「…………おい、大丈夫か?」

病院に行って以来、は目に見えてつわりに苦しむようになった。
今も、ベッドの上でぐったりと横になっている。

「うん……これでもまだ、軽い方なんだって……」

これで軽いとは……世間の妊婦はもっと苦しんでるのだろうか。
体温が高いから、だるそうにしているのも気になる。

「この屋敷は綺麗だから、匂いも少ないし……まだ食事も出来るしね……酷くなると、水すらダメらしいよ……」

うー、と唸りながら、はゆっくり寝返りを打った。
前髪をさらりとかき分けてやる。やはり少し熱っぽい。

「このまま寝てろ。……俺はちょっと書類作らなきゃなんねぇから、隣の部屋に行ってる。なんかあったら呼べ」

「うん……」

少し目を向けてきたに、1つキスを落とす。
…………いつもなら、突然のキスには少し抵抗するのだが、もはや抵抗する気力もないらしい。
ぽん、と頭を撫でて、俺は寝室を後にし、すぐ隣の部屋へ。

前は、の部屋だった場所は、今はテレビ、パソコン、本棚、ソファなどが置いてある、娯楽室になっている。
とベッドを共にするようになってから、いつの間にかそうなっていった。

の部屋の物が、段々と俺の部屋に移動してきて、ベッドも大きなキングサイズに変わり、あっという間に寝室へ。
反対に、俺の部屋にあった本棚などが、の部屋に移動していった。
混在する生活空間。

1人でいるのが好きだった俺は、いつの間にかと2人の生活に慣れた。

娯楽室のドアを開けて、奥に置いてあるパソコンへ。
海外にいる親父に送るための資料を作成しなければならない。

大学卒業後は、プロテニスプレイヤーとして活動するが、同時に跡部財閥の社長補佐になることも決定している。社長補佐と言っても、主に、国内の取引先と話をまとめる程度だが。
まぁ、仕事とは言っても、中学時代から、取引先の相手を接待するのなんて、言われずともやってきたようなものだ。その延長線だと考えればいい。

俺は、パソコンを起動して資料作成を始めた。






資料作成も一段落し、ふと時計を見たら、もうすぐ昼。
凝り固まった肩をほぐしながら、俺はを呼びに寝室へ。

、そろそろ昼―――……」

ベッドの上に、の姿はない。
外に散歩でも行ったか?

いや、今朝の体調から考えると、あまりそれは考えられない。
今日はいつにも増して酷いようだった。

部屋の奥へ行こうと足を進めたら、途中、シャワールーム(元々俺の部屋だったから、シャワールームもついている)の灯りがついていることに気づいた。

トイレか?
しばらく待っていたが、出てくる気配はない。

もしかしたら、気分が悪くて身動きが出来ないのかもしれない。

コンコン、とノックをした。

?……大丈夫か?」

応答もない。
ノブを回せば、鍵はかかっておらず、すんなりとドアが開いた。

「……!!?」

ぐったりと洗面台の脇で横になっているがいた。

「おい、大丈夫か!?」

壁に半身を寄りかからせているので、肩を掴んで軽く揺さぶる。
ふ、との目が開いた。

「……あ、景吾……」

「どうした?大丈夫か?気、失うほど辛いのか?病院行くか?」

まくし立てた俺に、が小さく笑った。

「あー違う違う……ちょっとあまりにも気分悪すぎて、ここから出られなくて……そのまま横になってたら……眠くて寝ちゃっただけ」

なんとものん気な返事に、ガクッと体の力が抜けた。

「お前な……」

「トイレに住みたいと思うのは、後にも先にも今しかないね……普通のトイレなら住めないけど、この屋敷のトイレなら住めそう」

「バカヤロウ。……とにかくここは冷える、立てるか?」

「うん……」

が立つのを手伝い、ふらふらと歩くを支えてベッドへ。
ぼーっとベッドに座るに、ブランケットなどをぐるぐる巻きつけた。

「……景吾さん?えーっと……」

「お前な、シャワールームは冷えるだろうが。医者にも言われたんだろ?体冷やすなって。あったかくしとけ」

「それはそうだけど……でも、これは……ぐるぐる巻きで、身動きとれないよー」

「身動きとれねぇくらいが、お前にはちょうどいいんだよ。……ったく」

見事に雪だるまになったを、その上から抱きしめた。

「?……景吾?」

「倒れてんの見て、心臓冷えた……」

「あー……ごめん。ホントにさっきはヤバくて……」

それがどんなに辛いのかは、男には永遠の謎だ。
だが、にも、心配する俺の気持ちなどわかりはしないのだろう。

きゅ、と背中に感じるの手。
ブランケットの隙間から出してきたらしい。

「んー……なんでだろ〜、景吾が傍にいると、楽になる気がする……景吾がいると安心するからかな?」

……コイツは時々、とんでもないことを普通に口走る。
自分がどれほどの殺し文句を言っているのかを、わかっていない。
そういう何気ない言葉が、どれだけ男を舞い上がらせるのかを。

「……それなら、俺様がずっと傍にいてやるよ」

「あはは、でも景吾、お仕事もあるしね……」

「バーカ。……お前が楽になるんだったら、ずっといてやる」

力を入れすぎないように加減しながら、それでも少し強めに抱きしめる。

「へへ〜、なんだか景吾が優しい〜」

「いつもだろ?あーん?」

「いつもよりさらに優しい〜」

「…………心配だからな。俺には責任がある」

「そーだよねー……景吾が計画犯だもんねぇ」

…………まぁ、確かに計画していたが。
いいじゃねぇか、子供は多いに越したことはねぇ。
それに、子供が出来た方が、結婚に話を運びやすいし。

「あぁ、そういえば。……式なんだが」

「うん?」

「やっぱり、つわりが終わるころの方がいいよな?」

「あー……そうだね……お化粧の匂いとかもダメっぽい……」

「わかった、考えとく」

「…………でも、予約なんて取れるの?普通、結婚式って1年前くらいに予約するものじゃ……」

「心配するな。取る」

「……………………景吾がそういうと、絶対取るもんね……」

が頭を預けてくる。
ぽんぽん、とその頭を撫でて、頬に口付けた。

とたんに大人しくなる

「……ほっぺにちゅーは、感触が恥ずかしいんだよー……」

「別に他にも色々してるだろうが」

「あぁぁ、サラッとそういうことを言わないで!」

喉の奥から、クックックッ……と笑い声が漏れた。
いつまで経ってもコイツは可愛い。

「…………体調がいい日に、ドレスや式場、選びに行くか」

「……ドレス……かぁ……なんだか、まだ夢見たいだし……」

「……そろそろ実感しろ」

「…………だって、景吾の奥さんだよ?……うーわー……自分で言ってて照れてきた……」

「バーカ」

くしゃ、との髪の毛に手を入れて。
今度は頬じゃなくて、唇にキスを。

「お前、今後、自己紹介する度に照れるのか?」

「うー……なんだか、本当に自己紹介の度に照れそうでヤだなぁ」

「慣れろ」

「…………了解」

きゅっとが抱きついてきたのをもう1度柔らかく抱きとめて。

「そろそろ飯食うか。……食べれるか?」

「うん……おなかすくとさらに気持ち悪くなるしねー。食べれる時に食べとく」

「……じゃ、行くか」

ブランケットを外して、今度はカーディガンを着せた。

「……ホント、景吾は過保護だ」

「言ってろ」

自分でもわかってる、に甘いことぐらい。
それでも止めらんねぇんだから、仕方ねぇだろ?




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