編入してきて約2週間。
色々騒ぎも多いけれど、大分学校生活にも慣れてきた。
氷帝は時々、変なところで豪華だったりして、ちょっとしたカルチャーショックを受けることはあるけど、それでも2度目の中学校生活は、中々よいものだった。
転入早々に跡部ファンクラブに襲撃を受けたりしてたけど、あの昼休み以降、パッタリとなくなってたし。順調な学校生活を送れてる。

はずだったのに。

…………やっぱり、一筋縄ではいきませんでした。



Act.16  ありきたりな、この



この学校に来てからというものの、私はほぼ男テニ部員と一緒に行動していた。
やっぱり、男テニ部員と1番長く接してるし、話も合う。日常の会話から、体調の変化とかも見られるしね(あっ、ちょっとマネージャーっぽい←マネージャーだろ)
まぁ、女の子たちが一様に私に冷たい視線だから、ってのも理由に含まれてるけどね(苦笑)

だけど、やっぱりそれはみんなのカンに触ったようで。

明日で2週間、という今日の朝休み。男テニ部員がたまたま周りにいないときが、発端だった。

さんってさー……男好きだよねぇ……編入早々、男テニのマネージャーとかやってるし……いつも男テニの人といるしさ……」

そんな言葉が私の耳に飛び込んできた。
もちろん、聞こえるように言ったのだろう。だって、陰口にしては、あまりに声が大きかったから。
それでも、聞こえないフリをして、次の授業の準備をしようとした。

「男好きの人には、女の声なんて耳に入りませんか。……大体、跡部様の遠い親戚だからって、なんで毎朝跡部様の車で来るのよ。一緒に住んでるわけでもあるまいし」

まさか、『一緒に住んでるんです』とは言えずに、これも聞こえないフリ。

「でも、跡部様の親戚だなんて……ご両親は何をなさってるのかしらね?『』なんて名前、聞いたことがないのだけれど」

ご両親なんていらっしゃりませんけど、なにか。
向こうの世界でしたら、父も母も立派にやっていましたが!?

キレそうになるのを必死に抑える。
ここでキレてしまうのは簡単だけれど、後の処理が面倒だ。
保護者が『跡部家』である以上、問題を起こしたら跡部家に迷惑を掛けてしまうことになるし。

だけど、いい加減気分も悪いので、トントンと教科書を整えて、トイレにでもいこうと席を立った。

立てば私のほうが背が高い。
高飛車な女子生徒の前を通り抜けがてら、ギロッと上から見下すように睨んでおいた。

「…………!なによ、ちょっと背が高いからって……!」

すーみませんねぇー、背が高いことくらいしか取り柄がないものでぇー。






それで一応静まりはしたんだ。その後、昼まで何事もなかったから。
お昼をいつものように、テニス部員と屋上で取って、私はたまたま先生に呼ばれていたから、先にその場を後にした。

先生の用事が、委員会に関することだったから、適当に返事をしておいて教室に戻った。

意外とまだ時間があったので、もう1度屋上に向かおうかな、と思っていた矢先

さん、ちょっといいかしら?」

そんな声がかかった。
声の主は、高飛車な女(確か、冷泉院薫子。元華族の由緒正しいお嬢様だ)。内容はわかりきっていて、面倒くさかったので、

無理。後にしてくれるかな?」

と答えて、屋上へと足を進め……ようとしたんだけど。

「そうはいかないのよ。私たちが急いでるの。…………あなたに拒否権はないわ」

なら最初に疑問系で聞くなよ、とウンザリした顔で振り返る。
そして、ギョッと驚いた。

………………うわー、この間追っ払ったばっかりの、跡部ファンクラブ……。

ぞろっと腕組みをして勢ぞろいしている顔ぶれ。見たことある顔だ。
なるほど……赤信号、みんなでわたれば怖くないってヤツか(違

「どこに行けばいいの?」

「裏庭まで」

ザッと私の脇に、跡部ファンの女の子が付く。
腕を取ろうとした女の子の手を振り払った。

「1人で行けるよ、それくらい」

軽く睨んで、自分から裏庭へ体を向けた。
…………大丈夫、怖くない。

だって私は、『嫉妬に狂う女子生徒に負けない、身体的強さを持った、女』だから。





裏庭まで歩いていって、向き直った。

「さ、て?何の御用?」

「い、まさら、すましてんじゃないわよっ!」

パァンッ!音が鳴って、私の視界がぶれる。
殴られたんだ、と気づいたのは、口の中に鉄の味がしたから。
その後ジワリと頬が熱くなって痛みを伴う。

思いっきり殴ったってことは、相手の手も相当痛いはずだ。

ぼんやりとそんなことを思いながら、私は殴った相手を睨みつけた。

「ちょ、薫子……!顔はマズイよ、顔は……!」

ドコを殴っても、痕っていうのは残るから、別に顔でも体でもまずいとは思うけどね。

「で、暴力でなにか解決になるのかな、カオルコさん?」

「……!マネージャーを、あんたが辞めればいいだけの話よッ!」

同時に繰り出された平手を、パシッと受け止めた。
生憎、Mじゃないもので、何回も殴られて痛いのは好きじゃありません。

薫子は、バッと私が掴んだ手を振り払うと、膝蹴りをしてきた。護身術かなにかやってるのかな?行動が早い。
膝蹴りはさすがに、お腹に効くー……今さっき食べたものが出てきそう。いや、ダメだ。もったいない。せっかくシェフが腕を振るってくれたんだから。

「足癖が悪いお嬢様…………」

頭の中で思っていたことが、ボソ……と口をついて出てしまった。
ヤバイ、と思ったときにはすでに遅し。

「なん……なのよ、あなたッ!……あなたたちも、見てないで何かしてやりなさいよッ……コイツはねぇ、14日の日に、私たちの跡部様と、2人で街中歩いてたのよ!?」

なんで知ってるんだよ、バレンタインデー事件……。
どこかで見られてたのかなぁ?……まぁ、景吾目立つしなぁ……。

「許せないッ……跡部様は、みんなのものよッ!」

「………………1人の人間を、勝手に所有物にしない方がいいんじゃないの?」

「うるさいっ!」

足やら手やら、色々飛んできた。

ガードできるところはガードしたけど、それでも人数が多いから、わき腹や足には攻撃が入る。
女の力は高が知れてるから、1つ1つはそんなに痛くはないんだけど、攻撃されたところをもう1度攻撃されると、かなりキツイ。
それでも、立ち続けた。
立ち続ける限り、私の頭は彼女たちの上にある。
絶対に、頭を下に下げてはダメだ。
本能的に、頭を守らなくては、という意識があった。

最初に顔を殴るのを止めたのは誰だったか知らないけど、いつの間にかそれすら忘れたらしく、顔にも容赦なく攻撃が入ってきた。せめて眼球だけは傷つけられないよう、目を瞑った。

数分間続くと、段々と攻撃の手が緩まってきた。
ハァハァ、と荒い息遣いが聞こえる。
そりゃそうだ。ただ単に立ってガードしてるより、腕を振りかぶって、足を大きく動かして攻撃してるお嬢様たちのほうが疲れるに決まってる。

「……っ…………なんで……っ……なんで倒れないのよ……!?」

当たり前。倒れたら『弱い』とみなされる。
弱い私は必要ない。

『身体的強さを持った女』

それが、私がここに存在する理由のひとつだから。

もう精神力の世界だ。
足は限界。翌日には、青あざがたくさんできてるだろう。脛は痛すぎて、張り詰めてる。
顔だって大分カバーしたけど、それでも殴られたから耳鳴りがする。
おなかも一緒。殴られて気持ち悪い。吐き気がする。
だけど、そんなの言ってはいけない。

「…………ッ……濃子!あれを出しなさいッ」

薫子の声が遠くで聞こえる気がする。
あれってなんだよ、凶器とかはやめてくださいよ……?
あー……そろそろ意識やばいかなぁ。気絶なんて経験したことないなぁ……。
だけど、今は気を失えない。せめて、自力で保健室くらいまではたどりつかなきゃ。

痛みでぼーっとする頭。
不意に、口を何かで塞がれた。

「ふっ……!?」

なんか、変……あれ……?意識が…………。

「なによっ……あなたなんて……あなたの身長で、跡部様には釣りあわないわ……ッ……あなたの身長じゃ……寄り付く男なんていないんだから……ッ」

意識を失う直前に聞いたそのフレーズが、今までの攻撃の中で、

1番、効いた。






次に目が覚めたとき、あたりは真っ暗だった。
どこにいるかわからない。

ガバッと起きたと同時に全身が軋んで、思わず小さな悲鳴を上げた。

耳の奥がボワボワ言ってる。
なるべく体を動かさないようにして、目だけで状況を把握しようとした。
でも、真っ暗で何も見えない。
細長い光が見える。あそこが扉なのだろう。
かすかな光しか入ってこない密室は、真っ暗で本当に何も見えなかった。

ポケットに手を伸ばす。

景吾に『携帯はポケットに入れておけよ』と言われている。
案の定、ポケットからは携帯が出てきた。

携帯を開く。液晶画面の光が、少しあたりを照らした。
誰かに連絡をしようと思ったが、無常にも一番上には『圏外』の文字が出ていた。

はぁ、とため息をつく。
…………連絡手段がないじゃないか。

まったく……本当にこんな目に遭うとは思わなかった。

携帯を動かして、あたりの状況を把握。
祈るような気持ちで、アンテナが立たないか見てたけど、『圏外』の二文字は変わる様子はなかった。
ほんの少し体を動かしただけなのに、涙が出そうなほど痛い。

携帯の光がまず映し出したのは、ゴムで出来た長方形のもの。

…………………ハードルだ。

ってことは、体育倉庫?
陸上器具が置いてあるってことは、外の体育倉庫だ。

今は2月。外で体育の授業はしていない。
絶好の閉じ込め場所、というわけか。

「よく……考えるな…………つっ……」

口の中に痛み。
そういえば、口の中も切れていたんだった。

あーあ、当分ご飯食べるときに苦労しそうだな。
それ以前に、体を動かすだけで痛いか。

苦笑して、携帯を閉じる。

現在の時刻は13:30。
5時間目の授業の真っ最中。誰もこんなところには来ないだろう。
誰か来るとしたら、放課後の陸上部くらいか。

とにかく、誰か来るまで、待つしかないのか……。


私は、もう1度大きくため息をついた。





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