「あー……テーピングがない……げ、湿布も……景吾ー」

「なんだ、どうした?」

「テーピング用のテープとか色々ないから、帰りにスポーツショップ寄って行っていい?」

はぁ……なくなるときって、みんないっぺんになくなるんだもんなぁ……困ったもんだ。



Act.28  車は続くよ、どこまでも



「えっ、置いてないんですかー?」

氷帝学園運動部御用達のスポーツショップに行ったら、湿布はあるが、テーピング用のテープのうち、2種類がないと言われた。

「悪いねー、サッカー部の人がゴッソリ買ってちゃったんだよ」

うーん……どうしよう。
使用頻度の高いものだし……明日も使う人がいるだろうしなぁ。
でも、ここじゃないと、割引してもらえないしなぁ……。

「どうしても必要なら、少し遠いんだがもう1軒うちの姉妹店があるけど……行ってみるかい?うちからは連絡しておくから」

「あ、ホントですか?……えーと、場所、教えていただけますか?」

「あぁ、上りの電車でここから5つ目の駅で降りて―――」

行きかたを教えてもらい、お礼を言って湿布を買っていく。
車の中で待っていた景吾。
コンコン、と窓をノックして、開けさせる。

「なんだ?」

「テープがなかったから、これからもう1軒行ってくる。車だと時間かかりそうだから、景吾、先に帰ってて」

湿布を窓越しに渡して、駅の方へ歩いていこうとしたら。

バタン、とドアが閉まる音。
そして、隣に人の気配。

「俺様も行く」

「え……でも、ただテーピング買いに行くだけだよ?平気だって」

「いい。ほら、さっさと行くぞ」

大きなテニスバッグは車に置いてきたらしい。
……なんなんだ、一体。

「電車乗るよ?」

「それならなおさらだ。駅に着くころには暗くなってるだろ。最近は変なヤツも出るしな」

「…………心配性だなぁ。私なら平気なのに。このでっかさに驚いてみんな逃げてくから」

「そーいうことじゃねぇんだよ」

コンッと拳で頭を小突かれる。
景吾の手は骨ばってるから、痛い。

「今ので馬鹿になったら景吾のせいだー。頭の中からっぽになったらどーしてくれるー」

「あーん?そしたら俺様だけその頭の中に入れとけばいいんだよ」

「……………………………キザ」

「うるせぇ」

はぁ……とため息をついた。
景吾のこーゆーセリフには大分慣れてきたけど……心臓によろしくないと思うのよね。
やっぱこーゆーセリフ言われたら、勘違いしちゃう子も出てくると思うしさぁ……その辺はどうなのよ、景吾……お姉さん、心配だよ……。

?なにため息なんてついてやがる。俺様が隣にいるんだから、もっと楽しそうにしやがれ」

「……えぇい、これで無駄に顔がいいからムカツク」

「あーん?顔がいいのは生まれつきだ」

「……自信過剰だしー……」

でも、その自信に見合うだけのものかもしれない、この美貌は。
歩いて5分もしないけど、みーんな景吾を振り返る。
サラッサラの髪だし、目は色素が薄くて……なんだか、青みがかってる気がする。
顔も小さいし、足も長いし。
テニスやってるから、筋肉はついてるし。
でも、決して無駄な筋肉はついてないから、マッチョ体型ってわけじゃないし。

こりゃ……そこらの芸能人よりよっぽどカッコいいわな……。

「あーん?……今更見惚れてんのか?」

思わず、じぃっと景吾を観察してしまった。

「はー……神様は不公平だ……」

「あーん?」

「なんでもない……あ、駅」

「切符買って来るからな。そこで待ってろ」

景吾がさくさくと歩いて切符売り場まで行った。
……ホントは歩くの速いくせに、さりげなくフェミニストで歩調あわせてくれちゃうんだから。色んな意味で、紳士だよな……。

……ってか。

切符買いに行っただけなのに、逆ナンされてますよ、景吾さん。

うぉっ、すっげー……逆ナンとか初めて見た。女の子も大胆になったものだね……(親父くさい)
景吾が二言三言話して、こっちに視線を向けた。

うっ、やばい……嫌な予感が。



ザッと逆ナンしてた女が私を見る。
うぉ〜……敵対心バリバリ〜……。

「何やってる、さっさと行くぞ」

女の子たちを無視して、私のところまでやってくると、強引に腕を掴んで改札口へ。
…………あぁ、ごめんね女の子たち。
この人、俺様なんだぁ………(苦笑)

ズンズン歩いていって、切符を持たされ、改札口をくぐる。

「ったく、うっとおしいったらありゃしねぇ……」

「やっぱ景吾、来ない方がよかったんじゃ……」

「あーん?それとこれとは話が別だろ。何を今更遠慮してやがる」

遠慮もしたくなりますさ。
このホーム中から集まる、羨望の視線があるからね!(泣)

みんなが景吾と話してる私を凝視してますよ。
もう勘弁してくださいよ!やっと学校で少しそーゆー視線がなくなってきたんだから!

ガタタン、ガタタン、とホームに電車が入ってくる。

「うっわ……混んでるし」

「ラッシュの時間か……ちっ」

景吾……もしかしてこんな人込み初めてなんじゃないだろうか。
というか、電車に乗る景吾って、すごく不自然。
いや、そりゃ大会とかのために、電車に乗るコトだってあるだろうけどさ……。

なんだか私……色々と景吾に初体験をさせてる気がする……ゲーセンとかプリクラとか、テレビゲームとか……他にもいっぱい。

ぎゅうぎゅうの電車に乗り込む。
うぅ……親父くさい、化粧くさい、熱気が気持ち悪い。
それでもなんとか背が高いから、少しだけ新鮮な空気を吸えてる。
小柄な女の子だったら、親父たちの背中しか見えない……うわ、想像しただけで気持ち悪くなる。

「……、ここから何駅だ?」

「5駅目……」

景吾の声に何とか答えるけど、景吾はもう見えない。
どうやら流されて離れてしまったらしい。

まぁ、仕方ないか……次の停車駅とかで少し人が減るのを祈ろう。

だけど、希望に反して、次の駅ではさらに大量に人が乗ってきた。オフィス街だったらしい。
さらにぎゅむぎゅむと押されて、いやんな感じだよ、もう……。

さわっ。

…………ん?

さわさわっ。

…………ぎょえ―――!誰だ、今、私の尻触ったやつ―――!
わざとじゃないならいいんだけど……明らかに、手が動いてたぞ!?

身をよじって違う場所へ行こうとしたけれど……満員電車で場所移動なんて出来ない。
挙句の果てに、周りの人に嫌そうな目を受けてしまった。

って、違う!私の所為じゃないぃ〜〜!!

まだお尻を触られてるので、なんとか持ってた鞄をお尻の方に回して防御する。

どうやらそれで痴漢は諦めたらしい。
ふぅ、と息を吐いた。

…………ったく、いくら触りたいからって、わざわざ私みたいなでっかいヤツのお尻なんて、触らなくてもいいじゃないか。制服だと、こーゆーのがいるからイヤなんだよな……ん?

今度は、つつーっと太もも辺りを撫でる手。

……いい加減にしやがれ!

声出すぞ!?

と思ったけど、いざとなったら声を出そうか迷ってしまった。
これ……ホントに痴漢……?もしかして、行き場のない手が当たってるだけかもしれない……もし間違いだったら恥ずかしいし、失礼だよな……痴漢の疑いかけられた人だって、嫌な思いする……。

さわさわっ。

〜〜〜〜!!
もうダメだ、これ、絶対痴漢!
でもなんて言うべきだ!?『痴漢です、助けてください』?誰に助けを求めるんだよ。
景吾呼ぶ?……いや、顔も見えないところで助けを呼んだって、どうしようもないだろう。
っていうか、身動き取れないから、痴漢が誰かさえも把握出来てないよ……!

あ〜〜〜もう〜〜〜!!!

なんだか自分の弱さに泣けてきそう。
学校とかでこういう場面の対処法を習ったけど、いざ自分がなると、どうすることもできない。
悔しくて情けなくて、思わず俯いた。

「―――おい、テメェ。何してやがる」

すぐ傍で、景吾の声がした。
驚きと共に顔をあげたら、いつの間にか隣に来ていた景吾が誰かの手をねじり上げていた。

「け、景吾……?」

「人の女、勝手に触ってんじゃねぇぞ、あーん?」

ギリ、と景吾がその腕をねじると、上がる男の悲鳴。
バッと人が離れてスペースを作った。

、大丈夫か?」

「け、景吾……いつの間に?」

「お前の様子が変だったから、少しずつ移動してきた。……ったく、早く声出すなり助け求めるなりしろ。馬鹿が」

コン、とまた拳で頭を殴られる。

ちょうどそのとき、駅について扉が開いた。
その瞬間に、痴漢が景吾の手を振り払って、逃げ出してしまった。

「あっ……」

「ほっとけ。よっぽど酷くねぇと、警察は対処してくれねぇ。あれで冤罪でも主張されたら、裁判とかになって今度は面倒だ」

景吾はそういうと、今度はドアの方へと私を連れて移動した。
痴漢騒ぎで少し空いたスペース。
ドアに私を追いやると、景吾がその前に立った。

「これで平気だろ」

「あ、ありがと……でも、さっきの言葉はどうかと思うよ……?」

「あーん?」

さりげなくスルーしたけど、『人の女』とか言ってたし。
『あいむのっと、景吾の女』ですよ。

でも、公衆の面前で『女』だのなんだのと言いたくないので、あえて今は何も言わないでおいた。

ようやくついた5駅目。

降りた駅名は。

『青春台駅』

………………………うっそでしょ……?



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