『あなたの……あなたの身長で、跡部様に釣りあうわけがないのよ……ッ』

「わかってるよ、そんなこと……」

呟いたら、口の中が痛かったから。

涙が、出た。




Act.18  む腕は、温かく



真っ暗で何も見えない倉庫。

「さむ…………」

冷え切った倉庫は、制服にセーターという薄着の身を冷たくしていく。
暗い中でも、息が白いことくらいはわかる。

「風邪引いたら、迷惑するのは、他ならぬ跡部様だっつーの……」

口の中が痛まないように、小さく小さく呟く。

かじかむ手に、息を吹きかけた。

それにしても、寒い。

まぁ、外にある倉庫だから、当たり前といえば当たり前だけど。

「はぁ……授業サボっちゃったよ……」

しかも、第二外国語。ただでさえわからないのに、さらにわからなくなってしまうではないか。
今日、帰ったら景吾に教えてもらおう。

景吾ってば、ドイツ語、ペラペラなんだもん。
この間は、フランス語(多分)の詩集も読んでたし。

『跡部様に釣りあうわけがないのよ……ッ』

頭の中に、ぐわんぐわんとその言葉だけがコダマする。

参った。
最後の最後に、最終兵器を投入してくるんだもんな。
くしゃ、と自分の前髪を掴む。

景吾に釣りあうわけがない、なんて。
他ならぬ私が1番よく知ってる。

景吾とは、たった5センチ程度しか違わない身長。
高いヒールなんて履いたら、それこそ追い越してしまうくらいだろう。

背だけじゃない。
顔だって、頭だって……何もかも、つりあわないよ。
そんなこと、言われなくたって知ってる。

私は、マネージャーとして呼ばれた。

それが、私がこの世界に存在する意味。

『スポーツが好きで』

『テーピングやドリンクの知識があって』

『料理が出来て』



『一般の女子生徒よりも身体的に強い』



だから、私は氷帝学園のマネージャーになることが出来た。

私は、負けるわけには行かない。

だって、弱いことを認めてしまったら。

私の、存在する意味がなくなってしまうから。

「は…………寒……」

ガタガタ震える体を、自分自身で抱きしめた。

弱さを認めたくない。
認められない。

だから。

「………………ッ」

涙が出てきたのは、

痛みのせいにした。






泣きながら、眠っていたらしい。
ガンガン、と扉が叩かれる音で目が、覚めた。

!?、いる!?」

「……ジローちゃん?」

!?〜〜〜〜〜岳人、まだかよっ!」

「ちょっと待てって、鍵がうまく……おっ、回った!」

重い音が鳴って、扉が開かれる。
あまりの眩しさに、目が開けられなかった。

ッ……大丈夫!?」

ガバッと抱きついてきたジローちゃん。
痛かったけど、なんとか抱きとめた。

「うん、平気……」

「馬鹿、平気なワケねぇだろ!おま……口から血ぃ出てんぞ!?」

亮が飛び込んできた。
あぁ、と私は口に手をやる。血といっても、すでに固まっている。

「口の中が切れただけだよ。……みんな、ごめんね。迷惑かけちゃった」

「そんなことないって!……クソクソ!……大丈夫か!?立てるか!?」

「だ、いじょうぶ……」

痛む足に渇を入れた。
ジローちゃんと亮に手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。
色んなところに激痛が走って、フラフラしたけど泣けなかった。

「……ありがと」

なんとか、微笑みながらお礼を言う。
ジローちゃんが、キレイな顔を歪めた。

「――――――ッ、無理して笑わなくていいんだよッ?痛かったら、泣いて、いいんだよ……ッ?」

「……やだなぁ、ジローちゃん。大丈夫だよ」

痛みで感覚がほとんどないけど、私は上手く笑えてるだろうか?
『強い自分』を見せられてるだろうか。

ガンッ、と鋭い音が鳴った。

「………………ッ」

「け、いご……………」

息を切らせた景吾が、扉のところへ立っていた。
ゆっくり、近づいてくる。

景吾は、私の頬をゆっくり撫でる。
……1番最初に殴られたソコは、鈍い痛みを伴っていた。

「――――――すまない」

「や、やだなぁ、なんで景吾が謝るのさ。大丈夫だよ、私は」



「何?」

「……………………………………強がるな」

景吾の、目が。
景吾の目が、私を見ていて。
私の、弱い内面を見通していて。

ポタリ、と涙が流れたことに、私は、しばらく気づかなかった。

景吾がゆっくり私の涙を拭う。
体中痛い。
だけど、それより最後に彼女たちが言った言葉が、
心に突き刺さって。

心が、1番痛かった。

「わ、たし……つりあわない……んだって……ッ……」

ポタリ、ポタリ、と熱い滴が頬を伝う。

「この背じゃ……誰も、相手にしてくれないんだって……ッ」

ふわ、と温かい感触。
景吾の、腕。

「ばぁか。俺様は、俺様と同じ目線でものが見れるから、お前のその背が好きだぜ?同じ高さでものが見えて、話すときも、目がよく見える。……その背が、好きだぜ?あーん?」

続いて、もう1つ、温かい感触。

「そうやで。俺もちゃんのその背、大好きや。目線が高いから、視界が広ぉて、いろんなことに気づいてくれる」

がば、がば、と次々抱きついてくる、みんな。

「俺、がおっきいから、安心できる。おっきい、大好きだC!」

「そうだぜ。ちっこいお前なんて、お前じゃねぇ」

「そうだぞっ!それになぁ、くらいの背、すぐに俺が追いついてみせるかんなっ!」

「岳人、それはちぃと無理かもな」

「なんだとぅ!?」

みんなに抱きしめられながら、私はクスクス笑い出してしまった。
笑うと、口が痛かったり、おなかが痛かったりしたけど、笑わずにはいられなかった。

「……………………、熱くないか、お前」

「え?」

景吾の声で、笑いから覚める。

「……俺も、それ、言おかと思てた。……なんや、ちゃん、体、熱うないか?」

「そ、かな……?」

みんなが冷たいだけだと思ってたんだけど。
景吾の手が、前髪をわけて額に当てられる。

「………………チッ……やっぱりな。熱がある」

「………………え、そんな、まさかぁ」

「顔、熱うないの?」

「…………痛みで熱いものだと思ってた」

「結構あるで、きっと」

それで、立ち上がるときにフラフラしたのかな。

「ほ、保健室!医務室!先生〜!」

「アホ、岳人。テンパるな。もう授業終わったし、帰ったほうが早いんちゃうか?」

「そうだな。…………、車呼ぶから家帰って寝てろ」

「でも、部活……」

「馬鹿かお前。部活なんか出て倒れてみろ。激ダサだぜ?」

「そうだよー?怪我もしてるCー。今日はゆっくり休んだほうがEって」

みんなに口々に言われ、極め付けに、景吾が『車呼んだから』と言ったので、渋々帰ることにした。
だって、車呼ばれちゃったら、帰らないわけにはいかないじゃん……。


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