桜も満開の、4月の大安の日。
そんな日に、私たちの結婚式が決まった。
急に決まった式だったけど……どうも跡部家つながりで、予約を入れてもらえたらしい。…………またこの跡部家が無駄に権力を持ってるということを再認識。
ちなみにこの時期は、つわりのことや、膨らんでくるおなかと相談してのことだ。
極々内輪しか呼ばない結婚式を教会で行い、その後の披露宴はホテルの大広間で大々的にやることになった。
ドレスを選んだり、引き出物を選んだり、招待状を書いたり。
急に決まった結婚式に、てんてこ舞いの日々だった。
つわりと格闘しながら、結婚式の準備を進めた。
忙しかったけど―――それ以上に幸せな日々。
そして、とうとう結婚式当日。
私は、控え室でウエディングドレスに着替えていた。
誰でも憧れている白いドレス。
……それをまさか、あの跡部景吾の為に着るとは、夢にも思っていなかった。
まだ『マンガ』として読んでいたときのことを思い出して、クスリと笑う。
一キャラクターだった景吾は、私のかけがえのない人になった。
これから、一生を共に過ごす人となった。
はぁ、と息を吐いて天井を見上げた。
―――今まで、色々あった。
楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも、悲しいことも。
それでも今感じるのは、私は幸せだということ。
…………この姿を、異世界にいるお母さんたちに見せられないのがすごく残念だけど。
心で、この幸せを伝えられたらいいと思う。
……そして、育ててくれた感謝の気持ちを。
コンコン、というノックの音。
「はい?」
「…………俺だ」
景吾の声。
少し緊張する。
教会は、無理やり時間を空けてもらったから、リハーサルは今日じゃなかった。
普通の服でやったから、こうしてドレスで合うのは初めてで。
……うぅ、緊張する。
「ど、どうぞ……」
カチャ、と音が鳴って、景吾が入ってくる。
入り口で立ち止まった景吾は、固まったように動かない。
しばらく、2人で見つめあった。
……景吾カッコいい……タキシードが良く似合う……。
「……景吾カッコいい……」
「……バカ、お前の方が、綺麗だ……」
ゆっくり景吾が近づいてきた。
今更だけど、緊張する。
「…………本当に、綺麗だ」
景吾の目が、少し細められた。
感激で、涙が出てきそう。ダメだ、お化粧が崩れちゃう。
「……もうすぐ、だな……」
「うん……」
「こんな綺麗なお前……誰にも見せたくねぇけどな……」
「なっ……」
さらりとこんなことを言う景吾に、二の句が次げない。
景吾の手が、私の指に絡む。
「……体調は、大丈夫か?」
「うん。もうつわりも収まってきてるし。……景吾ママたちは?」
「あぁ、もう来るだろう。…………さっき、忍足たちが来た。散々恨み言言われたぜ」
「う、恨み言……?なんで……」
「(ズルイだの譲れだの、最後まで諦めの悪い奴らだ)」
「景吾?」
「……なんでもない。……」
「うん?」
「…………コケるなよ?」
「んなっ!なんて恐ろしいことを……!それ、考えないようにビクビクしてたのに〜」
クックックッ、と景吾が喉の奥で笑い始めた。
そして、私の首元に手をやると。
「……このネックレス、つけたんだな」
景吾が1番最初に買ってくれた、プラチナのサファイヤネックレス。
大事に大事にずっとつけてきたもの。
「うん。……Something fourでね」
「あぁ……Something New、Something Old、Something Blue、Something Borrow、か」
「……景吾ってば、ホントなんでも知ってるよね……」
「結婚式の案内に書いてあっただろ?……で、それはBlueとOldってわけか」
「うん。Newはベールとかでしょ、で後はコレ」
私が出したのは、鍵。
……これ、中学のときの部室の鍵。
ここで、私は色々なことを学んだ。
「部室の鍵……OldにBorrowの相乗……、考えたな」
「へへ〜。やっぱり、中学の時が、1番印象深かったから」
この世界に来た年。
景吾に出会った年。
両想いになった年。
全ての始まりの年。
「……鍵は、幸せの扉を開くんだって。……って、もう幸せなんだけどね」
これ以上の幸せの扉が、どこにあるんだろう。
ぎゅっと景吾が握る手の力を強める。
「…………本当に、他の奴らに見せるのがもったいねぇ……」
「私だって、こんなにカッコいい景吾の姿、他の人に見せたくないけど?」
「……バーカ」
絡み合った手。
これから、ずっと共に歩いていく手。
ノックの音が聞こえた。
「準備が整いました」
案内の声。
私たちは顔を見合わせて、笑った。
一緒に歩き出す。
「…………」
「うん?」
「…………幸せに、なるぞ」
景吾らしい、その言葉。
『する』でも、『なろう』でもない。
2人で、幸せになるんだ。
「……うん」
今までだって、十分、幸せだったけど。
2人なら、きっと、もっともっと幸せになれる。
バージンロードは、太郎ちゃんにお願いした。
中学、高校とずっと優しく見守ってくれた太郎ちゃん。
モーニング姿の太郎ちゃんは、永遠の43歳だ。
「……、綺麗だな」
「……ありがとうございます」
「……行くぞ」
太郎ちゃんの手を取り。
開かれた扉から、入場する。
景吾が待つ、その場所まで。
右足を出して、左足をそろえ。
左足を出して、右足をそろえ。
ゆっくりゆっくり、景吾に近づいていく。
1歩1歩踏み出すたびに、色々なことが思い出される。
この世界にはじめて来たときのこと。
マネージャーになったこと。
いじめられたこともあったっけ。
景吾と離れなきゃいけない、と思ったときもあった。
それでも、私は今、ここにいる。
景吾のところまで行くと、太郎ちゃんがゆっくりとその手を離した。
「……跡部、幸せにせんと、レギュラー落ちだ」
太郎ちゃんは、最後まで太郎ちゃん。
景吾が、「はい、監督」と頷いた。
「…………行ってよし」
「はい」
太郎ちゃんに微笑んで。
景吾の隣に立って。
2人一緒に、牧師先生の前へ、進み出る。
牧師先生が、優しい笑顔で、開会の宣言。
賛美歌が合唱される。
綺麗な歌声は……チョタだ。
歌が終わった後に、牧師先生が聖書朗読をし、祈祷をしてくれた。
式辞を聞いて。
誓約の、時。
「新郎、跡部景吾」
景吾が、まっすぐに牧師先生を見る。
「あなたはこの者と結婚し、神の定めに従って夫婦となろうとしています。あなたは、その健やかなときも、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、そのいのちのかぎり、堅く節操を守ることを誓いますか」
「誓います。……私、跡部景吾は、を生涯の妻と定め、健やかなる時も病める時も彼女を愛し、彼女を助け、生涯変わらず彼女を愛し続けることを、誓います」
ゆっくりと今度は、牧師先生が私を見る。
「新婦、。……あなたはこの者と結婚し、神の定めに従って夫婦となろうとしています。あなたは、その健やかなときも、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、そのいのちのかぎり、堅く節操を守ることを誓いますか」
「誓います」
声が、少し……震えてる。
それでも、景吾の手のぬくもりを、思い出して、心の支えとする。
「……私、は、跡部景吾を生涯の夫と定め、健やかなる時も病める時も彼を愛し、彼を助け、生涯変わらず彼を愛し続けることを……誓います」
宣誓の言葉。
……何度も何度も練習したその言葉は、今、みんなの前で誓う永遠の約束。
そして……指輪の交換。
景吾はすんなりと私の指に入れてくれて……私は少し震えながらも、ちゃんと景吾の指に入れた。
「それでは……誓いのキスを」
景吾が、柔らかく笑ってくれながら、ベールをあげてくれる。
肩のところでそれを少し整えると。
ゆっくり顔を、近づけてきた。
そっと、目を閉じる。
唇に、慣れ親しんだ感覚。
離れていくのを確認して、ゆっくり目を開けた。
景吾の微笑みに、私も微笑みで返す。
もう1度、牧師先生に向き直り。
私たちの手を重ね合わせた上に、牧師様が手を置いて、お祈りを捧げる。
夫婦となったことの宣言。
嬉しくて、感激して。
涙が堪えきれずに一筋零れた。
賛美歌を歌って、もう1度お祈りをした後。
退場だ。
景吾に手を預け。
ゆっくりと扉へ向かう。
扉を出たときに、堪えきれずにまた涙が溢れてきた。
景吾が『泣くな』と手をぎゅっと握ってくれた。
しばらく待って、建物の外へ向かう。
建物の外では、みんなが出迎えてくれた。
大量のフラワーシャワーにライスシャワー。
みんなに祝福されるのが、嬉しかった。
この世界では天涯孤独の私。
だけど、こんなにも祝福をしてくれる人がいる。
人生で、恐らく、最高の瞬間。
嬉しすぎて、また、涙が溢れてきた。
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