飛び交う応援。
ほとばしる熱気。
流れ出す汗。

「なぜこんなことに……!」

……汗の中には、脂汗も、含む。



Act.36  を伝うは、脂汗



「なんで!私が!全国ナンバー1の!男子中学生たちと!!やらなきゃならないのでしょうか!!!」

あまりにもビックリしすぎて息継ぎがまともにできず、やたら途切れ途切れになってしまったが……私は至極正当な抗議をした。
目の前にいる氷帝メンバーは、私の必死の抗議にもどこ吹く風〜といった感じ。がっくんやジローちゃんに至っては、目線を逸らして口笛まで吹いている……!お姉さん、そのぷにぷにほっぺを挟んでこっちに向かせちゃうよ……!?

「人数が足りないからだ。青学3年は6人に対して、ウチの3年は5人しかいない。だったら、入れて6人にした方がいいだろ?」

「その理屈、全然わかりません!!!だったら滝くん連れてくればよかったじゃん!!」

「萩之介は今日、家の用事があるらしくてな」

滝萩之介〜〜〜〜〜〜〜!!!(涙)

「……じゃあ、5人で戦えばいいと思います!大体、青学の人にだって申し訳ないよ……!」

「ウチは全然構わないが」

「ほら、手塚くんだって怒っ……………………………………………はい?

聞こえたと思いたくない、言葉。
くるりと振り返れば、相変わらずの表情が読めない手塚部長。

ちょ……手塚くんまで心を閉ざせるの……!?

まじまじと手塚くんを凝視していたら、その隣で、コホン、と乾(インドアなのになぜ逆光……!)が軽く咳ばらいをし、例の乾ノートを開いた。

「長身を生かしたサーブ、ボレーを得意とする典型的なダブルスプレイヤー。実戦経験はないが、立海の柳にも女子テニスプレイヤーとしては都大会上位校のプレイヤーと比べても遜色ないと評されている」

「へぇ……面白そうだね」

「コラ、データマン!!どっからそのデータ持ってきた!……それに、不二くんまで!」

「男子と女子じゃ、テニスのやり方も違うし……練習相手として不足ではないな」

「ムーンヘッド大石!!やーめーてー!」

あぁぁぁぁ、みんながどんどん景吾の術中にはまっていく〜〜〜!!
こうなったら断固、拒否!を貫くしかない……!



「うっ……」

景吾の低く囁くような声に、私の弱い心は大いにぐらつく。
……いや!でもでも、これを認めてはいけない……!
景吾がどんな脅しをかけてきても、断固拒否を貫いてみせる……!

「景吾さん、私、絶対に……」

「そろそろ覚悟を決めろ。何より、俺がお前と一緒にやりたい」

想像とは真逆の攻撃。
殺し文句に、極めつけの笑顔。
……北風と太陽を思い出した。

―――太陽の笑顔に、勝てるわけがない。






「最初は、忍足、岳人。それに、宍戸とジローで行く」

景吾のオーダー発表に、侑士が勢いよく挙手した。

「ちょお待てや!自分、ちゃんと組みたいからって、そーは行かへんで!」

「…………ったく、またお前か」

「時間もたっぷりあるんやし、1試合だけやらせるつもりやないんやろ?ほなら、最初に俺が組む……!行くで、ちゃん!!」

「え、あ、えぇ!?しょっぱなから!?」

ちゃんの最初は俺が貰たで!」

「変な言い方すんなバカヤロウ!……ったく、仕方ねぇな。ま、俺様はお前と違っていつでも一緒にプレイ出来るからな、譲ってやってもいいぜ?

跡部……今すぐ自分の息の根止めたる……!

インドアだから吹くはずがないのに、ひゅおぉぉおぉ、と、風がどこからか吹いている気がする。た、助けて……!

「け、景吾さん……?」

「たまには、外からお前のプレイを見るのもいいだろう」

行ってこい、と肩を叩かれ、みんなに送りだされてコートに立つ。
侑士がチッと舌打ちをして―――でも、満面の笑みで一緒にコートに立ってくれた。えーと……笑顔が素晴らしすぎて、逆に怖いんですが……!

、がんばれよ〜!」

「次は俺とやろう〜!」

「なぜこんなことに……!」

ぴょんぴょん飛びあがって応援してくれるチビーズに手を振りながら、私は今の状況を必死に把握しようとしていた。
色んなところから汗が出る。ちなみに、確実に脂汗

相手はテニス日本一の男子中学生……そして、数々の摩訶不思議な技を持つ方々ですよ……!
菊丸印のステップとか、大石の領域とかだったらビックリするくらいで済むけど……波動球やウォーターフォールとかやられたら、腕が死んでしまうよ、確実に

そして。

運命の相手は……。

「……ぎゃー!!タカさん!!」

「はは、さん、よろしく……(ラケット持った)……お願いするぜ、バーニング、ハハハー!!!!」

腕、死亡ルート確定

「ふふっ……楽しみだね、ちゃん」

脳みそも死亡ルート確定

にっこり笑った不二様を見て、口から自分の魂が抜けていく絵が想像できた。

……どうしろと!!
この2人相手にどうしろと!!

「……よっしゃ、この勝負、俺らに分があるかもしれんでぇ……」

「何をおっしゃいますか、侑士さん!」

「えぇからえぇから。……ちゃんは、ちゃんらしいテニスをしてみ」

「私らしい、テニス……?」

そう言われても……習ったばっかりなので、自分の得意なことってのがあまりわからないし!ボレーだけは唯一好きだけど……勉強と一緒で、好きと得意はイコールで結ばれないんですよ!!えぇ、残念ながら!(涙)

「ウチの姫さんは、小難しいこと考えんと、そのまんまやった方がえぇってことや」

「…………それって、どーせ頭悪いんだから、ごちゃごちゃ考えるよりも体が動くままにやれってことですか?」

「そうは言っとらんけど……」

「でもそっちの方が遥かに自分らしいのでそーします」

「……さよか。ほな、行こか」

「行きましょか」

パチン、と1度侑士とタッチを交わして、ベンチを見る。
座って腕を組んでいた景吾が、1つ頷いた。






トスで勝った青学チームがサーブを選んだので、私たちはレシーブスタート。
侑士がデュースサイドを譲ってくれたので、私は大人しくデュースサイドに入った。
……ってことは、初めにレシーブを受けるのが私、というわけで。

「バァァニィング!!!」

ほら来たァァァアアアアア!!!!(泣)

どかーん!!という効果音(ホントに聞こえた)と共にタカさんが打ってきたバーニングサーブ。
本来なら叫び声も上げてる余裕はない。……つまりは、当てて返すので精いっぱい。
でも、サーブが速い分、ラケットの面を合わせただけでリターンは速く返る。
…………力強さに負けないよう、懸命にラケットを握って面を合わせた。

パァンッ!!

高い音が鳴って、なんとかボールはクロスに戻っていく。

「わぉっ、ちゃん、ナイスリターン!」

敵なのに褒めてくれる英二の声が聞こえた。
もちろんそれにこたえる余裕はない。タカさんのストロークは予想以上に重かった。

「グゥレイトォォォォォッ!!!」

「……ッ……よい、しょっ……」

打ち込まれるボールを、丁寧につなぐ。
私がミスしなければ、いつかは侑士がボレーで決めてくれるはず!それだけを思って。

別に速い球じゃなくていい。コースに正確に返せればそれでいいから、中ロブ気味の緩い球でも深く深く返すことを心がけた。
……というか、実際は球が重すぎてそれしか返らないんだけど(涙)

ラリーが続き、何度目かのうち合いの最中。
なんと、そこでタカさんがボールをネットに引っかけた。

「……う、そ……」

「オーマイガーッ!!」

つまりは、私がポイントを取ったということで。
…………信じられない。青学相手に、ポイントを先取したなんて。

ちゃん、ナイスラリーやで」

侑士がわざわざ前衛の位置から歩いてやってきてくれた。
差し出された右手を見て、やっと実感が湧く。

「……………うん!」

嬉しくて思わず笑顔になって、いつもよりもちょっとだけ強くタッチを交わす。

「侑士、もう1本、行こうね!」

そう言って、今度は私が前衛のポジションへ。
ちょっとの間その場に立ち尽くしていたらしい侑士が、聞こえないくらいの小さな声で何かをつぶやいた。

「…………あかん、笑顔で俺が戦闘不能になるわ……」







「……なかなか、やるな」

手塚がそうつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。
その賛辞の相手が、だというのは言わなくてもわかる。

「…………だろ?アイツは自分の実力にイマイチ確証が持ててねぇみたいだが」

「確かに、彼女の強さは実感しにくい部類かもしれんな。俺たち男子のような強打や強烈な技を持っているわけではない。しかし……丁寧なテニスをするからミスが少ない」

「きっちりコースにボールを打っているからな、あれは攻めにくいぜ。……それに、ロブやストレートなんかも使いどころがいい」

「女の子はロブが得意だもんね〜。ちゃんもロブ合戦得意みたいだし〜」

「……となると、まず河村にとっては苦手な相手だな。河村はパワーがある分、ミスも多い。丁寧につながれたら先にミスするのは河村だ」

「ロブ処理や回転系のショットも苦手だからな、河村は」

「さすがの不二も、あれだけ執拗に中ロブ気味の高い軌道のストロークでは、ポーチに出ようにも出れないだろう」

不二の身長も考えているのかはわからないが、のテニスはそういうテニスだ。
あいつの人柄を表わしているかのように、丁寧に繋ぐテニス。

「だが、前衛に回ると打って変わって攻撃的だな。ポーチのタイミングがいい。それにリーチが長い分出れる範囲が広いし、アングルボレーも使いこなす」

「……だが、彼女の強みはそれだけでない」

手塚が続けて呟く。
……さすが、気づくのが早いぜ。

「それを支えているのは、彼女の視野の広さだ。……普通ならボールがラケットに当たるインパクトの瞬間は誰でも目線がラケットに集中するものだが―――彼女は確実に打つ瞬間も『相手のことが見えている』。だからロブやストレートもうまく使えるし、ボレーのコースも的確だ」

「あいつの元々の目線の高さに加え、マネージャー業で培った能力だ」

「まだまだ発展途上みたいだが、1つ1つのショットは正確だ。派手さはないが、こういうプレイヤーは崩しにくい」

―――、全国1がお前を褒めてるぜ。

手塚の賛辞に、俺は会心の笑みを浮かべた。




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