神なんて信じない。 運命なんて、いくらでも変えてみせる。 伝説なんて、俺が作り出してやる。 だが。 …………奇跡だけは、信じる。 「景吾」 が俺の名前を呼ぶ。 少し前に走り出したの目当ては、この先にあるレストラン。 ここのパスタがお気に入りらしく、外で何か食べるときはここへ来たがる。 「走らなくたって、店は逃げねぇだろ?」 「早く食べたいんだよ〜。……トマト系とクリーム系、どっちにしよう?」 毎回毎回、同じことで悩んでいる。 早足で近づき、くしゃり、と頭を撫でてやる。 そのまま手を下へ降ろし、の手を握る。 指を絡めて、強く握って。 「景吾?もうお店つくけど……」 「……いいんだよ」 ほんの少しの間でも、の手を握っていたい。 に触れていたい。 不思議そうな顔を一瞬だけしたが、が少し微笑んで手を握り返してくる。 こいつは、俺が何を思って、こんな行動に出てるのか知らないだろう。 だが、いつも最高の答えを返してくる。 傍にいてほしいときに、傍にいてくれ。 少し1人にして欲しいときは、何も言わずに立ち去る。 話を聞いて欲しいときには、黙って頷き。 言いたくない話の時は、無理に聞いてこない。 は、人の雰囲気を感じ取るのがうまいのだろう。 誰がどう思っているのかを、雰囲気で感じ取り―――その対応の仕方を知っている。 だから今も、ただ繋がれた手を握り返してきただけ。 黙って、の手を引いてレストランへ入る。 「いらっしゃいませ、跡部様。ご案内いたします」 個室に案内され、テーブルに着く。 その時にの手を離したのだが―――やはり、手が寂しい。 「景吾、何にする?」 が置かれたメニューを見ながら聞いてきた。 「……あぁ……お前は?」 「えーっと…………トマトとパプリカとモッツァレラか、アマトリチャーナか、カルボナーラか、スモークサーモンのクリームソースで迷ってる」 「…………せめて2つに絞れ」 「だって、どれも美味しそうだし……気分はトマト系なんだけど、スモークサーモンのクリームソースも美味しそう……!」 「…………じゃ、俺がスモークサーモンにするから、お前はトマト頼め。少し、分けてやる」 の顔が、パァッと明るくなる。 本当なら、が欲しいものを2つ、取ってしまってもよかったのだが……と分け合って食べるのも、悪くない。分けた皿を、にやるときの笑顔も、見たい。 「ホント?じゃあ、アマトリチャーナにしようっと」 ウェイターが部屋を出て行った。 しばらく、ここは俺とだけの空間。 が、視線を窓に移した。 ここからは、夜景が見える。ネオンがキラキラと街を彩っていた。 「」 「うん?」 俺の声に、が窓から目を外して俺を見る。 まっすぐ見つめる綺麗な目に、俺が映る。 何もかもが愛しい。 の存在、それがどんなに愛しいものなのか、コイツはわかっていないのだろう。 「……………………………景吾?」 「」 「うん……どうしたの?」 「」 「うん」 「………………」 名前を呼ぶ行為すら、愛しい。 時々、コイツがいなくなってしまったら、と考えることがある。 異世界から呼ばれた存在。 現れたのも突然だったから―――もしかしたら、何かの拍子に、突然消えてしまうかもしれない、と。 前にふとそんなことを夢で見て―――慌てて目覚めたこともある。 思わず辺りを見回して―――が隣で寝ていたことに安堵した。 に触れて、その存在を確認して。 自分に少し苦笑したこともある。 を失ったら、俺はどうなるのだろうか。 狂う?壊れる? に出会わなければ、こんな不安を抱えることもなかった。 に出会わなければ、ずっと無敵でいられた。 だけど、決して出会わなければよかった、なんて思わない。 たとえ何度人生を繰り返そうと、俺はと出会える人生を選ぶ。 俺が俺であることを選ぶように、俺は、何度でもを選ぶだろう。 に出会わなかったら―――俺は、俺ではなくなってしまうから。 「…………景吾?」 が少し身を乗り出して、俺の顔を覗き込んできた。 テーブルの上に出されているの手を握り締める。 暖かい手。 は、そこに存在している。 「景吾……?」 握り返してくる小さな力。 その力が、お前がここにいることを信じさせる証。 「…………俺の傍にいろ」 「え?」 「離れるな」 「…………け、景吾さん?」 「返事は」 「…………は、い……」 の手を引っ張り、俺は少し腰を浮かせて軽く口付けをする。 に触れている。 の存在。 神なんて信じない。 運命なんて、いくらでも変えてみせる。 伝説なんて、俺が作り出してやる。 だが。 俺の前で、顔を真っ赤にさせる。 ―――本来なら、違う世界に住んでいた俺たちが出会った。 その奇跡だけは、信じる。 がこの世界に来たことが、奇跡。 が俺の手を握ってることが奇跡。 が俺のモノになってることが―――奇跡。 これで、奇跡を信じないだなんて、誰が言える。 NEXT |