「勝つんは氷帝!」 コート上で、誰よりも早く響く、侑士の声。 言うと同時に、侑士はこちらを見て微笑んだ。 「氷帝!氷帝!氷帝!氷帝!」 湧き上がる氷帝コールの中。 今、試合の幕が上がる。 太郎ちゃんがコートに入り、スミレちゃん(お初にお目にかかります……!)に頭を下げた。 コート内には、試合をするプレイヤーとベンチコーチしか入れないから、私たちは外での観戦だ。 景吾や樺地くんたちと共に、フェンスの外、ベンチコーチの後ろあたりを陣取る。 当然、すぐ近くには青学メンバー。 ちら、と左側を見ると、敵校なのに、ものすごい笑顔を返していただいた。め、目の保養……! 特に、魔王不二様にはニッコリ笑顔を頂き、大変光栄でした……!ご馳走様でしたー!!!(オイ) と、まぁ、笑顔を向けられたからって、こちらも笑顔で駆け寄っていけるわけでもない。 勝負の非情さが、胸に重くのしかかってきた。 「、始まるぞ」 スコアシートの記入途中で呆けていた私は、景吾の声で意識を元に戻す。 気がつけば侑士とがっくんは、すでにコート中央にいた。 青学のダブルス2は……やっぱりゴールデンペアではなく、英二と桃ちゃんのコンビ。 「…………青学はゴールデンペアじゃねぇみてぇだな」 景吾が隣でボソリと呟いたのに、コクンと頷いた。 最初、侑士たちはボソボソとなにやら話していたけど、やがて握手を交わして自分の位置につく。 侑士がザザ、と自分の周りの足場を整え、がっくんは軽くジャンプをして体をほぐしている。 「ザ ベスト オブ 1セットマッチ! 青学サービスプレイ!」 審判の声が響き――― 桃ちゃんが高々とボールを宙へ放った。 「0−15!」 侑士が英二の後ろにロブをぽとん、と落として最初のポイントをモノにした。 ロブを上げたり、ドロップショットというのは、侑士の得意とするもの。パワーテニスでガンガン行ったり、素早い動きで相手の動きを封じる、というよりは、こんな風に、相手の裏をかいたり、頭脳プレイのテニスが、侑士のテニスだ。 ひょい、ひょい、とがっくんが跳びだす。 侑士がゲームメイクを得意とするなら、がっくんの持ち味は、その小さい体をめいっぱい使った、大胆なアクロバティックプレイ。 アクロバティックプレイは生半可な運動神経や度胸では出来ない。がっくんがそれを選んだのは、小さい体でも出来るテニスがあるってことを証明したかったからなんだと聞いたことがある。 いくらテニスが他の競技……バレーやバスケに比べて身長を必要としない競技と言っても、身長があればより有利であることに変わりはない。リーチが長ければ、それだけボールに追いつけるから守備範囲も広くなるし、力も強くなる。ロブを上げられたときなんてのは、それが顕著になる。 がっくんは、ジャンプ力を磨いて縦の動きに対応し、アクロバティックで横の守備範囲を広げた。その努力は半端じゃない。だからこそ、自分のプレイスタイルにすごく誇りを持ってる。 同じプレイスタイルの英二には、きっと並々ならぬ思いがあるのだろう。ましてや英二は、がっくんと違って、体格も悪くないし。 「ゲーム、氷帝!」 面白いようにがっくんのアクロバティックプレイでポイントが決まり、1ゲーム目を先取した。 「……よし……っ」 小さくガッツポーズをして、スコアシートに記入する。 いい感じでゲームを進めてる。青学のペアはまだお互いが、どんな風に動き合うか探り合ってる感じだ。この間に、ポイントを稼ぎたい。 今度は侑士のサーブ。 レシーバーの桃ちゃんはいいリターンを返し、侑士は少し甘い球を返してしまった。 桃ちゃんがすごく落ち着いてる。トン、と片足で地面を蹴った。 バシッ、と力強いバックハンド。 景吾も得意とする、ジャックナイフだ。 前衛めがけてのジャックナイフは、通常ならラケットを弾き飛ばされてもおかしくないほどのパワーだ。 「……させるかっ!」 だけど、がっくんは後方にジャンプしながら返すことによって、少し威力を弱めたらしく、なんとか返した。 それでも、勢いに負けたボールはロブとなる。 桃ちゃんが前に走りこんでいる。 来る―――! 「侑士ッ!」 私の言葉に反応したわけではないだろうが、まさしくその瞬間、ピク、と侑士が後ろに下がる。 「いけぇ、桃先輩!ダンクスマッシュ!」 隣の青学陣営から、まだ声変わりしてない甲高い声が聞こえてきた。 そう、きっとこれから来るのは、桃ちゃんの必殺技、ダンクスマッシュだ。 ドゴッ! 力強い音。ボールがラケットに当たった音だ。 打たれた球は、想像以上に速い。 だけど。 侑士がいつの間にか、スマッシュの落下地点に走りこんでいた。 ボールが地面に触れる寸前で、ラケットに当てる。 遠目で見ていても、ラケットを押す力の強さで、打球の重さが伝わってくる。 でも侑士は、ラケットの面を鮮やかに変えて体を回転させ―――ついに、ドンッと音を立てて、ダンクスマッシュをダイレクトで返してしまった。 「…………うわ」 「………………ったく、やってくれるぜ」 景吾が気に入らないように言うと同時に、侑士が微かに微笑んでこっちを向いた。 ここから怒涛の攻撃が始まる。 主導権はうちが握り、4ゲームを連取。 あっけないほど簡単にポイントが取れるから、このまま一気にいけるかと思っていた。 だけど―――。 「……ゲームセットウォンバイ、青学、菊丸・桃城ペア!」 審判の声に、景吾が少し肩をすくめた。 5ゲーム目の途中、突然目に見えて動きが変わった英二。 粘り強い返球に―――しょっぱなから飛ばしていたことと、この『暑さ』で、がっくんの体力がソコを尽きた。 侑士も頑張ったけど、実質2対1での追い上げに敵うわけがなく―――逆転負け。 信じられない結果に、ザワザワとあたりが騒がしくなってきた。 「あの忍足・向日ペアが負けちまうとは……」 「どうなってんだ、今年の大会は……大丈夫なのか?」 「まさか全国に…………」 ところどころから聞こえる、弱気な声。 ついさっきまでの私の心の中みたいだ。 「……、…っ」 落ち着かせるために何かを言わなきゃとは思ってるんだけど、何を言えばいいのかわからない。開きかけた口が、何も言葉を発することなく閉じられた。 ダメだ、と思って再度口を開きかけたところで―――ぽん、と肩に手が乗った。 ビクリとして振り返れば。 いつものように、ラケットを指で立てている亮がいた。 『任せろ』 そんな目をして1つ頷き、コートへ向かう。 「……激ダサだな、お前ら」 堂々とした亮の声。 ボソボソとした弱気な声を打ち消して、コートに響く。 「おらぁっ!うろたえてんじゃねーぞ、コラ!勝つのは氷帝だろが!気合入れて応援しろ、アホ!」 一喝で、ピタリと弱気な声が途絶えた。 それと共に、静まり返る場内。 ―――数秒の沈黙の中で、ぽつりと誰かの声が聞こえた。 「か、勝つのは氷帝……」 その声を封切りに、部員全員が自然に声を出す。 「「「勝つのは氷帝!負けるの青学!」」」 どうだ、と言わんばかりに亮がこちらを見て、ニヤリと笑う。 「…………不動峰の橘に負けたことで、デカくなりやがったな」 隣にいた景吾が呟いた。 みんなそれぞれ、成長してきた。 培ってきた力を出し切る―――そのための試合だ。 特に亮は、誰よりも努力をしてきた。その努力は、生まれ持った才能を上回る。 そして、恵まれた体格を持ちながらも、驕ることなく練習を続け、自分だけでなく、他人の力をも高めたチョタ。 「……頑張れ!」 そんな彼らに、心からの応援を。 亮とチョタが、グッと親指を突き出してきた。 ――――――そして、ダブルス1は勝利をもぎ取った。 NEXT |