「ただいま〜……」 風呂から上がってきたが、フラフラと部屋の中に入ってきた。 椅子に座って本を読んでいた俺は、本から目を離してに視線を向ける。 風呂上りで心持ち赤くなったの顔。目が眠たげに少し細められている。 最近、の疲労度が半端じゃない気がするのは、俺の気にしすぎか? こちらに歩いてくる途中でも、あふ、と小さく欠伸をしている。 大会も終わって、次の大会までは間もあるし、それほど疲れるような出来事もないはずなんだが……。 「おい、……」 「んー……?……ダメだ……眠い……」 ボフッ、と音を立てて、がベッドに倒れこむ。 もうこのまま寝てしまいそうだ。 俺は1つため息をついて肩をすくめ、椅子から立ち上がってベッドに向かう。 「……寝るなら、ちゃんと布団かけて寝ろ」 「んー……暑いからヤダ……」 もごもごとくぐもった声が返ってくる。 動く気配はゼロ。 「ったく……仕方ねぇな」 俺が肩に引っ掛けていたカーディガンを腹のあたりに掛けてやる。 「……ありがとー……」 小さく聞こえてきた礼の言葉に、少し頭を撫でてやって、俺も、寝息を立て始めたの隣に寝転がり、うつ伏せなってしばらく本を読んだ。 キリがいいところで栞を挟み、ベッドサイドのテーブルに置いておく。 スヤスヤと寝ているの顔をもう1度見た。 風呂上りの時に、うっすらとかいていた汗はもう引いている。このままじゃ確実に冷えるだろう。 「……おい。いい加減布団に入れ」 緩く肩を揺さぶると、目を閉じたままが返事をして、ゆっくりと布団の中にもぐりこむ。 それと同じタイミングで俺も布団の中に身を滑り込ませた。 の肩まで布団を上げようとしたところで気付く。 俺と同じ黒いパジャマは、結構ネックラインが広い。 動いて変な具合に偏ったパジャマからは、鎖骨だけでなく、肩まで見えていた。 ―――これでは冷えるだろう。 そう思って、少しパジャマを整えてやろうとしたら、肩に見える小さなアザ。 「……?」 直すつもりが、今度は予定を変更して肩を覗き込むことに。 よく見えなかったので、ボタンを1つ外してみる。 右肩に2つほど、アザが見えた。 ……なんでこんなところにアザがあるんだ? 不思議に思って、ボタンを留めた後、布団から出ている右腕へ視線を向ける。 深い眠りに入ったらしく、腕に触れても起きる気配はない。 そっとパジャマの袖をまくった。 「…………なんだ、これ……」 腕にあるのは、結構な数のアザ。 明らかに、日常生活でついた数ではない。 ……これを隠すために、最近はずっと長袖でいたのか……。 暑そうにしながらも、セーターを脱がなかったワケだ。 どうせ、また俺に心配かけたくないとかそういう理由だろう。 ……ったく、コイツは…………。 すーすー、と小さな寝息を立てるを見て、俺はまたため息をついた。 ………………明日、聞きだすことにするか。 眠るをわざわざ起こす気には到底ならない。 パン、と小さめに音を立てて手を鳴らし、電気を消す。 ゆっくりと俺はを抱きしめて、そのまま眠りに落ちた。 目が覚めて、が腕の中にいないことに気付いた。 視線をめぐらせると、クローゼットの中の制服を取り出そうとしているを見つけた。 も俺が起きたことに気付いたらしい。俺の方を見て、ニコリと笑った。 「……あ、景吾、起きた?おはよう!」 は、いつもと変わらない笑顔で笑っている。 「あぁ……」 むくりと起き上がって、両腕をの方へ広げる。 少しの思案の後、が近寄ってきた。俺の意図を汲み取ったらしい。満足げに笑って、そのまま抱きしめた。 ……さて、どうやって切り出すか。 「……景吾、寝ぼけてるー?今日はお寝坊さんだねー」 その言葉に、ついつい答えてしまった。 「……いつも、俺様に起こされてるのは誰だ?」 「…………う。……えーっと……あ、昨日の宿題のノート入れなきゃー……っと、あれ?……今日って、水曜日……?」 「あーん?……昨日が火曜日だったんだから、今日は水曜日に決まってるだろうが」 もう1度ぎゅっと抱きしめて、次には話題へ持ち込もうと思ったら、がバッと俺から離れた。 感触がなくなった手が、虚しい。 「おい、―――?」 「景吾!きょ、今日の朝って……生徒会の会議入れてなかったっけ……!?」 ハッとその言葉に目を開く。 頭の中にスケジュールを開き―――確かに、今日は朝一番に生徒会の会議がある日。今日は朝練がないから、入れていた。 時刻を告げる、ベッド脇にあるアンティークの時計は、すでに6時45分を指している。 会議が始まるのは7時45分。家から学校までは車で急いで30分ほど。 ―――時間がない。 「わー!ヤバイヤバイ!ど、どどど、どうしよう……!」 「……落ち着け」 慌て始めたをもう1度捕まえて、軽いキスをする。 少し赤くなって、黙り込む。 「とにかく、着替えろ。……朝飯は車の中だな。……シャワー、浴びてくる」 ベッドから出て、ボタンを1つ2つ外しながら、スリッパを履いて俺の部屋へ戻ることにする。 「わわわ、制服〜〜〜!」 の慌てる声が聞こえる。 俺も、心持ち足を急がせた。 ―――そんなわけで、バタバタしていたので、にアザのことを聞けなかった。 いつ話を切り出そうか、と迷っていた昼休み。 職員室に用があって行っていた俺は、その帰りにが廊下で誰かと話しているのを見つけた。 話し相手が見えなかったので、少し近づく。 「………………樺地?」 と話しているのは樺地だった。 がなんだかヤケに早口で何かをまくし立てているのを、樺地が小さく頷いている。 言い終わったのか、がはぁはぁ、と荒い息を吐いていると、樺地が何かをそっと差し出していた。 遠目だが…………あれは、絆創膏と湿布薬。 きょとん、としたは、一瞬の後にニコリと笑った。 「ありがとう!これでもうちょっと乗り切るよ!」 小さかったが、そう聞こえてきた。 樺地が礼をしてと別れた。 ゆっくりとこちらに歩いてきて―――俺に気付く。 「跡部、さん……」 俺は目線で、樺地についてこい、と促して、廊下の柱の影へ呼び寄せる。 忠実にやってきた樺地に、問いかけた。 「……おい樺地。お前、が怪我してる理由、知ってるのか?」 「………………」 「答えろ、樺地」 「…………………ウス」 聞き慣れた2文字。 ちっ、と小さく舌打ちをした。 これほどこの2文字が憎らしかったことはない。 「……ならなぜ、俺様に言わなかった」 「………………」 「樺地!」 「…………先輩が、跡部さんに言うまでは、俺からは、言えません」 小さくつぶやかれた言葉に、再度舌打ちをする。 ……大方、が樺地に口止めをしたのだろう。 「……わかった。直接俺様がから聞きだす」 「…………ウス」 身を翻して、俺はの所へ向かうことにした。 樺地と話していた廊下には、もうすでにその姿はない。 教室に戻ったか―――そう思って、俺も教室を覗き込んだが、そこにも姿は見当たらない。 「……おい。、どこに行ったか知らねぇか?」 扉付近にいたクラスメイトに聞いたが、否という返事 ―――ヤバいな、なんだか胸騒ぎがする。 基本的に、は教室から動かない。用があるとき以外は、ずっと教室で自分の席で何か(それは生徒会の仕事だったり、テニス部の仕事だったり、宿題だったり色々だ)している。 まだ昼休みは終わらないし、考えすぎなら別にいい。 だが―――。 「……ったく、アイツは……ッ!」 何も言わなさすぎる。 ……また少し説教してやらねぇと……ッ。 廊下を歩いていき、他の教室を覗いてみたりするが―――の姿はない。 しばらく歩いていると、階段を上ってくるを見つけた。 のほほん、と笑ってきたに、少し安堵の息を漏らした。 「あ、景吾」 ニコッと笑ったの左頬が―――少し赤くなっている。 それにまた、汗をかいているというのに、セーターを脱いでいない。 眉間に皺がよっていくのが、自分でもわかった。 「…………こっち来い」 「へ?」 「…………気づいてないとでも思ってるのか」 ペト、と赤くなっていた頬に手を触れる。 あー、とが小さく声を上げた。 「…………バレてますか……」 「なんで言わなかった」 「……えーっと、すぐにほとぼり冷めるかなーと思って……そしたら、今日呼び出されちゃった」 「……バカ。ちゃんと言えって言っただろうが」 「だって、本当に景吾たちの手を煩わせるまでのコトじゃないって思ったんだもん」 「なのに、このザマはなんだ?」 左頬は熱を持っている。 結構な力で平手打ちされたのだろう。 「うー……でも、一応、なんとか、なったよ……?へへ、戦闘じゃ負けませんッ!」 「……バカ。とりあえず、冷やすぞ」 手を引いて、特別校舎内の化学室へ。 手近にあった椅子に座らせ、水道でハンカチを濡らしての頬へ当てる。 「冷たっ」 「我慢しろ」 頬にハンカチを押し付けながら、俺も椅子に座る。 昼休みが終わるまで冷やしておけば、まぁ少しは腫れもひくだろう。 「…………なんで言わなかった」 「だから……景吾たちの手を、煩わせるほどのことじゃないって思ったんだってー……」 「……『たち』ってことは、俺関連だけじゃねぇんだな?……後は誰だ」 「あー………………侑士?」 「……あのバカ眼鏡のか……」 頭の中で、こんな行動を起こしそうな、俺を取り巻いてる女と、忍足のファンを何人かピックアップする。 …………後で、ちゃんと割り出して、それなりの制裁は加えておこう。 知らず知らずのうちに、考えていたことが顔に出ていたのかもしれない。 が慌てて言ってきた。 「あっ、ちょ、ちょっと景吾、学校辞めさせるとかやめてよ……!?景吾ファンと侑士ファンで、女子生徒の半分は埋まってるんだから!そんなことしてたら、キリないからね!?女子生徒いなくなっちゃうからね!?」 「まぁ、考慮くらいはしておいてやる」 「うそー…………!」 「お前をこんな目にあわせるやつなんざ、この学校にいねぇ方がいいんだよ」 「やっ、あの、そんな……!」 「じゃねぇと、お前はどんどん俺に隠し事をするからな」 「あ…………」 が俺に心配をかけまい、としているのはわかる。 だが、こうやって隠し事をされるのは気に食わない。 俺は、の全てをわかっていたい。 「……ごめん。これからは、ちゃんと言う」 「……それが、ちゃんと実行できればいいんだがな」 ハンカチを押さえていない左手を背中に回して、抱きしめた。 また同じような状況になれば、コイツは俺に心配をかけまいとして、黙っているのだろう。 「うっ……ご、ごめん……」 「……ま、それがお前の性格なんだから、仕方ねぇ、か……」 ちゅっ、と軽くキスをする。 濡れたハンカチが、俺の顔にも触れた。 「景吾、学校……!」 「俺様に黙っていたバツだ」 「あぁぁ……ご、ごめんなさいぃぃ〜」 小さく呟いたの唇に、今度は深く口付けた。 NEXT |