「…………朝起きて1番に見る顔が貴様のだなんて、最悪の目覚めだぜ」

「それはこっちのセリフや」

朝から一触即発、昨夜の名残は今なお続く。






忍足がセットしたらしい携帯のアラームで目が覚めた。
俺のアラームよりも5分だけ早くセットされたそれが、やけに耳障りで目が覚めたのだ。

ふ、と目を開けて、いつものようにが腕の中にいないことに、まず小さなため息をついた。
その後、起き上がった忍足を見て、思わず顔をしかめる。

「…………朝起きて1番に見るのが貴様だなんて、最悪の目覚めだぜ」

「それはこっちのセリフや」

バサ、とタオルを持ってバスルームへ向かう忍足。
どうやら、昨日のことをまだ根に持っているらしく―――わずか数分でシャワーから出てきて、俺の存在を確認しやがった。まだ髪からも水滴が落ちているから、相当急いで浴びたのだろう。
これがだったら、まず間違いなく濡れた髪の毛を乾かし始めるが……コイツだ。そのまま放っておいて、俺も目を覚ますために、バスルームへ向かった。

熱めのシャワーを浴び、髪を拭きながらバスルームを出る。

部屋では忍足が荷物の整理を始めていた。
朝食をとって、ホテルを出たらもうここへは戻ってこない。朝食後すぐにチェックアウトするからだろう。

チラ、とサイドテーブルに置いてある時計を見た。

…………6:45。

朝食は7:00から、ということを全員に言ってある。
おそらく、大半の部屋では、6:30起床ということになっているだろう。
今の時間帯、ほとんどの部屋では同じように荷物整理などが行われているはずだ。

……だが、ふと不安が胸をよぎった。

しばし悩み、結局、立ち上がって、備え付けの電話に手を伸ばした。
忍足が荷物整理の手を止めて、訝しげな視線を向けてくる。

昨日押した数字と全く同じ数字を押して。
受話器に耳を当てた。

『プルルル……プルルルル……プルルルル……プルルルル……プルルルル』

エンドレスで聞こえてくるコール音。
10回ほど聞いて、ゆっくりと受話器を元に戻した。

あいつの性格上、シャワーを浴びてようと『起きていれば』、おそらく電話に出るだろう。
10回までコールを待ったのは、その為だ。
しかし……ここまで待って出ないということは。

髪を拭いていたタオルをベッドに放り投げ、上着を羽織った。

「跡部、どこ行くん……ハッ……まさか、ちゃんとこか!?」

「うるせぇ」

「あーかーんーでー……朝っぱらからちゃんの部屋行って、何する気や!?」

ドアを開けて、廊下へ出ようとしたところで忍足がガシリ、と腕を掴んでくる。
それがかなりうざったいので、手を一振りして剥がそうとしたが……忍足の野郎が、異様に力を込めていて中々剥がれない。

「……テメェにゃ関係ねぇだろ。放せ」

「大いにあるわ!……ほなら、俺もついてくわ!自分だけちゃんの部屋に向かわせたら、何するかわかったもんやあらへん!」

「はぁっ!?ついてくんな、眼鏡。テメェは荷物整理でもなんでもしてろ!」

「荷物整理なんて後ででも出来る。それよりも、まずは跡部の悪行を制止することのが先や。正義の行為や」

そう呟く忍足の顔は、目が据わっていて、明らかに正義のそれではない。
ぐぐぐ、と指を剥がそうと力を込めるが、それでもコイツの握力は増していた。段々と、黒い笑みが広がっていく。

「正義のカケラもねェツラしてよくいいやがるぜ……ッ……とにかく、放せ!」

「放さん。自分がちゃんの部屋に行かん、言うたら放してやってもえぇで」

ニヤーリ、と意地の悪い笑みを浮かべる忍足。
こうしてコイツと無駄なやりとりをしている間にも、刻々と時間は経っていく。

ちっ、と1つ舌打ちをして、忍足の腕はそのままで廊下へと出た。

俺の無言の許可(あくまで、仕方なく、の許可だ)に、コロリと表情を変え、鼻歌でも歌いそうな顔で、忍足が後をついてくる。……結局、コイツはの部屋に行きたかっただけじゃねぇか……ッ。

の部屋の前で1度立ち止まり、忍足のヤツによく言い含める。

「……いいか、何があっても動転するなよ」

「なんでやねん。なして俺がそないなこと―――」

「お前には刺激が強すぎるかもしれねぇからな」

「は?それ、どーゆー意味や、跡部―――」

忍足の声を聞き流し、俺はオーナーに昨夜から借りたままのマスターキーを使って、部屋のドアを開ける。隣で忍足が『まだ持ってたんか!』と小さく言ったのは、この際聞かなかったことにしとくぜ。

キィ、と小さな音を立ててドアを開ける。柔らかいカーペットにスリッパだから、足音がする、ということはないだろうが、それでもなるべく音を立てないように中へと進んでいった。

「おい、跡部。なしてマスターキー使って入るん?ピンポン押せばえぇやん」

忍足の言葉を無視して、ベッドに近づく。
手前のベッドは使われていないらしく(ツインルームだからベッドが2つある)、綺麗に整えられたままだ。
そして、奥の方のベッドに目をやると―――。

「……やっぱりな」

膨らみが、見えた。
それはすなわち、がまだ寝ていることを示しているわけで。

……時刻をもう1度確認すれば、すでに6:50。

心持ち大股になり、早足で近づいていく。
身を縮こまらせるようにして、少し丸くなっているの体に手を掛けた。

「……おい、。起きろ」

ようやく忍足も、ここへ何しに来たのかわかったらしい。
どうしたものか、という表情での近くへ寄ってきて……結局、俺と同じく、揺さぶることにしたらしい。の体に手を触れようとしたが―――寸前でそれを止める。

「いい。お前は近くにいるな」

俺の言葉に、むっとした表情で言い返す忍足。

「なんでやねん。俺かてちゃん起こしたいわ。自分のためばっか、ズっこいやろ」

「違う。……お前のために言ってんだぜ」

「は?」

「いーから、ちょっと離れてろ」

ゲシ、と忍足の腰付近を蹴っ飛ばし、を揺さぶる力を強める。

「おい、。いい加減起きろ。支度する時間なくなるぞ」

「……むー…………」

「ほら、とっとと起きやがれ」

「……んー……っ…?」

ようやくの目がゆっくりと開かれる。
まだ意識は眠っているのだろう、ぼんやりとその瞳に俺が映っている。

半ば強引にその体を半分起こさせた。そうでもしないと、または目を閉じて眠りの世界へ行ってしまう。毎日の経験で学んだことだ。

体を半分起こしているが―――ぼーっと前を見つめている。
乱れたパジャマからは、白い肌が覗いている。急いで少し整えたが―――忍足の目には、映ってしまっただろう。
そして視界の端で、忍足が少し身じろいだのを捉えた。
……あまりにも無防備すぎて、思わず手を出したくなったんだろうが、そうはさせねぇぜ。
ヤツの視界からさえぎるようにして、身を近づけた。

「……よう、ようやく目ェ覚めたか?」

「景吾……?……ん……おは、よう……」

朝一番でまだ顔に力が入らないのか、ふにゃ、と本当に無防備な笑顔を見せてくる
今度は、目に見えて忍足の体がビクリ、と揺れた。

「……もう6時50分だぜ。お前、朝食は何時からだか知ってるよな?」

まだ頭が働かないらしく、俺や忍足がなぜここにいるのか、どうやってここに来たのかも考えられないのだろう。
だがそれでも、俺が言った言葉を数秒間頭の中で咀嚼して―――ハッと目を見開いた。

「う、ウソ!?いやぁぁぁぁッ!えっ、ちょっ、待っ……てはくれないから……あぁぁ……!」

「5分で支度しろ。出来るな?」

「やらせていただきます〜〜〜!!……あ、あれ?侑士、おはよー!」

「あ、あぁ……おはようさん」

「じゃっ、そゆことで!また後で!」

着替えやらなにやらを引っつかんで、バスルームに消えていく
それを見届け、俺と忍足はの部屋の外へと出た。

パタンとドアを閉め、しばしの無言。
耐え切れないように、忍足が自らの顔を片手で抑える。

「…………自分、朝から、よくあんな誘惑に打ち勝てるな……あんな無防備な表情……尊敬するで……!」

扉の前で苦悩している忍足を置き去りにして、俺は自分の部屋へと足を進める。

「……俺様は我慢強いんだよ。……というか、あいつの無防備なとこにイチイチ反応してたら、毎日遅刻しちまう」

「………………いや、それはそれであかんけども!毎日見とるってのがあかん!……あぁ、やっぱりあかんのや!」

いきなり復活してきた忍足は無視して、自分の部屋へ。
……朝からこんな調子で、合宿2日目が始まるなんて、先が思いやられるぜ……。

俺の複雑な思いは、ため息となって空気に霧散した。




NEXT