薬を飲んですぐに寝た
俺は椅子に腰掛け、レギュラー陣が来る前まで読んでいた洋書の続きに目を通す。
時々、眠るに視線を向けながら。



Act.20  かが違う、朝



十時半か…………。
カチコチと時を刻む、アンティークの時計を見て、本を閉じた。

明日も学校がある。水曜だから部活はないが、生憎、生徒会の会議がある。……それさえなければ、俺も休んでもよかったんだが。会長として会議にでないのは、さすがにまずいだろう。会議にならない。

眠るの頬に口付けをして、部屋を去った。
明日起きて、苦痛が少しでも和らいでいればいい。





朝、いつもどおりの時間に起きて、シャワーを浴びる。
制服を、後はネクタイを締めるだけ、という状態にして、の部屋へ赴く。

ドアをゆっくり開ける。
まだ眠っているようだ。
そっと近づくと、アイツの目はふっと開いた。

ぼーっと前を見たかと思うと……その目が急に見開かれた。

「起きたか?」

ぱくぱく、と顔を真っ赤にして口を開閉する
……………………どうやら、昨日のキスのことをまだ気にしているらしい。
別に、なんてことはねぇんだが。

ちゅ。

昨日よりは軽めに口付けると、ぽかん、と目を見開いた。

「目ぇ覚めたか?」

「な、ななななな……………(妄想が作り出した)夢だとばっかり思ってたのに…………!」

もう1度口付ける。

「夢じゃねぇだろ……あーん?」

アイツの顔は真っ赤だ。 どうも慣れていないらしい。……慣れていたら慣れていたで気分は悪いが。

「行ってくるからな」

「えっ、わ、私も……!」

いきなり動き出そうとしたに、今度は俺が目を見開いた。

「ばっ……何やってるんだ!立つな起きるな動かすな!」

半身を起こしかけていたを、ベッドにゆっくりと寝かす。

「えー……これくらい頑張れるのに……」

「変なところで頑張るなッ」

「だって……学校行きたい」

「バカか、お前は!今日は休みに決まってるだろ」

「えー!?私、いく気マンマンだったんだけど!期末考査も近いし……!」

俺は、スッとの額を触った。
昨日よりは下がっているようだが……それでも、まだ熱い。

「熱、下がってねぇ。却下」

「えぇっ!?」

「えぇも何もねぇ。今日は部活もないから、心配するな。授業内容は、俺様が帰ってきてから教えてやる。だから、安心して寝てろ」

「……はぁ…………わかった……いってらっしゃい」

「あぁ、大人しく寝てろよ」

念を押して、俺は学校へ行く。
1人きりの車は、つまらなかった。





「跡部、おはようさん」

「あぁ」

話しかけてきた忍足は、俺のとなりにがいないのを見ると、眉を寄せた。

「やっぱ、ちゃん、無理やったかー……昨日の今日やしな……」

「来たがってたが、熱もまだ下がってねぇし、無理やり休ませた」

「せやな……ちゃん、変なトコで頑張るからなー……」

「あっ、跡部!……は、休みか?」

岳人が教室に入ってくる。
ちっ……コイツも目当てか。

「おはようございます。……さんは、お休みですか?」

「うぃっす。……やっぱいねぇか」

「おはよー…………ちゃんいないのかぁ……さみCー……」

「ウス…………」

ぞろぞろと入ってくるレギュラーたち。
なんなんだコイツらは。目当てにもほどがあるぞ。

「散れッ、アイツは休みだッ!」

怒鳴るが、ジローや岳人はの机にかじりついたまま離れようとしない。
…………コイツら、首根っこ掴んで投げてやろうか。

「そういえば、跡部さん。…………さんがこうなる原因を作った方はどなたなんですか?」

ニッコリと笑いながら鳳が聞いてくる。
笑ってはいるが……なにか、違うオーラを感じる。ジローと岳人がそのオーラに飲まれて固まった。

「長太郎……お前、笑顔がこえぇ……何する気だよ?」

「いやだなぁ、宍戸さん。…………お礼をするだけじゃないですか(ニッコリ)」

「…………お前、聞いてへんかったのか?そいつなら、昨日のうちに跡部が処理したんやろ?」

「あぁ。多分今日は学校に来てないだろうな。それどころじゃないはずだ」

「…………跡部、怖いCー…………」

「はっ……当たり前だろ、それくらいの制裁は。……気はすんだか?だったら、さっさと散れ」

あいつらも、がいない教室には興味がないらしい。さっさと自分の教室へ戻っていった。
俺たちがこれだけよく話すようになったのも、が来てからのことだ。が来る前は、同じ部活の仲間というだけで、それ以上でもそれ以下でもなかった。部活に行けば、会う。必要なことだけ話す。ただそれだけだった。
不思議だ、『』というつながりが、たった2週間で俺たちレギュラーの関係までも変えた。


授業は恐ろしくつまらなかった。
いつも、後ろで唸ってる声が聞こえない。
忍足がおせっかいで教えてやってる声も。
いつも、俺はそれが気に食わなくて、授業中でもよく振り返ったり、に教えてやっていたりしたのだが。
…………依存症も、大分進んでるな…………。

習慣で振り返ってしまいそうになる。
話しかけそうになってしまう。

アイツがこの世界に来てから、毎日起きている間はほとんど一緒に過ごしていた。こんなに長く離れたのは初めてだ。

思わずため息をついてしまった。

次の授業は移動だ。机の中から教科書を取り出す。
そのとき、忍足が声を発するのが聞こえた。

「な、ちゃ…………っとおらへんかったな……」

忍足も同じく、依存症のようだ。
どうやらヤツは抑え切れなかったらしい。
俺は小さく笑って振り返った。
の姿は、ない。

「忍足、お前もか」

「……なんや、跡部。俺、ちゃんがいるような気ぃして、なんか思いついたら話しかけたくなってまうんや。……相当キとるな、俺……」

「安心しろ、俺様もだ。……まぁ、話しかけはしなかったがな」

「仕方ないやん、つい口からポロッと……あぁ、つまらん……ちゃんおらんと、つまらん……」

ぺたり、と忍足が顔を机にくっつける。
窓際の一番後ろ。
たった2週間前までは、空いているのが当たり前だったのに、今はぽっかりと空いた席が、堪らなく寂しい。

「何してやがる。次は移動だろ?さっさと行くぞ」

「ハイハイ。……ちゃんおらへんから、男2人で移動教室かー……なんや、男の哀愁を感じるわー……」

「くだらねぇこと言ってねぇで、早くしろ」

忍足を急かして、教室を出る。
特別校舎に入って、監督の姿が見えた。

頭を下げて通りすぎようとしたが、

「跡部」

呼び止められた。

「なんでしょう、監督」

「今度、練習試合をすることになった。…………はいないのか?」

その一言に、俺と忍足は驚く。
…………監督もを気に入ってるとは思っていたが、まさか名前で呼ぶほどとは思わなかった。一応、仮にも生徒と教師なのだが、いいのだろうか?

「風邪を引いたので、今日は休ませました」

「なに?……容態は?」

「今朝はまだ熱がありましたが…………」

「そうか。…………無理はするな、と伝えておけ」

「はい。…………あの、監督、練習試合の件は?」

「……あぁ……詳しい日程は決まっていないが、3月に銀華中とだ」

「銀華中?」

たしかに都大会上位常連校だが……今の時期にわざわざ練習試合を組むような相手じゃない。

に試合の雰囲気を味あわせようと思っていたんだが……」

マネージャー1人のために、練習試合を組むとは……監督もよくわからねぇ。

「…………わかりました。では、失礼します」

「跡部、が学校に来たら、私のところへ顔を見せに来い、と伝えておけ」

はい、と返事をしてもう1度頭を下げる。
隣に立っていた忍足が、小声で

「…………監督、ちゃん、そーとーお気に入りやな」

と言ってきた。
…………榊監督…………あなどれねぇ。





授業が終わった。
部活もないのでさっさと帰っての部屋へ行こう、と早々に教室を立ち去る。

下駄箱で靴を履き替えて、校舎の外に出ると。

「あー、景吾ー」

聞こえるはずがない声に、足を止めた。
……なんだ?今、の声が……。
バカな。いるはずがない。

それでも声の主を探せば、花壇の縁に座っている……が。

「なっ……なんでここにいるんだ!?」

制服を着たが、座ったままヒラヒラと手を振っていた。
コートを脱ぎながら、慌てて近寄る。
座っているの肩にコートを掛けようとすると、『景吾が風邪引くよ』と言って止めようとする手。

「バカヤロウ。風邪引いてるのはどっちだ!……なんでお前、いるんだ?」

「やっぱり気になっちゃってさー……1人で寝てるのもつまんないし、無理いって、連れてきてもらっちゃった」

「つまらないとかじゃねぇだろ!あれほど大人しく寝てろって……」

「だってさー…………景吾とここまで離れるのって、気がついたら初めてだったんだよねー……なんか、ちょっと人恋しくなったって言うか、寂しくなったっていうか……あっ、でもちゃんと熱は下がったんだよ?」

少し笑いながら、は自分の頭に手をやる。
チラリと見えた腕に、青いアザが見えた。

どれ、と額に手をやってみれば……まぁ、人並みか。
だからといって、またこんな寒いところにいたら、ぶり返してしまう。

「ほら、帰るぞ。……立てるか?」

「私、ちゃんとここまで自分で歩いて来たんだからねー?……ちょっと疲れてここで休んでただけだもん」

「バーカ。……ほら、手ぇ貸せ」

の手を握り、ひっぱりあげて、立たせる。
手は、ヒヤリと冷たかった。
そのまま手を握りながら、歩く。

「あー!!!だ―――!!!」

頭上から降ってきた、ジローの声。

「ジローちゃん!」

―――!会いたかった―――!」

「わぁ!ジローちゃん、それ以上身を乗り出したら落っこちるから!」

ジローは窓から落ちそうなほど身を乗り出して、両手をブンブン振っている。
ジローの声が聞こえたのだろうか、教室の窓から、ポコポコと顔が出る。

「ほんまや、ちゃんやー!もう平気なんか!?」

「あ、侑士〜。うん、もう熱下がってるよ〜!」

ッ!!えーっと………」

「あっ、がっくん!!!ちょ、何してんの!飛び降りようとか思ってないよね!?いくらがっくんでも、無理だから!その高さは無理だから!!!」

「おぅ、!無理すんなよ!?ここで倒れたら、激ダサだぞ!?」

「倒れませんよー、大丈夫ですよー」

1年の階からも、顔が出ている。
鳳と樺地だ。

さん!歩いて大丈夫なんですか!?」

「あー、チョタ〜。うん、大分よくなったよ〜」

「ウス……」

「あ、樺地くん。手首、大丈夫?」

「ウス、平気……です……」

よかった、とが笑う。
……まったく、今1番重症なのはコイツだというのに。

、帰るぞ。ぶり返す」

「あ、うん…………じゃーね、みんな!また明日〜!」

ヒラヒラと手を振る
…………やっぱり、コイツがいねぇと、学校じゃねぇな。
少し姿を見せただけで、この騒ぎだ。

いつの間にか、の存在が、俺たちにとってかけがえのないものになってるのを、今更ながら実感した。

…………ちなみに、家に帰ったら榊監督から、宛に薔薇の花が100本贈られてきていた。



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