景吾が誰かと話してる。 あぁ……確か、女子テニス部の、鳥取さん。 上手いんだよね、彼女。樺地くんの幼なじみだって言ってたなぁ……。 景吾が珍しく、明るい笑顔だ。 ……心のどこかが、ツキン、と痛みを伴った。 Act.32 芽生え始めた、淡い想い なんだか声が掛けづらくって、そのまま屋上に行って、座り込む。 はぁ……と息をついた。 「何をしてるんだ、私は……」 真っ青な空を見上げる。 別に、普通に声かければよかったのに。 「…………、さん」 「うわぁっ!?……か、樺地くんか、ビックリした……」 いつの間にか隣にいた、樺地くん。 ドキドキと心臓が暴れている。あぁ、ビックリした。 「どうしたの?樺地くんが屋上に1人で来るなんて珍しい」 座りなよ、と私の隣の地面を、ポンポン、と叩いた。 のっそり座る樺地くん。 「………跡部さん、と一緒にいたら……さんが、屋上に行くのが、見えました…………」 「……もしかして、それで来てくれたの?」 「ウス」 「……ありがと」 樺地くんが何も言わずに、隣に座っている。 何にも聞いてこないのが、嬉しい。 「樺地くん、私が景吾たち見てたこと、内緒ね?」 「…………なぜ、ですか……」 「んー、難しいな…………」 純粋な疑問に、思わず苦笑する。 樺地くんのまっすぐな視線見て、私は少し目をそらして小さくつぶやいた。 「……私、ね。言っちゃいけない想いってあると思うんだ」 「?」 「…………たとえば、一介の女子中学生が、大統領に告白したら、おかしな話でしょう?どんなに女子中学生が、大統領が好きでも……そんなの、ありえないよね?」 それと、同じようなことだと思う。 私の心に、芽生え始めた想いは。 「……跡部さんと、さんは……違い、ます……」 樺地くんの言葉に、私はゆるやかに首を振る。 確かに、『身分』という壁はないけれど(まぁ、少しはあるけど)。 …………いつも心のどこかで思ってた。 私は、景吾たちとどこか違う。 違う世界の人間だ。 景吾には、幸せになって欲しいと思う。 そのために、私は邪魔だとも思う。 私が、景吾に上げられるものは何もない。 景吾が私に与えてくれるものは、すごく多いけれど。 「……だから、この想いには、気づかないフリをしようと思う」 「…………さんは、それで、いいんですか……」 「いいか悪いかは、わからないけど……将来、この選択は間違ってない、って言えるようになったらいいな……」 そこにたどり着くには、かなり辛いかもしれないけれど。 いつか、笑って言えればいいと思う。 「……俺は」 「ん?」 「…………俺は、さんと、跡部さんが、一緒にいるところを見るのが…………好きです」 樺地くんの言葉は、一つ一つ素直で、心に響いてくる。 「……俺は、さんと、会った後の、跡部さんの方が……好き、です……」 「…………私と、会った後?」 「……ウス。……跡部さんは、変わりました……」 変わった? 私と会う前の景吾には出会ったことがないから(当たり前だけど)、よくわからない。 「…………さんは、もっと、自信を持って、いいです…………」 「自信……かぁ……」 なんにも持ってない私。 からっぽの私。 「……さんは、すごい、です。……だから、もっと、自信を持ってください……跡部さん、と一緒に、いてください……」 いつもは無口な樺地くんが、一生懸命言葉を紡いでくれる。 ふっ、と微笑が漏れた。 「ありがとう。……景吾には、私が出来るかぎりのことをしようと思ってるよ。……私が持ってる想いとは、別のところで」 この想いを、本当に抑え切れなくなったときには。 ……考えるのは、止めておこう。 私はまだここにいたい。 みんなの傍に。 ……景吾の傍に。 「……だから、もう少しだけ、気づかないフリをしていたいな……」 「………………ウス」 「…………樺地くんと話せて、よかった。…………このこと、内緒だからね?」 樺地くんは、小さくウス、と頷いた。 淡い想いには、まだ蓋をかぶせたままにしておこう。 NEXT |