景吾が呼んだ車は、すぐに来て。
みんなに支えられながら車に乗り込んだ私は、ぼんやりとする意識を、すぐに手放した。




Act.19  撃的な、夜の出来事



バタン、という音で目が覚める。

あぁ、着いたのか……車から降りなきゃ……。

様!」

宮田さんが走ってくるのが見える。
あぁ、そんな心配しなくても平気ですって。

立ち上がろうとしたけど、あれ、力が入らない……?

「大友!大友!!」

宮田さんが大声で誰かを呼んだ。
立てずに困っていると、ヌッと大きな人が現れた。
おぉ、デカい……樺地くんくらいありそう…………でも、この人のほうが体格がいいから、もっと大きく見える……格闘技やってそうな体型だ。

「失礼いたします、様」

ふっとその人が視界から消えたかと思うと、私はふわりと宙に浮いていた。

「えっ……えぇっ!?」

なぜか私は大友さんに抱きかかえられていた。
お、重いのに!身長に比例して体重あるのに!

「お、降ろしてください、あ、歩けますから!(多分)」

なんとか降ろしてもらおうともがいていると、宮田さんが傍に来た。

「景吾様より、伝言を預かっております。…………『、大友は元重量挙げ日本代表だ。安心して運ばれろ』……だそうです」

「私は重量上げのレベルか!」

失礼なっ、そこまで重くはないですよっ!
…………でもまぁ、重量挙げの人だったら、いいか…………申し訳ないけど、運んでもらおう。

そのまま自分の部屋に運んでもらい、ベッドに寝かせてもらったところで。
緊張の糸がぷつん、と切れて、そのまま意識は闇の中へ。





いつもより練習を少し早めに切り上げ、運転手を急かして自宅へ到着した。
それもこれも、全ての容態が気になるからだ。

レギュラーの奴らも、練習を早く切り上げることに賛成してくれたしな。

バンッ、と扉を開けて家へ入る。

「おかえりなさいませ、景吾様」

メイドたちの言葉を無視して、宮田の姿を探す。
宮田が階段から降りてくるのが見えた。

「宮田ッ、の様子は!?」

「景吾様、お静かに。様はお眠りになられてますので」

宮田の言葉に、ハッと口を噤む。
…………今ので起きてなければいいんだが。

「景吾様、様の部屋でお医者様がお待ちです」

階段を駆け上がり、の部屋へ。
ベッドサイドに、跡部家かかりつけの医者。そして、ベッドには眠っているがいた。
眠っているが、苦しげな表情ではないので、とりあえず安心する。

「景吾様、おかえりなさいませ」

「あぁ、ご苦労。…………どうだ、の容態は」

「風邪はたいしたものではございませんので、明日には熱も下がるでしょう。……しかし、体中に出来た怪我の方が酷く…………」

「…………どれくらいだ?」

「頭は守られていたようですが、首から下は酷いものです。…………おそらく、素手で暴力を振るわれたわけではなく、何か器物……木の枝などで殴打されたのではないかと。打撲のほかに、擦り傷が多く見受けられます。…………しばらくは痛むでしょうな」

「そうか…………」

ギリ、と拳を握る。
…………こうなる前に、対処しておくべきだった。

「解熱剤と鎮痛剤を処方しておきましたので、目が覚めたら飲ませてあげてください。そのときは、必ず何か物を口にしてから」

「わかった。…………すまないな、急に呼びつけて」

「医者は急に必要になるものです。…………もしなにかございましたら、遠慮なさらずにすぐにご連絡を」

「あぁ、助かる」

医者に頭を下げ、部屋から出て行くのを見送った後、俺はの顔を見る。
……口の端に貼られたテープ。頬が少し赤い。

サラリ、と前髪を掻き分けて額に手をやれば、温かいというよりは熱いぐらいで。
……いっそ、代わってやれたらいいのに、と思う。

「景吾様、お医者様がお帰りになられました」

「あぁ」

「……景吾様、様が心配なのもわかりますが、まずはお着替えになられてはどうですか?」

言われてはじめて、自分がまだ制服のままだったことに気づく。
あまりの慌てように、苦笑した。

「あぁ。…………宮田、用に夕食は」

「シェフに話は通してあります。……シェフも、心配しておりました。オートミールを作るそうです」

なんでも美味そうに食うは、シェフたちにも可愛がられている。
もシェフによく懐き、時々は菓子などももらっているみたいだ。

「俺の夕食も、の部屋に運んでくれ」

「承知いたしました」

礼をして下がる宮田。俺はに視線を向けて、小さく呟く。

「後でまた来るからな」

いつもより熱い額に、1つキスを落として。
部屋を、そっと出て行く。

廊下でポケットから取り出した携帯。

かける先は――――――海外にいる父親。

『…………どうした、景吾?』

滅多に掛けない親父の携帯。
掛けるときは……父親、跡部財閥の力を借りたいときだけだ。
わかってるくせに、聞くところが親父らしい。

「……跡部財閥の力を使いたい」

『なぜだ?』

「冷泉院を……潰す」

『冷泉院?…………あぁ、元華族の……一体何があったんだ?理由があるんだろう?』

「……が怪我をした、それだけだ」

『…………そうか。ちゃんが…………………いいか、景吾』

親父の声が、少し、低くなる。
俺が尊敬する、親父の声だ。

『やるからには、徹底的にやれ』

「…………わかってるさ」

アイツらがしたことの罪の重さ、その身でわからせてやるのだから。






着替えを終え、の部屋へ戻る。
持ってきた夕食を食べるが、どうにも食は進まない。

『おいしい〜〜!このエビフライ、最高〜〜〜!!』

『お前は、本当に美味そうに食うな…………』

『おいしいからおいしいと言ってるまでさっ。……あぁ、このコロッケも絶品……!』

目の前で、美味そうに食う奴がいるから、自分の食事も美味くなった。
1人で取る食事は、酷く味気ない。

それでも体調管理のために、無理やり腹の中に収める。

まだ、は目覚めない。





7時半――――――

「景吾様、テニス部の方々がお見えです」

という宮田の声。
俺は読んでいた洋書から目を上げた。

「…………通せ」

あいつらも相当心配だったらしい。

しばらくしてコンコン、とノックの音が聞こえた。

「入れ」

「失礼しまーす…………跡部、の具合、どうだ?」

「なんだお前ら……全員来たのか?」

ゾロゾロと部屋に入ってくるのは、レギュラー一同。

「代表決めようかとも思ったんだけど、みんな譲らなくってよ。結局全員で来ちまった」

「あの、跡部さん……これ、さんに」

鳳が差し出してきたのは、花束。
みな、何かしら持って来ているようだ。…………岳人が持ってきたゲームは見舞い品なのか、気になるところだが。

「あぁ、も喜ぶだろう」

「…………、目ぇ覚まさないのか?」

宍戸がそっと近づいて顔を覗き込む。

「あぁ、俺が帰ってきてからは1度もな」

「可哀相にな、ちゃん……跡部、どないするん?」

「制裁は全て終わってる。……明日には、もう氷帝にいないだろう」

あれから俺はありとあらゆるその手の人物に電話を掛けた。
冷泉院を経済的に追い込み―――破滅させる。
全て終わっている。明日、氷帝に冷泉院薫子の姿はないだろう。

「そりゃまた……ご苦労さん」

「別になんてことはない」

「……………………………ん…………」

「?……?」

「ん…………あ、れ……景吾?………………みんなも、どうして……」

ッ、目ぇ覚めたの!?よかった!!」

「ジロー、うるせぇぞっ!……、大丈夫か?」

「亮も侑士も……どうしたの、みんな……」

「どうしたの、って……ちゃんの見舞いに来たに決まっとるやないか。大変だったで、今日の部活。跡部は機嫌悪ぅてキレまくりやし、マネージャーおらへんから、ボトルやタオルは出てこんし……ちゃんのありがたさがよぉわかったわ……」

「ウス…………」

樺地に続いて、うんうん、と岳人もジローの野郎も頷いている。
…………俺は、そんなに機嫌悪そうだったか?

「先輩方から話を聞いて……驚きました。さん、早く治して元気になってくださいね?スピンサーブの打ち方、途中でしたしね」

「そうだよっ、俺だってドロップボレー教えてる途中だったCー!早く良くなってね!?」

「ありがと、チョタ、ジローちゃん。……つっ…………」

「痛むのか?」

「あー……少しね……」

普段、辛いことはあまり表に出さないだ。
そのが『少し辛い』というのだ。結構な痛みなのだろう。

そういえば、鎮痛剤があったな……だが、それには物を食わなきゃいけないんだったか……。

内線電話を手に取り、宮田にオートミールを運ばせるように言う。

、今日俺、ちゃんとスタミナ切れしないでゲームできたぞ!」

「岳人、ちゃん病人なんやで?あんま、無理させんとき」

「だいじょぶだよ、侑士。……ちゃんと、スタミナ配分できたんだね。岳人は疲れると水分補給が多くなるから、気をつけてね?1度にたくさん水分取ると、疲れがたまっちゃうから。飲むなら少しずつね」

「おう!」

コンコン、というノックと共に、宮田がオートミールを持って入ってくる。
それを受け取って、ベッドサイドのテーブルに置く。

、これ食って薬飲め。そうすれば、少し痛みがマシになる」

「あー………………ごめん、食べたく……ないかも」

「食べたくなくても食え」

「………………腕が、上がらない」

「俺が食わせる」

元からそのつもりだ。
だがは、目をまん丸に見開いて驚いた。

「いや、いいって……ホント、食べたくないし」

「少しでもいいから食え。…………鳳、の体を支えてやってくれるか?」

「あ、ハイ」

鳳がの体を持ち上げ、できた隙間にクッションを挟む。
少しだけ体を起こしたは、傷が痛むのか少し顔をしかめた。

「ほら」

スプーンを差し出したが、は口をあけない。
よく食べるが、本当に珍しい。

「食え」

「………………イヤ」

ちゃん、ちゃんと食べんと治るもんも治らんで?」

「でも…………っていうか、この状況スゴイ恥ずかしい。みんな見てるのに、親鳥がヒナにえさをあげるような食べ方、したくない」

パチン。
指を鳴らす。

「お前ら帰れ。の食事のためだ、今すぐ帰れ」

「なっ……そういう意味じゃなくって……っ」

「樺地」

「ウス」

樺地がジローたちを抱えあげる。

「あっ、コラ何するんだよー」

「ほな、俺らは帰るか。岳人、これもちゃんの為やと思って、我慢せぇ」

「むー…………、早くいっぱい食って元気になって、ゲームしようなッ」

「えっ……あっ……み、みんな、ありがとっ、ごめんねっ?」

お大事に、と鳳が最後に言って帰っていく。

「全員いなくなったぞ。……ほら、食え」

「……………………うー…………」

の視線が宙をさまよう。
ここで俺は決め手の一言を言った。

「これはシェフが、が少しでも食べれるようにと、わざわざ作ってくれたものなんだぞ?……降参しろ」

は、決して人の思いを踏みにじる真似はしない。
シェフがのために作った、と聞いたら、絶対に食べないわけにはいかないだろう。

「えーっと…………どうしてもって言うんなら、自分でなんとか食べるから……」

「ダメだ。なるべく動かさないようにと医者が言っていた。……ほら、口開けろ」

しばらくは迷っていたが……やがてゆっくりと口を開いた。
やっと降参したか。俺はニヤリと笑いながら、その小さく開いた口にスプーンを差し出す。
ぱくり、と食べた

「あ。…………おいしい」

「だろう?ほら」

ぱく。
ぱく。

…………なんだこの可愛い生き物は。

俺が差し出すオートミールを食べるは、従順でとても可愛い。
…………いつもの元気なもいいが、従順なもいいな…………。

「…………景吾?」

「あ、あぁ……」

「…………つっ…………」

「どうした?熱かったか?」

「ん、ちょっと口の中が切れてるところに、熱いのが……いたた……」

少し目に涙が浮かんでる。
もう大丈夫、と言っていたが……本当に大丈夫か?の大丈夫は当てにならない。

「熱かったか…………」

スプーンに乗ったオートミールに、ふーっと俺は息を吹きかけた。

「なっ……け、景吾?」

「冷ませば少しはマシだろう?……ほら」

「…………うぅ、恥ずかしい…………」

「恥ずかしがってる場合か」

そのままぱくぱく、と順調に食べていたので、全て食べれるか、と思ったが、どうも限界が来たらしい。

「ごめ……もう、いいや、ホント……」

「あと2口くらいなんだがな……まぁいい」

俺は、2口ほど残ったオートミールを平らげた。

「け、景吾!な、なにして……」

「2口だし、は残したくなかったんだろう?」

「う……だって、ご飯残したら、シェフの人に申し訳ないじゃん……って、話をすり替えないッ!景吾、風邪うつるからっ」

の風邪がうつるなら、それはそれでいい。…………ほら、薬だ」

錠剤を口に入れてやる。
水はコップの中……だが、コップから飲ませようとしたら確実に零れてしまうだろう。



「ん?景吾、水……」

「あぁ」

くいっ、とコップの水を煽り―――に口付ける。
舌と共に水を流し込んでやると、少しして、コクリと喉が鳴った。
…………飲めたか。
唇を離すと、が先ほどより真っ赤な顔をしている。

「なっ……な、なななな…………っ……なに、する……」

「コップだと零すだろう?こっちのほうが、確率が高い」

「確率とかそういう問題じゃなくって……!キ、キキキキ、キス……ッ」

「あぁ…………足りないか?」

もう1度口付けてやる。
少し乾いた唇を舐めて潤してやり、口内に舌を入れる。
熱があるからか、少しだけ熱い気がする。

「ふっ……んっ……」

小さい喘ぎ声が、俺を興奮させようとするが……相手は病人だ。
ここは我慢するしかない。

ふっ、と体を離すと、真っ赤になって涙目の

「…………ほら。もう寝ろ、いいな?」

コクン、と素直にアイツは頷いた。




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