何を言ったのかまでは聞き取れなかった。 だけど、アイツがいつも、涙を堪えるときのように、ぐっと唇を噛み締め、こちらを見たとき。 「…………!」 小さく呟いた言葉は、きっと、想像通りのものであるはずだ。 その言葉に報いるようなプレイをすると誓おう。 ―――勝つために。 手塚があえて持久戦を挑んで来るとは、予想外だった。 …………いや、予想していなかったわけではない。 「ちっ……手塚ぁ―――!」 「……さぁ、油断せず行こう」 ―――コイツは、こういう男だ。 自分の腕より、チームの勝利を願う男。 「……はっ!」 ヤツの肩はすでに限界を超えているはず。 なのに、球のコントロール、威力ともに落ちる気配はない。 「…………ちっ!」 何度目の舌打ちだろうか。すでに試合が始まって数え切れない。 これほど舌打ちをしたのは、立海との練習試合で、真田と対戦したとき以来だ。 ……トッ……。 ピク、と反応したときには、ボールはもうヤツのラケットから離れ、ふわりと浮いてネットを越えていた。 「零式ドロップ!!」 そもそも腕に負担をかけている原因であろう、手塚の最大の武器、零式ドロップ。 それを今、打ってくるなんて、コイツ、不死身か―――! ストッと落ちたボールは、静かに転がりネットにぶつかる。 底が知れない―――。 自分が今、相手をしているヤツの力が、どれだけのものなのか、わからなくなっていた。 明らかに、試合前に想定していたものとは、違う。そして、更に試合の中で進化していた。 「……落ち着け……!」 チラリ、とベンチの方を見る。 ペンを握り締めたまま、祈るような目でこちらを見ていると目が合った。 まだ、行ける。試合はここからだ。 相手を見ろ。球を見ろ。全てはそこから始まる。 俺は、俺の闘い方を貫くだけ。そうすれば、勝利は後からついてくる。 ――――――そうだよな?。 何か声を発しようとしたのだろう。 が口を開くが、いつものあの優しく明るい声は出てこなかった。 その代わり、が、コクンと頷いた。 ―――今の俺には、それだけで十分だぜ。 最高の答えだ。 乱れていた息を、大きく深呼吸することで正す。 「はっ!」 手塚のサーブを打ち返す。 今まで通り、相手を良く見ろ。ここで焦る必要はない。 相手の力量がどれだけだろうと、必ず隙はある。ミスもする。ヤツだって人間だ。 そのうちに、手塚がロブを上げた。 もう、ここまで来たら持久戦も何もねぇ……! この1発で、流れをもう1度引き寄せる! 「破滅への輪舞曲、くらえ!」 ドンッと手に確かな感触。 「……っ!」 あの手塚が、その一瞬表情を崩した。 だが―――。 「……ちっ……!」 あの野郎、一瞬でラケットの面に当てやがった……! ボールはふわりと浮いているが、それでも確実にコート内に落ちてくる。 素早く目線を走らせた。 「ならば、ガラ空きの右サイドを狙うまでだっ!!!」 再度、渾身の力を込めて、スマッシュを放つ。 狙いはラインギリギリ。 今度こそ取れるはずがない。 そう思っていたのに―――。 グググ、と変化していくボール。 狙ったはずの場所から、段々と外れて―――。 「……っ……手塚ゾーンだとぉ……っ!?」 ドッ……! アイツの球が、地面に突き刺さったのを、目だけが追っていた。 景吾が1度、ベンチに目線を走らせた。 これだけの持久戦、疲れてないほうがおかしい。 何かを問いかけるような、視線だった。 両者とも、精神的、肉体的の両面で極限の状態にまで来てるはずだ。 でも、誰もコートの中に助けに入ることは出来ない。 だから、せめて少しでもコートの外からの思いを伝えたかった。 それなのに喉は私の思いを全く無視して、声を出すのを拒否した。 それでも何か……と思って、声の代わりに―――1つ、頷いた。 何であろうと、景吾が今、感じていること、それは間違いじゃないと思うから。 景吾が、大きく息を吸って、吐いた。 「……そうだ、跡部。試合はこれからだ」 太郎ちゃんの声に、ぐっと拳を握り締める。 ゲームカウントは6−5。このゲームを手塚くんが取ったら―――そこで、試合は終了だ。 「て、手塚ゾーン……!」 「この大事な場面で……!」 ―――破滅への輪舞曲は崩された。 でも、まだだ。 こんなところで、景吾が終わるわけがない。 「ア、アドバンテージサーバー!」 この1セットマッチの試合の中で、何度デュースを迎えただろうか。 そして、何度『アドバンテージ』の声を聞いただろうか。 …………でも、この『アドバンテージ』は特別。 「あの跡部が、後1球のところまで追い詰められるなんてよ……」 そう、この『アドバンテージ』はイコール『マッチポイント』だ。 どちらのベンチからも、もはや声は聞こえない。 声を出すのも忘れて、この勝負に魅入っていた。 ボールをつくこともなく、手塚くんがふっ……とトスを上げる。 高く綺麗に上がったトスに、この場にいる全員が、頭の中に、理想通りのサーブを思い描いた。 次の瞬間。 ――――――声にならない叫びが、コート上に響き渡った。 NEXT |