ホテルに戻ってのお休みタイムは、まだお預け。

練習後なのに、ただいまテニス中。







「ゲーム、、鳳ペア!」

あの後、一旦は30-30になったものの、結局チョタが頑張ってくれて、1ゲーム取ることが出来た。
パチ、ともう1度タッチを交わして、チョタがコートを出ていく。

「今度は俺やな」

がっくんの横で見ていた侑士が、ゆっくりとコートに入ってきた。
持っていたボールをラケットで遊ばせながら。

ちゃん、サーブやるか?」

すぐ側まで来た侑士は、微笑みながらそんなことを言う。
私がサーブを苦手と知ってて、侑士は言ってくるのだ。

「……勘弁してください。侑士、お願いします」

深々と頭を下げると、ぽん、と侑士の手が頭に乗る。
ククッという、低くてエロい笑い声が頭の上から聞こえてきた。

「任せとき。……ほなら、行くで」

侑士がエンドラインまで下がったのを見届けて、私も前衛のポジションにつく。
トントン、と侑士がボールを弾ませる音がして―――。

バシッ、と、いう力強い音がして、視界の端にボールが映った。
横目でそれを見ながら、ボールを追いかけるように前へ出る。

若のリターンは、侑士のサーブ速度に比例して、かなり速い。……どうしてみんな、手加減って言う言葉を知らないのか。……ま、この人たちが手加減なんてするはずないって、最初っからわかってたけどさ……!(泣)

侑士と若のラリーを横目で見ていると、不意に後方から声が聞こえた。

ちゃん、前出るで」

「……ん、おっけ!」

侑士がアプローチショットを打ちながら、前へと出てきて並行陣へ。

「あっ、忍足ズリィ!俺がやろうと思ってたのに〜!」

「堪忍な、ジロー。俺もちゃんとこれやってみたかったんや」

バシ、バシ、と正確に侑士の足元を突いてくる若のボール。そのイヤ〜なボールを、これまたいとも簡単に返している侑士は、余裕綽々でジローちゃんと会話をしている。

ちゃん、遠慮せんでドンドン出てえーで」

「う、うん……」

それでも、中々若のボールは浮いてこない。並行陣対雁行陣で、向こうの方が不利なはずなんだけど……キッチリ侑士の足元に狙って返すボールは流石だ―――って、えっ!?

「わぁっ!?」

いきなりストレートに打ってきた若。
私がボンヤリしてるのを見て、狙ってきたんだろう。
なんとかラケットに当てるだけはしたけれど……ボールはボレーの名手、ジローちゃんの所へ。
本当に楽しそうに、ジローちゃんが、ビシリ、とアングルボレーを打ってきた。
今度は反応しきれない。綺麗にアングルボレーが決まった。

「0−15な」

「あぁぁ……ごめん、侑士……!」

「大丈夫やて、気にせんとき」

侑士の言葉で、大分気持ちが楽になる。そして、ボンヤリしていたことを反省して、今度はキッチリ心に喝を入れた。

ちゃん、こっから挽回や」

「うんっ」

―――そこからは侑士のゲームメイクのおかげもあって、着実にポイントを稼ぎ、2ゲーム目も取ることが出来た。
2ゲーム目を終えてから、一旦ベンチに戻ってちょっと休憩へ。
観戦していた立海メンバーも交えて、談話を始める。

先輩、すっげーっスよ!女テニかなんかで大会出れば、上位まで行くんじゃないッスか!?」

「そ、そんなわけないって!」

「しかし、さんのプレイはその辺の男子プレイヤーにもひけを取りませんよ」

「買い被りですってば……!」

「ジローが教えたのか、あのボレー。……なら、今度は俺が天才的妙技を教えてやるぜぇ!」

「無理っ!それはブンちゃんにしか出来ないシロモノだから!」

立海メンバーの言葉に、それぞれ返答しながらタオルで汗を拭く。
とめどなく汗が流れてくるよ……!ホテル戻ったら、まずはシャワー浴びよう。
そんなことを考えていたら、今まで黙って何かを書いていたマスター柳が、ふと書くのをやめた。

「ふむ……大体のデータは取れた。俺が持つ女子テニスのデータと比べても、は都大会上位校のレギュラーに匹敵する力を持っていると言えるぞ」

……何かを書いていたのって、私のデータだったんですか……!
ここは、うちのレギュラーのデータを取るべきじゃないんですか……!いや、取られても困るけどさ!

「柳くんまで何を言うんですか……!」

「面白そうじゃのう。今度は俺と一緒にダブルスやってくれんか」

「仁王くん……普通に柳生くんと組んでた方がいいと思うよ……!」

「ふふ……また今度、なにか一緒にやるときは、ぜひちゃんも交えてやろうよ。…………そのときまでには、俺も体調整えるから」

…………全国ナンバーワンの実力を持つ幸村くんとテニスするなんて、とんでもないことこの上なく、ただの社交辞令かもしれないけど……でも、今体調を崩している幸村くんにとっては、どんな形でも早くテニスをやりたいのだと思う。

「……うん。足手まといもいいとこだけど、その時はぜひ一緒に」

ニコ、と幸村くんが微笑んでくれる。
あぁ、白幸村くんの笑顔…………!(感激)

ほんわりとその笑顔を見ていたら、スッと動く影。

「……んじゃ今度は俺と樺地だな」

「ウス」

亮が立ち上がって、屈伸をし始めた。
そろそろゲームを再開するらしい。

私の隣に座っていた景吾も、ゆっくりと立ち上がった。
肩に引っ掛けていたジャージをバサリと脱いで、ベンチに置く。



「うん」

一言だけ言葉を交わして、どちらからともなく私は前衛へ、景吾は後ろへとポジションを取る。
別に打ち合わせをしていたわけじゃないんだけど―――今までの経験やらなにやらで、自然と私の足は前衛へと向いた。まるでそこに行くのが当たり前のように。
少し体勢を低くして、試合開始に備える。

亮がスッとトスを上げた。

ぎゅっとラケットを握りなおす。

「……どらぁっ!」

ドッと力強い音が右耳から入ってくる。
そして直後に『パァンッ!』と気持ちのいい音も。

かなりのスピードでラリーが続いている。
亮お得意のライジングによるラッシュで、かなりラリーのペースは早いんだけど―――それでも、景吾はなんなくそれを返していて、さらに自らもライジングでペースを上げようとしてるんだから、とんでもないことだ。

そのうちに、亮がネットに引っ掛けて、0−15。
私は結局、ボールに触れることなくレシーバーに入る。

バシッ!

体の真正面に向かってくるような、嫌なサーブを亮が放ってくる。
バックかフォアかどっちで取るか一瞬迷って―――結局、フォアの小さなスライスでなんとか返した。

「おらぁっ!」

「……わっ……!とと……」

相変わらず、亮のペースは早い。
ボールのスピードもあるから、一瞬でも油断したら、私が構える前にボールが横をすり抜けて行くだろう。

「……くっ……」

本来なら、早く私も前に出たいんだけど……亮のペースの早さに、ベースラインにほぼ釘付けだ。
この状況を打破するには―――

返って来たボールを、ぽん、とラケットで触れるだけで返す。
まだまだ未完成だけど、侑士に教わった、一応ドロップショット(のつもり)。短めにコートに入ったボールを追いかけて、亮が前へと出てきた。

パァン、と体重の乗った力強いアプローチを、なんとかラケットの面で捉えて―――ストレートのロブを返す。
ストレートにはチョタよりも長身の樺地くんがいる。だから、天井スレスレのところまで上がるような、高いロブを上げた。

「……ゲッ……、やるじゃねーかッ!」

亮が例の超ダッシュでそのロブを取りに行くのを見て―――私もネットダッシュ。
景吾が、まるで私がネットダッシュをするのをわかっていたかのように、1歩下がってセンターケアをする。
今度は私がネット際まで詰めて、返って来る亮のボールに備えた。

「……ちっ……」

多分、普通の人だったら届くので精一杯なストレートのロブを、亮はほぼ完璧な体勢で返してくる。中途半端な体勢だったらストレートに飛んでくるはずのボールは、きちんとクロスへ返っていった。

だけど―――それでも『完璧』なストロークじゃない。

「景吾っ」

「任せろ」

少し浮いた中ロブ気味のボール。それを見逃す景吾じゃない。
景吾がラケットを肩に担いだ。

……ドシュッ!

角度をつけた、お手本のように綺麗なスマッシュ。
ひゅぅっ、と誰かが口笛を吹いた。

「……0−30」

がっくんの声に、ところどころからため息のようなものが聞こえてきた。えっ、なんで!?

「……と跡部ってば、どうして、こう相性いいんだろうね……」

「俺様とだからに決まってんだろ。今更、んなこと言うんじゃねーよ、ジロー」

「……どこまでもムカつくヤツやわ、跡部……」

「フン。……

ニヤリ、と景吾が笑って、拳を突き出してきたので。
コツン、と私も自分の拳を景吾の拳に突き当てる。

「このまま、一気にケリつけるぜ」

「……出来るかぎり、頑張ります……!」

こうして。
結局3−0で、私たちのチームの勝利で、練習後のミニゲームは終わりを告げた。





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