地区大会優勝。 氷帝学園男子テニス部は、正レギュラーを温存しながら、あっさりとそれをやってのけた。 あそこまで完璧な圧勝が続くと、感動を飛び越えて唖然とするしかないと思う。 平部員も準レギュラーも、他の学校のレギュラーを圧倒する強さ。 うちの学校が、いかに層が厚いか改めてわかった。 「な?だから言っただろ、勝つのは氷帝だって」 優勝が決まったとき、景吾がぽん、と頭に手を乗っけながら言っていた。 ここまで他校と差が歴然としてると思わなかったんだもん。 でも、とにかく優勝したことが嬉しくって。 大会が終わった次の日も、私は1人でニヤニヤしてた。 何をしていても顔が緩む。だって優勝だよ?1回も負けないで(当たり前か)優勝。…………嬉しすぎる。 コンコン、とノックの音が鳴った。 慌てて顔を引き締める。こんなニヤけた表情、見られた日には恥ずかしくて軽く宇宙へ吹っ飛べる(何) 必死になって口元をまっすぐに直した。 「はい?」 ガチャ、とドアが開いて、景吾が顔だけを覗かせる。 「、親父の会社関係で呼ばれたから……ちょっと出てくる」 ちらり、と見えた服装は、カジュアルな格好じゃなくって、カッチリとした正装。 …………相変わらず、なんでこんなにもスーツが似合うんだろう。中学3年生でこんなにスーツが似合ったら、世間のサラリーマンが可哀相だ。 「うん、わかった。行ってらっしゃい」 「夕食までには戻る」 「はーい」 ヒラヒラと景吾が手を振って去って行った。 …………夕食までには戻るって、小学生じゃないんだから(苦笑) でも、夕食まで……ってことは、結構時間かかるんだなぁ。 それまで1人か……何しようかな、一応地区大会は終わったから、部活のコトも一段落したし。都大会は地区大会優勝したおかげでシードだしね。 んー……うちの学校、地区大会優勝ぐらいじゃ、なんにもやらないのかなぁ。なんか、みんなでお祝いかなんかしたいなぁ。 お菓子でも作って、学校持っていってパーティーするかー……ハッ……でも、部員全員分のお菓子なんて作れない……ッ!200人分のお菓子って、どれだけ時間かかるのよ……! あ、でも……クッキーなら1人2個として……作れない量じゃ、ない……かな……それでも400個だけど……うーん。 ……よしっ、ここは本職のシェフに相談してみよう。 私は厨房近くにある、シェフたちの部屋を訪れた。 昼食を作り終えて、一息入れているシェフたち。 みんな、私に気付くと、ニッコリ笑って、おいでおいで、と手招きをしてくれた。 外国人シェフも多くて、ハンス(ドイツ人)のほかに、フランスや中国、ロシア人のシェフもいる。もちろん日本人のシェフもね。その人が得意な料理を、毎回私たちは食べさせてもらってるわけだ、ありがたやありがたや。 「こんにちは!今日のランチも、おいしかったですよ〜!特に、あのムニエル〜」 「あれは、舌平目とあかざ海老っていう海老のムニエルでね……気に入ってくれたんなら、また作るよ」 フランス人のシェフ(やっぱり日本語ぺらぺ〜ら)が、にこにこ笑いながら説明してくれた。 また作ってくれる……やった、あれ美味しかった! 「で?、どうしたの?」 ハンスが興味津々の視線を向けてきた。 基本的にお屋敷の人は、楽しいこと大好き。ノリがいいとも言うけれど……あれだよね、絶対景吾パパと景吾ママの影響だよね。 ……そういえば、景吾のおじいちゃんとおばあちゃんを見たことがないんだけど……やっぱりまだ一応現役の社長さんだから、忙しくてお屋敷に帰ってこないのかな。 って、まぁ、それは置いといて。 「あのね、地区大会優勝したから、部員に何かお菓子作ってあげようかなって思ったんだけど……200人もいるでしょ?ケーキとかだったら、時間ばっかりかかっちゃうし……何かいい案ないかな、と思って」 私の説明に、シェフたちが腕を組んで考えてくれた。 「んー……そうだなぁ、やっぱり数が作れるんだったら、クッキーかな」 「あ、僕この間、アーモンドプードル大量に買ってきた。にアーモンドケーキ作ってあげようと思って」 アーモンドケーキ……!美味しそう……! 「シナモンもあるから……じゃあシナモンクッキーはどうだい?あれなら大量生産できるし、お屋敷にある材料で出来るから」 「ほ、ホント!?ありがとうっ、それやってみる」 日本人シェフの人が、さらさらっとレシピを書いてくれた。 ……うぉー、一体頭の中にどれだけのレシピが入ってるんだろう。 その紙を握り締めて、厨房に向かう。 教えてもらったとおりの場所から、材料を集めて。 ………………どーん、と山盛りになった材料に軽く恐れをなしながらも、はかりでキチンと材料を計った。 レシピは1回で約90個って書いてある。……微妙な数だな。えーっと4回分で360個……5回目の分量を半分にすれば……約405個になるね。 でも、5回もやってたら腕がおかしくなっちゃうから……分量を倍にして時間削減しよう。まぁ、オーブンで何回も焼くのは時間がかかるけど……それは仕方ない。焼いてる間に、他の仕事をすればいいことだし。 むんっ、と腕まくりをして私はクッキーを作り始めた。 「おかえりなさいませ、景吾様」 宮田さんの声が玄関から聞こえてきた。 私は、2回目の材料を計っていた最中だったので、ちょうど手も綺麗だったし、景吾をお迎えに玄関まで行ってみる。 「景吾、おかえり〜」 「……なんだ、エプロンなんてつけて」 スーツ姿の景吾が、早足で近寄ってくる。 粉とかで服が汚れちゃうから、調理実習のために買ったエプロンをつけてたのだ。 「部員に優勝お祝いにクッキー焼いてたー」 「……それで、この甘い香りか」 くん、と景吾が鼻を近づけてきた。 「……お前からも匂う」 ずっと材料やらに囲まれてたから、匂い移ったのかな?自分ではあんまりわかんないけど。 ……っと、やばい。そろそろ焼けるころだ。じっと見てないと、焦げちゃいそうで怖い。 「じゃ、景吾。私行ってくるね」 景吾から離れて、早足で厨房へ戻る。 オーブンの中にあるクッキーを見て、焦げてないことに安心した。 2回目の材料計りを再開。 キチンと計算して、分量を量り終えて、粉を振るう。 室温に戻したバターに、お砂糖とちょっとの塩、バニラエッセンスもちょこっと入れて、木ベラで摺り混ぜた。 その中に、先ほど振るいにかけた粉を入れて――― 「…………ほぉ」 後ろから覗き込む、顔。 部屋着に着替えた景吾さんが、背後からボールを覗き込んでいた。 き、気付かなかった……いつの間に……! 「け、景吾……いつの間に」 「今来た。……お前、真剣にかき混ぜてたから、気付いてなかったけどな」 し、真剣だったさ、失敗しないように! 分量が多いから、失敗したらもったいないじゃん! 「で?続きは?」 「あ……そうだった」 さくさく、と最初は木ベラで粉とバターを混ぜて、ぽろぽろしてきたので、木ベラを置いて、手でそれをまとめる。 景吾は背後からじっと見てるだけ。 …………すごい気になるんだけど、そんなに見られてると。 くるっと振り返った。 「景吾、暇だったら、型抜きしてくれる?」 「……あーん?」 私は、冷蔵庫からさっき焼けなかった分の生地を取り出した。 ラップで包んである生地を、麺棒で適当な厚さに伸ばす。 ぺり、とラップを剥がして、型を置いた。 「これで、型抜くの」 「……なんで俺様が、そんなことしなきゃなんねぇんだよ」 「だって、じっと見られてると気になるし。一緒にクッキー作ろうよ」 「………………………」 景吾は押し黙って―――結局、型を手に取った。 しげしげと珍しそうに眺めて、ぎゅっ、と生地にそれを押し付ける。 長い指が、恐る恐るといった感じで生地を抜く姿が―――なんだか、異様に可愛い。 「…………ぷっ……」 思わず噴出してしまった。 ちら、と景吾がこっちを振り向く。 「……笑いやがったな、テメェ」 「だ、だって……け、景吾がクッキー作って……あははははっ」 「お前が手伝えっつったんだろうが!……ったく、お前が言わなきゃ、俺様は絶対こんなことしねぇよ」 ゆっくりとした動作で、景吾が抜いた生地をオーブンシートの上に並べる。 私は、材料を混ぜながら、もう大笑い。 「あは、あははははっ」 「笑うなっ!」 笑わずにはいられないって!! て、天下の跡部景吾さんが、クッキーの生地抜いて、並べてるなんて……! お、面白すぎる!!! おかしすぎて、涙まで浮かんできた。 だけど、手が汚れてるから拭き取れない。 それに気付いた景吾。 ちゅっ、と音をたてて目にキスをしてきました。 「……涙浮かべるほど、笑うんじゃねぇよ、バカ」 ぺろり、とそれを舐め取られ。 一瞬にして、私は笑い顔から呆け顔に。 「け、け、景吾……!」 「……いいな、そのエプロン姿。中々ソソるじゃねぇか?あーん?」 「えっ、ちょっ……」 型抜きを置いて、景吾がキスしてくる。 あぁぁ、手が汚れてるから、押し返すことも出来ないぃぃ〜〜〜!! 「…………これ終わっても、そのままに着てろよ」 離れて最初に景吾さんがこんな暴言を吐いてきました。 「な、なんでっ……」 「俺様が手伝ってやってんだ。それくらいのお礼、安いもんだろ?あーん?」 ちゅっ、と今度は軽いキス。 景吾さんは、その後、上機嫌で型抜きを手伝ってくれました。 ………………ちょっとお手伝いを頼んで、後悔した。 またこの人は、どうしてこんなことを考えるのか……! その後、何があったかは、ね……ふふ(遠い目) ちなみに、クッキーはちゃんと成功しましたよ。 予定通り、みんなに2個ずつ配りました。 景吾が『俺様が手伝ってやったんだ、ありがたく食いやがれ』とか言ってたけどね(そして、平部員は恐れ多すぎて食べれなかったとも聞いた) まぁ、レギュラーたちは美味しく食べてくれたみたいだから、よかったよかった。 NEXT |