携帯や財布なんかを、ジムに預けたままなのに気付いたのは、走り出してから大分経ってからだった。 一瞬、取りに戻ろうかとも思ったけれど。 景吾が黙々と走り続けているのを見て、声をかける雰囲気ではないと感じる。 かなりの速度で走っている景吾は、決して足を止めようとしない。 結局話しかけることは出来ずに。 私たちは走り続け、立海へと、たどり着いた。 キィ、とブレーキをかけて、校舎の影に自転車を止める。 ずっと自転車に乗っていたから、私も汗だく。パタパタと服をはためかせて空気を入れながら、鍵を抜き取った。 ぐいっ、と背中のラケットバッグを引っ張られる。 「貸せ」 私の返事も聞かずに、景吾が半ば強引にラケットバッグを取っていった。 「景吾、私、別に平気なのに」 「女に荷物持たせるような男じゃねぇよ、バーカ」 …………知ってるけどさ!景吾さんがどこまでも完璧な紳士だってことは! でも、こーゆーとき位はいいじゃん、ねぇ? 空っぽになった手をもてあましながら、私は景吾の後をついていく。 もう、3度目の訪問になる立海では、テニスコートの位置も把握していた。 だから今。 景吾がどこへ向かってるかなんて、言わなくてもわかる。 夏休みだから、人はあまりいない。 それでも、勉強に来ているのだろうか、時々制服姿の生徒とすれ違っては、不思議そうな顔をされた。 そんなことは気にせずに、景吾は黙々と歩いていく。 一生懸命それについていこうとしたら、景吾の手と私の手が、ちょこんと触れた。 「………………」 少しだけ景吾の歩調が緩まり―――手が絡まる。 お互い、少し汗ばんだ手は、吸い付くように一緒になった。 本当は恥ずかしかったけれど―――景吾の怖いくらいの覚悟がわかったから、何も言わなかった。 無言のまま歩き続け、喚声の聞こえる方へ、向かう。 「立海!立海!」 立海もたくさんの部員を抱える、大所帯。 200人いるうちの声出しの量と、さほど変わらないくらいの声の量。歩いていくうちに、それが徐々に大きくなって聞こえてきた。 「先輩!?」 まだコートは遠いのに、気付いて声をかけてきてくれたのは。 「……赤也くん!」 「どうしたんっすか、先輩!うちの学校に何か……げ。跡部」 コートに行く途中だったのだろうか、ラケットバッグを持った赤也が立っていた。たたたっ、と走りよってきてくれるが、隣にいる景吾を見たとたん、顔をしかめて足を止める。……そんな……。 「…………おい、2年坊主。幸村か真田、いるか?」 「はぁ?これまた、なんで」 「二度言わせるな。……幸村か真田はいるか、って聞いてんだよ」 「むっ…………幸村部長は、顧問の先生に呼ばれてるッス。真田副部長なら、もういるはずッスよ」 「なら真田でいい。……行くぞ」 手は握られたままなので、景吾が歩き出すと共に私も一緒に歩き出すことになる。 赤也が慌てて追いかけてきた。 こっそりと耳打ちをしてくる。 「……先輩、よくこんな俺様に付き合ってられますね」 「はは……」 赤也の質問には、笑うことしか出来ない。もはや慣れ? まぁ、基本的に景吾は『俺様』でも、人のことはちゃんと考えてるし。 この距離だから、耳打ちでも景吾に聞こえたのか、チラ、と赤也を振り返る景吾。……でも、何も言わずに、一直線にコートに向かう。 コート付近に近寄ると、部員たちがざわついているのが感じ取れた。 コート内にいたレギュラーたちが、みんな集まってきてくれる。 「さんではありませんか」 「おっ、、久しぶり〜!」 「跡部も一緒じゃけんな。なんじゃ、どうしたんじゃ?」 わいわい、と取り囲んでくれるみんな。 景吾はゆっくりとそれを見回して、真田くんのところで視線を止める。 「…………真田」 「む。……俺に用か?」 ふ、と景吾の手が私から離れた。 そして、おもむろに、ラケットバッグからラケットを1本取り出す。 それを、真田くんにピタリ、と突きつけた。 「…………1セットマッチ。勝負だ」 「…………ほぅ」 「な、何考えてんだ、跡部!?」 「面白い。……受けて立ってやろう」 「真田!?」 ジャッカルのテンパってる声に、2人は微塵も動揺を見せない。 ジャッカル以外のメンバーは、面白そうに口笛を吹いたりしていた。 「ちょっ……!お前、なんも言わねぇけど……」 レギュラーに助けを求めても無駄だと思ってるのか、ジャッカルがまず私に振り向いた。 私は、ただ困ったような笑みを浮かべることしか出来ない。 「……やりたいように、やらせてもらえると嬉しいんだけど」 「まで…………ったく、知らねぇぞ、後で幸村に怒られても!俺はちゃんと止めたからな!?」 「先輩がいるなら大丈夫ッスよ」 「そうですね」 「確率は100%だ」 ………………同意は出来かねるんですが(汗) まぁ……幸村くんに怒られたら、地面にめり込む位の勢いで謝り倒します。 幸村君の吹雪の微笑みが待っていようと……この1戦は、やらせてあげたいから。 「コートに入れ、跡部。この間の決着もかねて、勝負だ」 真田くんの声に、景吾がそのままコートに入る。 部員たちが、ザッと後ろに引いて、コートを空けた。 「跡部、お前からのサーブでかまわん」 「………………あぁ」 パシッ、とボールを受け取りながら、景吾が返事をする。 トントン、と2回、地面にボールを打ちつけた。 景吾からのサーブ。 ………………あれを、やるのだろうか。 ここ数日間、トレーニングの後に、跡部家にあるコートで、景吾はサーブ練習をしていた。 1日に何十球と打ち続けていたサーブは、ただのサーブじゃない。 関東大会でリョーマが見せた、必殺ボレーと、酷似しているもの。 「……はぁっ!」 景吾が放ったサーブは、綺麗な軌道でサービスエリアに入り―――高く跳ね上がる。 あのサーブではなく、普通のスピンサーブ。 …………やりたいことは、たくさんあるんだよね。 それはきっと、家で行う、たった一人の練習だけじゃ、会得できないもの。 私みたいな、隙だらけな初心者が相手でも、意味を成さない練習。 ……かといって、氷帝メンバーのように、プレイを知りすぎている相手でもいけない。 景吾と同等―――もしくは、それ以上の力を持つ相手で。 あまり、プレイを良く知らない他校の人間。 …………それでたどり着いたのが、立海メンバー。 「なんだよ、跡部のヤツ。この前とあんま変わってるようには見えねーけど?……ん?まぁ、ちょっとボールが、早くなったか?」 プー、とブンちゃんがガムを膨らませながら言う。 「そうですね……それに、なにやら探ってるような感じがします」 「うむ。……以前の跡部のプレイスタイルとは、若干のズレがある。ちなみに、丸井の言うとおり、筋力の上昇によって、ショットの強さも以前に比べると格段に増しているようだ。相当ウエイトを積んでいるな。…………いいデータが手に入った」 さすが、立海。 始まったばかりだというのに、言っていることはほとんど的を得ている。 「先輩〜。跡部のヤツ、何しようとしてんスか?」 「えーっと……私も、細かいところはよくわからないけど……多分、これが最終確認なんだと思う」 「は?なんのっスか?」 これの返答も、曖昧な微笑みのみ。 「…………お?真田のヤツも、跡部の違いに気付いたようじゃな。……早速出よるか」 真田くんの構えは、練習試合の最後に見せたのと同じもの。 「風林火山、『山』……跡部はこの間、これを崩せなかった」 鉄壁のディフェンス、と称される『山』は、自らはあまり攻めないが、着実にボールを返し、相手を走らせることによって体力を削る技。景吾がどんな隙を狙っても、真田くんはきっと返してくる。 だけど…………これはまさしく、景吾が最終確認で試すには、うってつけの技だ。 「…………さて……この試合、どうなるんですかね」 柳生くんの呟きに、みんなが頷きだけを返し。 私たちは、試合に見入った。 NEXT |