昨日はマスターキー事件(これはもはや事件と呼ぶに値するよ……!)の後、交流戦のオーダーを組み立てていたら、寝る時間が深夜になってしまった。 そして、景吾に起こされたときは、すでに朝食開始10分前。……どんな方法で部屋に入ってきたかなんて、きっと昨日と同じだから聞くだけ無駄だろう。 ただ……朝のぼんやりとした記憶の中だから怪しいけど、侑士もいたような気がするんだけど……。 …………………………。 えーと……これはまぁ、曖昧な記憶の中で留めておこう。深くつっこむ=侑士に寝ぼけた姿を見られた、ってことになっちゃうからね……!前に牧場に泊まったときは、色々あったから(第1部、小話参照)あまりの驚きように寝ぼけなんて吹き飛んだんだけど……人様に見られるような寝起きじゃないからね、私は……! まぁ、細かいところはあやふやな記憶だから、ということにしておいて(強引)、とにかく慌しく朝食を迎えた。 相も変わらず素敵な朝食に感激して、食後休み&荷物整理の時間を挟んだ後、早々にチェックアウト。 そのまま私達は、昨日と同じくテニスコートへ直行した。 シトシトと降る雨で、湿気は最高潮。蒸し暑さが嫌な感じだけど、跡部財閥経営のインドアテニスクラブではそんなこと関係ない(除湿は完璧、空調設備も完璧)。 さて。合宿も2日目を迎えて残るは―――。 「Aコートでダブルス、Bコートでシングルスやるからね〜。ダブルスはダブルス1から。シングルスは、まずは、ジローちゃんと柳くんで行きます〜。ダブルスとシングルス、同時進行でバシバシ試合するから、みんな試合やってなくても体あっためておいてね」 氷帝対立海の、交流戦のみ。 予定通り、8時半にコートへついた私達は、さっそく試合の準備を始めた。 みんながベンチに荷物を置き、準備体操を始めるのを見ながら、ボトルとタンクを持って昨日の様に冷水器へ。 いつものように、ジャンジャンドリンクを作って、きゅっと蓋を閉じて持とうとしたら。 「「(ちゃん)、手伝う(で)」」 景吾、侑士、御両名のご登場(汗) いや―――!な、なに!?2人とも、なんだかやたらと火花?みたいなのをバシバシ出してるんですけど!? 一体何が起こったのかわからないけれど……それでも、手伝ってもらうわけにはいかないよ……ッ。 だって、このタンクは相当重い。……事実、昨日は手のひらの皮剥けたしね……(泣)プレイヤーの手は、ただでさえマメだらけ。さらに負担をかけるようなことは、したくない。 「平気平気。プレイヤーは手、大事にしてくださいな。あ、マメの処置だったら、これ終わったらするから、先にストレッチやってて〜」 ぐっ、とタンクを持ち上げようと、力を込める。 すると、にょきっと伸びた長い手が、タンクの取っ手を掴んだ。 「!?え、ちょ、け、景吾!?」 「持つ」 「ホント、大丈夫だから!」 タンクの取っ手を掴んでるのは、景吾さん。なんだか、侑士を蹴っ飛ばしたように見えたんだけど……!?え、気のせい……!? 景吾が取っ手を持ったとたん、ふわりとタンクの重みが軽減した。……ということは、それだけの負担を景吾が負っているというわけで―――。 「わぁぁぁ、大丈夫だって!景吾、そんなん持ったら、マメ潰れる……!」 「あーん?俺様がマメなんて作るわけねぇだろ。それに、日頃から手のひらは鍛えてるからな。お前みたいに皮なんて剥けねェよ。……で?これ、どこ運ぶんだ?」 「や、ホント平気だから!(滝汗)」 「どこ運ぶんだ?(眼力)」 「……う……あー……コートの隅っこ」 「わかった」 「って……いやぁぁぁ!私が持ちます!持ちますから!……あぁ、だったら、そっちのドリンクカゴを1つ持っていただいて……(あっちはせいぜい5キロ程度だし……!)」 冷水器付近にあるはずの、ドリンクカゴをバシッと指差そうと思ったら……あるはずの場所に、ドリンクカゴさんはいらっしゃらず。 ふと後ろに気配を感じて振り向けば、ニッコリ笑顔の侑士がヒラヒラと手を振っていた。い、いつの間に背後に回った……!? 「ちゃん、こっちは持ったから平気やで」 「!!!ギャー!侑士〜〜〜!!!な、なななな、なんで……!」 「そのタンクは跡部に任せて、俺と一緒に行こか」 「1人で勝手にどこへでも行ってろ、バーカ。……、行くぞ」 「……あぁぁぁ……なんでこんなことにぃぃぃ〜……せ、せめて景吾さん、半分で……!侑士、私も半分カゴ持つから……!」 懇願するように(というか、実際懇願した)、ガシリとそれぞれの取っ手付近を持ったら。 お2人が顔を見合わせて、少し息を吐いた。 「…………ほらな」「…………やっぱしなぁ」 …………何をわかりあってるのですか、お2人とも。 それで結局、3人仲良く、まるで買い物帰りの親子のように並んで、雑用をこなすことに。 実際のところ、2人が手伝ってくれて、すごく仕事がはかどったことは間違いない。 ひれ伏さんばかりにお礼を言って、その他の細々とした雑用を行う。その間にみんなはストレッチ。 そして―――。 「ベストオブワンセットマッチ!氷帝・芥川vs立海・柳!」 「ベストオブワンセットマッチ!氷帝・忍足、向日ペアvs立海・丸井、桑原ペア!」 交流戦が始まった。 「アングルボレーで来る確率、95%……」 「へっへ〜。確率ではわかっても、俺のボレーは返させないよ〜!」 柳くんのデータテニスとジローちゃんのマジックボレー対決。 こう言っちゃなんだけど……実力的には、やっぱり柳くんはずば抜けている。ジローちゃんにとっては大分格上の相手だろう。 だけど、ジローちゃんのマジックボレーは、『データにない』ところにも落とせる。そこでどれだけ攻めれるか、が今回のゲームの課題だ。 ボールがラケットに触れる直前、瞬間的な判断でジローちゃんはリストを使ってボレーの方向をコントロールすることが出来る。柳くんが予想し、動き出した方向とは反対の方に落とせれば、ポイントは取れる。 「……っと……あっぶね〜。足元ギリギリだC〜」 だけど、柳くんも、ジローちゃんのデータは収集済みなのだろう。ベースラインギリギリの深いストロークでジローちゃんを前に出させてくれない。前へ出ようと動き出したら、即座に足元目掛けてボールを打ってきて、またベースラインへ釘付け状態。どうあっても前へ出させてもらえない感じだ。 ジローちゃん得意のサービスダッシュも、柳くんが少しライジング気味の、早いテンポで返してくるから、前へ出る時間がない。 「……今後のジローの課題が見えてきたな」 スコアを取ってる私の横で、景吾が試合を見ながら呟いた。 「そだね……どうやって自分のポジションへつけるかが、今後の課題だね」 「特にサービスダッシュだな。これからは通常のボレー練習に加えて、打点が前でも打てるスライスサーブの特訓だ」 「ん。メニュー考えとく」 スコアを書きながら、紙の端っこに『スライスサーブ』を書き加えておいた。 今のジローちゃんのサーブは、通常のフラットサーブ。スライスサーブに切り替えることによって、打点が前になり、スタートダッシュが早くなる。さらに、スライス回転は滞空時間が長いから、その分ネット際までダッシュする時間も増える。 関東大会までの期間は短いけれど、ジローちゃんならきっと出来るだろう。 「ゲーム!6−2、立海柳!」 審判役の亮の声で、ゲームが終了。 「くやC〜!あーでも、すっげー面白かった!」 「ふむ……まだ芥川のボレーのデータは収集率70%というところか……興味深い」 「なんだよそれ〜。褒めてんのかなんなのかわかんねぇ〜。……あっ、ダブルスの方は!?まだダブルス1終わってねぇ!?丸井くんの試合、見たい見たい!」 「ダブルスはまだ終わってないよ。5−2でうちが負けてるみたいだけど。……あ、次のシングルスは、若と赤也くんね〜」 はい、とヘーイ、という二重奏が聞こえる。その間に、ジローちゃんはもうすでにダブルスコートに向かって走っていた。 「下手したらあと1ゲームじゃん!おーい、岳人ー!忍足ー!頑張れー!もうちょっと丸井くんのプレイ見せて欲Cー!」 ジローちゃんのなんともいえない応援の仕方に、カクリ、とみんなの力が抜けた。 「アホ、ジロー!応援する理由がちゃうわ!」 「うっわ……侑士、ぜってーこのゲーム取るぞ!」 「まかしとき、岳人」 まぁ、ジローちゃんの応援(?)が功を奏したのか、この後うちが2ゲーム連取して、5−4になる。 だけど、反撃もそこまで。 4つの肺を持つ男、ジャッカルの体力勝負に、いつの間にかがっくんの体力がジワジワと削られていたのだ。体力が底を尽きてきて、明らかに反応が鈍くなったがっくんを徹底的に狙われて、結局6−4で負けてしまった。 シングルスのスコアを書きながら(ちなみに、樺地くんが3−2で勝っていた)、ドリンクボトルを渡しにダブルスコートのベンチまで走っていく。 ぜぇぜぇ、と荒い息を吐いてベンチに戻ってきたがっくんに、ポン、とドリンクボトルを渡した。言葉を発する体力すらない、という感じで、無言でボトルを受け取るがっくん。 ふと視線を感じて頭を上げれば、様子を見ていた景吾と目が合った。景吾が1つ頷く。 景吾が頷いた意味を理解して、私はニッコリ笑ってがっくんの肩に手を置いた。 「がっくん」 「…………?」 「明日から、体力強化メニュー、追加の方向で行こうね♪」 「うっ……わ、わかった……クソクソッ」 景吾がまた1つ、頷いた。 NEXT |