なんとか景吾を説き伏せて、ゴーカートへ。 2人乗りのゴーカートを借りて、乗ったのはいいんだけど。 「……ねぇ景吾。……なんか……上手くない……?」 ただのゴーカートのはず。 そう、一緒に走ってる違うカップルは『うわっ、ぶつかったー!』とか騒いでるもん。 普通の、お子様も乗れるようなゴーカートのはず。 …………なのになんなんだろう、この普通の車に乗ってるような感覚は……? めちゃくちゃスムーズに進んでるから……? なんか……やたらと上手いんだけど。壁にぶつかるとか、まだ1回もないしね。結構スピード出てるにも関わらず。 ハンドル操作とかさ……なんていうの?運転しなれてますって感じで……イヤイヤ、でも、景吾さんは14歳(見えないけど)。法律的に、車を運転したことはないはず……。 「景吾さ……車、運転したことは……ないよね?なんか……運転に慣れてる気がするんだけど」 「あーん?……あぁ、去年くらいに……海外の別荘で、少し教わったな」 「…………べ、別荘……?」 「私有地だから、運転してもいいって言われてな」 クイッとハンドルを捻る景吾さん。 なにこのハンドル捌き……ホントに中学生……? ただのゴーカートのはず……! なのに、どうして高級車に乗ってるような感覚を覚えるのだろう……!? ってか、景吾、運転までしたことあるのか……どこまで『すごい人間』ロードを突っ走る気だろう。 「高校卒業して免許取ったら、ドライブでも連れてってやるよ」 景吾が何気なく言った一言に、軽く驚いた。 「景吾、免許取るんだー。運転手さんいるから、取らないのかと思ってた」 「一応な。なんでも、あるに越したことはねぇ」 話しながら、コーナーを曲がる。 曲がった先は、長い直線コース。 景吾がニヤリと笑った。 「……スピード上げるぞ」 「えっ!?」 グンッと加速するカート。 えぇぇぇっ!?ちょっ、これ、怖いんだけど! 地面が近いから、視界が低くて見える範囲が限られるんだよ! 「わわわ、け、景吾!」 スピードはそんなに出てないかもしれないけど、体感速度はかなり速いって! ドギュン、と音を立てて、コーナーを曲がった。 景吾は余裕綽々で運転している。 な、なんなんだ一体この人……! 終着点について、降りた後も、バクバクと心臓が鳴っていた。 なんだかジェットコースターに乗るより怖かったよ……! 「景吾……なんでも出来るね……」 「お子様の遊びを褒められても、嬉しくねぇよ」 ハッと景吾が小さく笑う。 ……あのね、お子様の遊びっていうけど……あれは、もはや『ゴーカート』っていう域を超えてた気がするよ……! はぁ、と私は息をついた。 先に降りていた景吾に手を引かれて、ゴーカート場を後にする。 「……そろそろ飯にするか」 腕時計を見ながら、景吾が呟いた。 き、来た……!ついにこの瞬間が来た……!!! 景吾が、なんだかやたらと嬉しそうに私の手を引っ張る。 「け、景吾……!」 「あっちにベンチあったよな。行こうぜ」 「えーっと……」 「…………楽しみにしてるぜ?」 景吾が本当に楽しそうに呟いた。 「あぁぁ……ホント、期待しないで〜……」 ご期待に沿えるようなお弁当じゃないんだってばぁ〜……(泣) ど、どどど、どうしよう……味見はしたつもりだけど……私の味覚がおかしかったりしたら……!所詮、庶民の味覚だしさ……! 景吾がベンチに、持っていたお弁当箱をゆっくりと降ろす。 「、座れよ」 「……はい……」 あぁぁ、もうイヤ〜〜〜!!ホントに、ここの売店でご飯買ったほうがマシじゃないかな!? 今からでも進言しようかな……! 「け、景吾……」 「飲み物買って来る」 「あっ……」 「ここで待ってろよ」 言い残して、景吾はさっさと売店へ。 …………飲み物買ったついでに、ご飯も買ってきてもらえませんか……? 果てしなく、このお弁当という名の恥を捨て去りたい気分なんですが。 うぅぅ、自信があるっていったら、ハンスが作ってくれたベーグルくらいだよ!(泣) 戻ってきた景吾は、お茶を買ってきてくれた。ジュースもあったんだろうけど、景吾はどうしても、あの中途半端に入った果汁が許せないらしい。 渡されて、一口飲む。冷たい液体が喉を通っていった。 私がお茶を飲んでいる間に、景吾が楽しそうに包みを開け始めた。 「……あ、あの、本当に期待しないで……!」 ゴソゴソと取り出したお弁当箱。 お、お願い、偏ってたりしないで!サンドウィッチの具がはみ出してたりしないで……!(懇願) まず、大きいお弁当箱をぱこん、と開けた景吾。 「…………ほぉ」 恐る恐るお弁当箱を覗き込むと……よ、よかった……!なんとか詰めてきた時の状態を保ってる……!ハンスに言われたとおり、1個1個ラップに包んできてよかった……! 「ベーグルサンドか」 「う、うん……」 ひょいっとベーグルサンドを取って、景吾の長い指が器用にラップを剥がしていく。 あぁぁ……お、お願い……美味しいって言ってもらえなくてもいいから、せめて食べれるものであって……! ドキドキと心臓がその存在を主張していた。 ぱくり、と景吾がベーグルサンドを口にする。 もう、自分の食事どころじゃない私は、ただそれをビクビク見つめていた。 ど、どうしよう……!今更になって、オニオンが厚すぎるんじゃないかって気になってきた……!レタスももっと小さくちぎっておけばよかったかも……!クリームチーズ多く塗りすぎて、くどいかもしれない……! 色々と頭の中で後悔が駆け巡る。 もくもくと景吾が咀嚼して―――飲み込んだ。 うぅぅ、『美味しい』って言わなくてもいいから、せめて『不味い』とは言わないで……!そんなこと言われたら、ホントへこむ……! クッと景吾が喉の奥で笑った。 「……お前な、ビクビクしすぎ。……ちゃんと、美味いぜ?」 だって、ビクビクするんだもんよ!景吾の口にちゃんと合うかとか……。 ………………え? 「お、美味しい?」 「美味いって言ってるだろうが」 ぱくり、とまた景吾はベーグルサンドを食べる。 「ほ、ホント?」 「嘘言うわけねぇだろ。俺は不味いなら不味いって、ちゃんと言う」 景吾の言葉に、はぁ〜……と全身から力が抜けていく。 よ、よかった……。 まぁ、ベーグルサンド……元のベーグルがいいからね(ハンス作)。失敗は少ないと思ってたけど、とにかくよかった……! 安心したので、ようやく私もお弁当に手を伸ばす。 どれにしようかな、と選んでいたら、ひょいっと違う手が忍び込んできた。 「え?も、もう食べたの?」 景吾はすでにベーグルサンドを食べ終えて、新しいパンを手にしていた。 ペリペリ、とラップを剥がして、ぱく、とハムサンドを口にする。 「……ん、美味い」 「あ、ありがと……」 やばい……照れてきた。 照れ隠しに、私は玉子サンドを手にする。 ゆで玉子を潰して、マヨネーズときゅうりを混ぜた庶民の味。……っていっても、玉子は烏骨鶏の超高級品で、マヨネーズはシェフ特製のすごいやつだけど。……烏骨鶏の玉子を、庶民の玉子サンドにしていいものかとすごい悩んだよ……。 ペリペリ、とラップを剥がして一口食べようとしたら。 ぱく。 「あっ!」 景吾が顔を寄せてきて、ぱくりと玉子サンドを一かじりしてきた。 「……ん、これも美味い」 「まだ玉子サンドあるのに〜」 「が持ってると、なんでも美味そうに見えるんだよ」 「……………………どういう意味?」 「そのままの意味」 ぱくぱく、と景吾がサンドウィッチを食べてしまい、今度はおかずの方のお弁当箱を開けた。 よかった、こっちも寄ってない……!景吾の持ち方がきっと良かったんだ! で、肝心の景吾と言えば、タコさんウインナーとうずらのゆで卵を刺したヤツを手にとって、しげしげと眺めていた。 「タコさん、がんばったんだよ」 ちまちまと、切込みを入れて、焼くときも気を使ったよ……!タコさんウインナー、結構手間がかかるものだったんだね……! 景吾がじっくりそれを見た後、ぱくっと一口でうずらとウインナーを食べた。 ……で、どうやらお気に召したらしく、もう1個手にとっては、ぱくり、と食べている。 た、タコさんウインナーを食べる景吾……か、可愛い……っ! 「……なに笑ってんだよ」 「た、タコさんウインナーと景吾があんまり結びつかなくって……あはは、景吾、可愛い」 「…………可愛いって言われて嬉しいワケがあるか、バカ」 そう言いつつも、もう1個タコさんを手にとって、ぱくり。 やばい、早くしないと、私のタコさんがなくなってしまう…………! タコさんを1つ取って、ぱくりと食べた。……ん、さすが素材がいいから美味しいね……! 1個食べてる間に、景吾はぱくぱくとタコさんを平らげてしまった。 次に手を伸ばしたのは、玉子焼き。持ってきたお箸を出して、器用に1個つまむ。 …………景吾ってば、お箸使い綺麗なんだよなぁ……ホントに。 教科書に載っていそうなくらいの、綺麗なお箸の持ち方で、口に玉子焼きを運ぶ。 一応、甘さ控えめの甘い玉子焼きを作ったつもりなんだけど……お塩の方が良かったかな……!?……というか、私、塩と砂糖間違えるなんて初歩的なミスしてないよね……!? 「…………」 「ん?」 景吾がズイッとお箸を差し出してきた。お箸の先には、玉子焼き。 ………………………………えーっと。 「け、景吾さん……?」 「食え。美味い」 「…………はいぃぃぃい!?」 ビックリして声を上げるために、口を開いたところで。 景吾がサッと口の中に玉子焼きを入れてきた。 …………俗に言う『はい、あーん』って言うヤツで。 あぁぁぁ、恥ずかしすぎて、今ならポストの赤さにも勝てるくらい真っ赤な顔してる気がする……! しかも、他人の視線が痛い……!入園当初から、イケメン景吾に寄せられる視線は多々あったけど……今のとんでもシーンを見られて、さらに私に敵意ある視線が……! 結局、景吾さんと一緒にいると、どこでもこういう視線を向けられるのよね……!もう大分慣れたけどさ……やっぱり、痛いものは痛いんだよ!(泣) 敵意ある視線に、身を縮こまらせながら、もくもく、と口の中に入れられた玉子焼きを食べた。 ……あれ、ちゃんと出来てる。甘さもちょうどいいかも。 よかった、今のところ失敗はないぞ……! 景吾がトントン、と肩を叩いてくる。 何かと思って見れば……ニヤ、と笑う景吾。……なんか、嫌な予感。 「、俺様も」 「………………はい?」 「ミニトマトがいい」 「………………え?」 景吾が口を開ける。 ……え、ちょっと待ってよ。 更 に 羞 恥 プ レ イ に 耐 え ろ と … !? あれですか、私がさっき(半強制的に)あーんをしてもらったから、今度は私が景吾さんにするってことですか。 …………無理だって!(大絶叫) 「早く」 「うぅぅ……」 でも、景吾さんに逆らえないのも確かで。 私はもう、極限の恥ずかしさに耐えて、ミニトマトのヘタをぷつりと取った。 ……ちょっと待って。 ミニトマトってさぁ、手で掴むから……必然的に景吾さんの唇に触っちゃうんじゃないかなぁ(泣) あぁぁぁ、恥ずかしすぎる―――!!! 「……5秒以内にしねぇとキスす「わぁぁ、今やります!」 キスよりマシ!公衆の面前でキスよりマシ! そう言い聞かせて、私はミニトマトを景吾の口元へ持っていった。 ま、周りの方々の視線が痛い……! 景吾の口に、ミニトマトを押し込む。……うぅ、やっぱり景吾の唇触った……柔らかい……って、違―――!何変態チックなこと考えてるんだ、私は! もう恥ずかしすぎて、その後のお弁当の味はわかりませんでしたよ……! NEXT |