廊下の途中で、鳥取を見つけた。

ちょうどいい、のことを話しておくか。



Act.32  生え始めた、淡い想い 〜跡部Ver.〜



「おい、鳥取」

「あ、跡部さんに樺地くん。なにか御用ですか?」

「今度、女テニにうちのマネージャー連れて行く。部長に言っておけ」

「……あぁ、前に言っていた人ですね。わかりました」

「本格的にテニスを始めて2ヶ月も経ってねぇが……基礎能力はいいし、身長もあるからな。もう女テニのレベルには達してると思うぜ」

元々運動していたからか、体力や基礎能力は申し分なかった。
テニスの技術は、持ち前の運動神経でカバーし、みるみるうちにテクニックを吸収していく。最初は弱点だらけだったが、今は数えるほどしか見当たらない。
連日のマネージャー業で鍛えられたパワーと脚力は、女テニの奴らよりも群を抜いていいだろう。
あいつのことを考えるたびに、笑いが漏れてしまって仕方がない。

「それは、楽しみです。ぜひ一緒にやってみたいです」

「あぁ……そのときは、お前と樺地がダブルス組んで、俺とあいつが―――と、樺地のヤツはどこに行った?今までここにいたはずなんだが……」

「樺地くんなら、ついさっき脇を抜けて行きましたよ?……屋上にでも向かったのかな。珍しいですね、樺地くんが跡部さんと離れるなんて」

「そうか?最近は樺地もいなくなるぜ?……というか、俺のそばにアイツがいるだけか」

樺地よりも、誰よりも最近はの方が、俺の傍にいる。

「……跡部さん、変わりましたよね」

「あーん?」

「樺地くんが『最近の跡部さんは、変わった』って言ってたんです。……今、樺地くんが言っていた意味が、ようやくわかりました」

「樺地が?」

「…………なんていうか、前よりも話しやすくなった気がします。雰囲気が、少し柔らかくなりました」

雰囲気……か。
いつの間にか、あいつに感化されていたのかもしれない。
あいつは、話しかけやすい雰囲気を持ってるからな。
…………もっとも、それは俺の悩みの1つなんだが。誰も彼も、あいつに道を聞こうとしたりするからな。

「ま、身近にバカがつくほどお人よしなヤツがいるからな。…………じゃあ、部長に言っといてくれ」

鳥取にそう告げて、教室に戻ると、アイツの姿はなかった。
少し落胆しながら席に着く。

「忍足、は?」

席について、なにやら予習をしている忍足に聞いてみる。

「んー?さっきいなくなったのは見とったけど、どこ行ったかは知らんなぁ……もう戻ってくるんちゃうか?」

チッ、と舌打ちをして机の中から教科書を出す。
……話したいことは、山ほどあるのに。




戻ってきたアイツの笑顔は、いつもと変わらなかった。


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