へぇ〜。……俺は女の子がいいなぁ。に似た女の子。そしたら、俺がお嫁さんにするんだ〜」

「ちょっと待て。そんなのは俺様が許さねぇ」

聞き捨てならない言葉を発したジローにも、ポカリと1つ拳を入れる。
に似た娘を、ジローの嫁?
…………娘だったら、俺は一生嫁に出さねぇ。

に似た女の子かぁ〜……22くらいの年の差、どってことねぇよな!」

「どってことねーわけあるか!岳人、テメェその髪の毛ぶった切るぞ!?」

バッと岳人が髪の毛を押さえた。……そんなに大事か?髪が。

ちゃんに似た女の子……俺が理想的に教育して……源氏物語やな……それもえぇか……」

「忍足……キサマ、本気で追い出されたいらしいな……?」

を挟んでいるから、あいつの襟をつかめないのが悔しい。
まぁまぁ、と真ん中でが仲裁に入る。

「とにかく、そーゆーことだ。わかったな?」

「ちぇー……あーぁ、ついには跡部になるのか……クソクソ跡部!」

「マジで、跡部だけずりぃよな……ったくよー」

「フン、なんとでもほざけ。来月には、は法律的にも俺様のモンになるんだよ」

「〜〜〜〜〜なぁ、鳳。今度、不二に言うて、黒魔術の本、貸してもらわんか?」

「あぁ、いいですね……忍足さん、ナイスアイディアです」

「……俺も一枚噛ませてもらいましょうか。……下克上のために」

「おい、コラ待て」

黒魔術?
普段ならそんなの、バカにして笑うところだが………………不二というのが頂けねぇ。

「…………相変わらずだね、みんな。あーあ、大学卒業してバラバラになっちゃうのが寂しいよ」

の一言に、全員が止まった。
全員が全員、同じような笑みを浮かべる。

「いつでも会えるやろ?なんなら、俺が毎日会いに来たってもえーで」

「そーだぞー。バラバラになったって、電話も毎日出来るしなっ」

先輩なら、いつ大学来てくださっても大歓迎ですよ」

「跡部んちにテニスコートもあるし、休日ごとに打ちに来るか」

「いいですね……テニスしがてら、さんと話も出来るし」

「Eじゃん、それ〜。……とにかく、いつでも会えるよー?」

「………………ありがと、みんな」

にっこり笑った
俺はその顔をこっちだけに向けたくなった。

「……やっぱ、跡部だけが独り占めなんて、ずるすぎる!クソクソ跡部め!」

……あぁ、やはり。
コイツらはとことんの笑顔に弱い。……俺もだが。

ちゃん、育児だったら俺も手伝うで!どーせ、跡部のヤツは仕事やら何やらで忙しいんやろうから!……そして、俺を父親と思い込ませて……」

「忍足、テメェ出てけ!今すぐ出てけ!」

「俺、妹いるから、小さい子の面倒見るの好きだC〜」

「ありがと、ジローちゃん。生まれたら、たくさん遊んであげて?」

「あー、ジローずりぃっ!俺だって弟いるからなっ、面倒見れるからな!」

「あはは、がっくんもいいお兄ちゃんになってね〜」

……どうやら、コイツらとは切っても切れない縁らしい。
の腹に目をやった。
まだ目に見えて変化は見られないが、着実に育っている命。

本当の父親は俺だが。
………………父親代わりになるヤツは、たくさんいるようだ。



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