ガシャン、ガシャン、と重たい機械音が響くのを聞きながら、私はタイマーをじっと見ていた。
準備期間だったけれど、今日は早めに学校から帰れたので、景吾とジムに来ているのだ。

「4・3・2・1……終了〜!それじゃー10分インターバルの後、こっちのセットメニューね。……ハイ、ポカリ」

大きく息をついて呼吸を整えている景吾にポカリを渡す。
無言でそれを受け取り、ゴクゴク、と喉を大きく動かしてポカリを飲んでから、景吾は小さく笑って言った。

「……大分、様になって来たじゃねぇか。プロトレーナーに負けねぇぜ」

「いや〜、まだまだ。修行、がんばりまっす!」

景吾の最大級の褒め言葉に、私はニンマリした。
プロ、は言いすぎだと思うけど……それでも、中々に嬉しい。

次のメニューを考えながら、細かい呼吸を繰り返している景吾を見る。
…………息遣いが、セクシーすぎます。

うん。

きらめく汗を流す景吾さんは、プロのモデルに負けないどころか、ガッツリ余裕で勝ってるね!



Act.16 別だけに、見せるカオ



ガシャン、ガシャン、と飽きることなくマシーンでトレーニングを繰り返している景吾を、ぼーっと見ていた。
いくら体が出来てるように見えても、まだまだ成長途中の中学生(精神は明らかに中学生の域を超えてるけど)で、筋トレをするのは避けたいところだ。
でも、景吾のたっての希望で、無理しない程度のインターバルを入れながらのメニューを組んだ。
もちろん、私だけの判断じゃまだ怖いので、トレーナー知識を教えていただいている、ここのジムの人にも相談して、組んだメニュー。中学生の限界ギリギリだ。

「……ホント、よく飽きないなぁ……」

見ているこちらは、飽き飽きしてしまうというのに。
……そういえば、こうやって景吾がトレーニングをしているところをはじめて見たのは、いつだっただろう。
ふとそんなことを思い返してみる。

こちらの世界に来て以来、景吾とはほとんど毎日一緒にいる。学校でも家でも一緒。
それだけ一緒にいたのに、最初は、景吾がトレーニングをしているのなんて見ることはなかった。
もちろん原作でのトレーニングの場面を見ていたから、その実力が運や才能の一言で片付けられるものではないのもわかっていたつもりだった。
だけど、あまりにもその日陰の部分を見せないから、景吾は本当に『部活の時間』だけテニスをやってるのかと思ってた。それくらい、オンとオフの切り替えはキッチリしていたから。

でも、そんなことはなかった。

「……そうだ、最初はランニングのとこを見たんだ」

休日の日に、姿が見えないと思っていたら、1人で外を走りに行っていたのを、たまたま見かけたんだった。
それを夕食のときかなんかに言うと、景吾はバツの悪そうな顔をしたっけ。

『……見てたのか』

小さく呟いた景吾の顔を思い出すと、ちょっと笑えてしまう。

どうやら、このプライドが超高い王様は、人に自分が努力しているところを見せたくなかったらしい。

見なかったフリをすればよかったかな?と思ったら、その次のオフの日に、

『……跡部グループ経営のジムがある。今日はそこに行くぞ』

と言われて、連れて行かれた。
そこで初めて、本格的な『トレーニング』をする景吾を見たんだ。

ジムでトレーニングをする景吾は、いつも部活で見せるような平然とした表情とかはなくて。
自分の限界を引き伸ばすためだけに努力する、1人のアスリートだった。

その表情に、最初は圧倒された記憶がある。

でも、同時にその『影』の部分を見せてくれたことを、嬉しく思った自分もいたんだ。

他の人には見せない部分を見せてもらった、自分が『特別』になった気がした。
……そのときはまさか、景吾とこういう関係になるとは微塵にも思っていなかったけれど。

「……なーにニヤついてんだよ」

突然背後からの声と、首筋に、ポタ、と水滴を感じた。

「お、終わったんですか、景吾さん……」

ドキリと跳ねた心臓を隠して、冷静を装って振り返る。
振り返った先にいる、セクシーすぎる景吾から視線を外せないまま、パタパタと右手で辺りを探ってタオルを手に取った。それをそのまま景吾に渡す。
ん、と一言頷いてから、景吾はタオルを受け取って、汗を拭いた。
その隙に、1番近くにあったトレーニングマシーンのラットプルダウン(頭上のバーを引き下げるトレーニング:腕の筋力を強化するマシーン)の椅子に移動する。少しでもこの生きる黄金素材から距離を取るためにね……!

「セット終わったのに、お前が虚空見てニヤついてるから、なんか変なモンでもいるのかと思ったぜ」

「虚空見てニヤつくって……そこまで……」

「お前、大分飛んでたぜ」

「…………ハイ、もう言い訳いたしません。飛んでてすみませんでした」

深々と頭を下げておくことにする。
景吾に勝つなんて……出来るわけないもの!

「……で?何をニヤついてたんだ?」

「え?」

「まさか、何もないのにニヤついてたわけじゃねぇだろ?」

「そりゃあね……それじゃホントにただの変な人だしね……」

コホン、と咳払いを1つして、『呆れられるだろうなー』と思いながら、口を開いた。

「景吾のトレーニング姿見ててさー……最初は景吾、トレーニングの姿なんて絶対見せてくれなかったよなー、と思って。それが今は、こうやって私がプログラム組むくらいまでになってるから、なんか感慨に耽りまして」

そういうと、案の定景吾は少し呆れたように肩をすくめた。

「……そんなことで感慨に耽ってどーするんだよ」

「い、いーじゃん!私にとっては素敵な思い出の1つなんだし!あ〜もう!この話これで終了!ニヤけた話はここで終了!トレーニング再開!私も鍛えようっと!」

恥ずかしさを誤魔化しまぎれに、ラットプルダウンのバーを掴み、ぐっと引き下げる。
けど、負荷がかなり重くしてあったのか、引き下がらない。恥ずかしさやらなにやらで、そろそろ頭が暴発しそうだ……と思っていたら。

景吾がスッ、と近寄ってきて―――背後に、景吾の体を感じた。

少し汗ばみ、火照った体。
背中で感じる景吾の胸板は、トレーニング後だからか少し厚く感じる。

バーを掴んでいる私の手を包むようにして景吾の手がバーを握り、私を間に挟むようにして座った景吾が、そのまま一気にバーを引き下げた。

ガシャッ。

私ではあまり動かなかった重りが、簡単に一往復して、重厚な金属音を鳴らす。

圧倒的な力の差。

耳元で感じる吐息や密着している体が、やけに恥ずかしい。

「……真っ赤だぜ、

「…………っ、わかってるっ!」

力いっぱいそう叫んで振り返ったら。
熱い唇が触れ合った。

「……っ……ふ、不意打ち……!」

「じゃねぇとお前、逃げるだろ」

しれっと答える景吾に、私は先ほどよりも顔が赤くなっていくのを感じた。

「……で?素敵な思い出ってのはどんなんか、俺様に教えてみろよ」

「そ、それは……っ」

「おっと、逃げられねぇぜ?」

景吾の言葉のとおり、すでに拘束されている。

私は究極の恥ずかしさの中で、尋問に答えなければならなかった。



説明後のキスは、トレーニングによる汗で、少ししょっぱい味がした。





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