「いよいよ今月から地区大会が始まる。地区大会は平部員と準レギュで問題ないだろう。各自、調整に入るように。以上、練習を始めろ」

景吾の言葉を聞き終わり、みんなが走って散っていく。

「ねぇ景吾」

「あーん?」

「……どうして地区大会、うちの学校出るの?」

都大会優勝校、ましてや去年全国ベスト16まで行ったら、地区大会免除じゃないのかな?
じゃないと、他の学校が可哀相だと思う。そこそこのレベルの学校がうちの学校と当たって、敗退したら、いくら強くても、ねぇ……。運頼みじゃん。

「知るか。全国優勝校の立海大付属だって地区大会からだぜ?」

…………なんてこったい。
これ、次の大会から考えた方がいいと思うよ!スーパーシード作ってあげなって!
…………そいや、青学だって地区大会からだったよな……うーわー、完璧に運もあるな、こりゃ。

でも。

「大会かぁ……やったね、応援しがいがある!」

「あーん?お前な……地区大会は平部員と準レギュだけで優勝できるくらいのレベルだぞ?それくらいだったら、レギュラーの応援しろ」

「平部員だろうとレギュラーだろうと、練習時間は同じ!頑張った時間も同じ!応援に差はつかないとも!……公式戦って、緊迫感があるからいいよね〜……楽しみvv全力を持って応援させていただきますっ!」

「……お前がそういうなら、俺もシングルス1で登録しとくか」

「あー、ちょっと待って!そしたら平部員の子が1人出れなくなるじゃん!平部員で地区大会はOKなら、平部員たちの子を出してあげるべき!その方が、次の代のためになる!」

試合を経験させられるなら、経験させておいた方がいい。
サッカーや野球と違って、途中交代が出来ないテニスは、試合の経験を積ませるにも苦労する。そんな貴重な経験の場を……!

「だから、景吾さんは都大会で頑張ってください!」

「………………ちっ……」

先輩〜、テーピングお願いします」

「はーい!……じゃね景吾!」

景吾に手を振りながら、テープを持って声が聞こえた方へ。
手早くテーピングを施すと、トントン、と肩を叩かれた。

「はーい?……あれ、ピ……日吉くん」

危ない危ない、ついつい『ピヨ』って言いそうになっちゃったよ……!
恐るべし、元の世界の習慣……!

先輩、手首のテーピング……お願いできますか?」

「うん、わかった。ピ……日吉くん、演舞テニスの方、どう?」

「えぇ、順調ですよ。やはりこっちの方が性に合ってます。……これで下克上も……」

「はは……でも、事実ぐんぐん上手くなってきたもんね……レギュラー目指して頑張れ、ピ……日吉くん!」

「………………先輩……その、『ピ』って言いかけて、その後慌てて日吉って言うの、やめてもらえませんか?」

「ギク。…………バレてた?」

テープエンドを貼り付けながら、ピヨを見る。……どうしても抜けないんだよ、この癖!
チョタとかがっくんとか、そのまま呼んじゃってるから、なおさら!
この際言ってみるか!?『ピヨ』って呼ばせてくださいって、言ってみるか!?
…………却下されるだろうなぁ……。

「先輩……顔の変化で何考えてるか、手に取るようにわかりますよ……」

「え!?…………えーっと、じゃあ、ピ……日吉くん」

「若」

「は?」

「…………『若』にしてください、呼ぶなら」

わ、若……若若若若若若若……(エンドレス)
よしっ、これからはピヨを止めて、若と呼ぶぞ!

「わかった、若と呼ぶことにしよう!」

「変な呼ばれ方より、よっぽどマシです。…………フン、これで先輩を俺のモノにすれば、跡部部長に…………下克上だ」

「あーん?何言ってやがる、日吉」

「あ、景吾」

いつの間に来ていたのか、景吾が若(覚えた!)の前に立ちふさがっていた。

「なんか言ったか?日吉」

「下克上だ。……そのためにはまず先輩を」

「あーん?……狙うんなら、他の女狙うんだな。悪いが、は売約済みだ」

「何の会話をしてるんですか、あなた方は―――!!!」

コート上でする会話じゃないでしょ!
何!?テニスと全然関係ないじゃんよ!

若がぐるり、と私の方へ振り返った。

先輩、今度の地区大会、来るんですよね?」

「うん、もちろん行くよ」

「跡部部長たちレギュラー陣は、毎年地区大会には来ないんです。……ということは、地区大会は、先輩は俺たちのために…………俺たちに会いに来てくれるんですよね?」

「…………えーっと……そうなる、ね?(色々違う気もするけど)」

ピクピク、と景吾の眉が動いた。
反対に、若の顔は満足げ。
…………ヤバイ、この景吾さんの様子だと、3秒後にはプッツリお怒りに……。



「ハイッ!」

「俺も地区大会に行く」

………………え?
その言葉の意味がよくわからなくて、思わず景吾をマジマジと見つめる。
若も驚いたらしく、景吾を凝視していた。

「えっ?ちょ、どういうこと!?試合はダメだよ、試合は!」

「……試合には出ねぇが、部長として、地区大会を視察する必要があるだろう。……なぁ、日吉?」

「……ちっ……」

今度は景吾がふんぞり返った。

「まだまだ甘ぇな、日吉。そんなんじゃ、次の代は、まかせらんねぇぜ?」

「……見ててくださいよ、今度こそ。……先輩のことも含めて、下克上だ」

「バーカ。は俺様のモンなんだよ。とっとと諦めて、次の代のマネージャーでも探すんだな」

……景吾がなんだか聞き捨てならない言葉を発していたが、もはや突っ込む気力もない……。
そういえば、マネージャー、いないよな……次の代でマネージャーが見つからなかったらどうするんだろう……。
やっぱ、引退しても少しは見に来ようかな……そうしないと、なんだかあっという間に部室が汚くなる気がする……!
もしマネージャー見つからなかったら、平部員たちの子に、掃除とかドリンクとか教えなきゃならないし……!



「うぁっ、ハイ!?」

考え事をしていたから、驚いて変な声を出してしまった。

「お前、そんなとこいると、ボール当たるぞ。こっち来い」

私がいたのは、コートからちょっと出たところ。
……確かに、コントロールを失ったボールに当たってしまうかもしれない位置だ。

今は特にするべき仕事もないので、景吾の傍へ。

「景吾ー、ホントに地区大会来るの?私1人でも平気だよ?監督には私から連絡するし、たまの日曜日、ゆっくり休んでたら?」

「俺様が行くっつったら行くんだよ。暇だしな」

「暇つぶしですか……まぁいいけど。…………あ、そうだ。私、明日、青学偵察に行ってくるよ〜」

「………………………は?藪から棒にどうした」

「手塚くんから折角許可もらったし、青学が1番のライバルだと思うしね」

……もしかしたら変わらない未来なのかもしれないけれど、少しでも可能性があるならそこに賭けてみたい。
勝つために出来ることなら、やれることはやっておきたい。
氷帝だってキツイ練習してるもん。
グラウンド100周にだって負けないくらい、キツイ練習こなしてるし。

がっくんがスタミナつけるために、基礎トレーニングを増やしてるのを知ってる。
侑士が技の精度を磨くために、何回も同じことを繰り返してるのも知ってる。
チョタはサーブを正確に決めるために、毎日ナイターまで練習してるし。
亮はライジングをするための、下半身強化のトレーニングだってしてる。
ジローちゃんがボレーを、コートに置いたバケツに入れる練習だって、何千回も見た。
樺地くんが、能力を最大限に生かすために、体作りをしてるのだって知ってる。
若が演舞テニスを短期間で習得するために、人の何倍も素振りしてるのも知ってる。
………………景吾が、家でトレーニングをしてるのだって、ずっと見てきた。

「…………勝つために、青学を見てくるよ」

未来を知ってるからって、どうにもならないことだと思いたくない。
私が生きてるのは『今』だ。

まだ、勝負の行方はわからない。

景吾が、はぁ、と息をついた。

ぽん、といつものように頭に手を乗っけてくる。

「……仕方ねぇな。わかった、行ってこい。…………帰りは迎えに行くから」

「うん!バッチリ見てくるからね!」

「あぁ。………………だが、ぜっっっっっったいに、アイツらには近寄るなよ。フェンス越しにずっと見てろ。しゃべるな、関わるな、絶対にだ」

「…………あのー、景吾さん……?」

「いいな?」

「りょ、了解〜」

思わず気迫に押されて、返事しちゃったけど。
…………どうなることやら、青学偵察。



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