ドリンク作り開始から15分ほど。大きなタンクのギリギリまで水を入れて、ようやく作業を終える。

「……よしっ……」

タンクの中身を軽く手でかき混ぜて、念のために一口味見をしてみる。大丈夫、今日もいつもの味!
蓋を閉じて、持つところに手をかけ、全身の力を込めて持ち上げた。

「んしょ……っ」

いつもは9リットルのタンクだから、めいっぱい入れて、タンクの重さを合わせても10キロ程度なんだけど……今日は、14キロのどでかいタンク。タンクの重さと合わせたら……15キロかー……しんどいなー……(泣)

でも、その分1度作っておけば、長持ちするだろうし。

「……っ……重っ……」

地面スレスレに持ち上がったソレを、落とさないようにして歩き出す。
お、思ってた以上に重い……!

それでもなんとかコート内に入り込み、1番近くのコーナーに設置する。
ドスッ、と地面に置いた後は、赤くなった自分の手のひらにふーふー、と息を吹きかけた。
薄くだけど、皮が剥けてる……!それだけ重かったってコトだろう。

もう1度冷水器の方へ戻る間に、指の関節が固まっていたので、何度か握ったり開いたりを繰り返して、感覚を蘇らせる。
微妙に感覚がないまま、冷水器の傍に置いてあるボトルを手に取った。
レギュラー全員分のボトルなんて持ってこれないから、今日は5本のボトルを飲みまわしだ。

2本ずつポカリとアクエリのボトルを作り、残りの1本には普通の水を入れておく。口が甘くなったときに、水で口直しが出来るように、と考えて。

出来上がったボトルを抱えてコートへ戻れば、もうみんなはフットワークに入っていた。
どうやら、氷帝と立海、両方の学校のフットワークを混ぜてるみたいだ。私が見たことのないメニューもやっている。
見たことないフットワークのやり方を頭の中に叩き込みながら、ボトルをベンチにドサリと置けば、ベンチに座っていた幸村くんがこちらを向いてふわりと笑った。

「タイマー、ありがとう。救急箱の中に戻しておいたから」

「あ、こちらこそありがとうございます。すごく助かりました」

ペコ、と頭を下げれば、幸村くんの表情が少し曇った。
座りなよ、とベンチを指し示されたので、一瞬迷った後にすとんと腰を下ろす。今日は出席をとる必要もないし……フットワークの最中はやることもないから、大丈夫だろう。
なんだろう、と思っていると、幸村くんが少しだけ微笑んで、視線を合わせてきた。

「あ、あの……幸村、くん?なにか……?」

「…………さっきみたいに話してくれないかな?」

「へっ?」

「そんな他人行儀に話さないでいいから。これから2日間、そんな調子じゃ疲れると思うよ」

「え、えーと……」

幸村くんが、じぃっと私を見つめてくる。
……あぁぁ、逃げ出したい……!そ、そんな見ないで!目の毒ですよー!(絶叫)

「氷帝の部員に接してるように、俺たちにも接して欲しいんだけど…………ダメかな?」

「いやっ!そ、そそそそんなことはないですけどっ!全然ダメじゃないですけどっ!!!」

「ふふ……ありがとう。じゃ、まずは手始めにその口調から直してもらおうかな?」

……私がすぐに肯定するのを見越していたのだろう。幸村くんは、先ほどまでの少し暗い表情を一変させて、にこやかな笑顔。

完璧に幸村さんの術中に嵌められた私は、ぐっと言葉に詰まった。
く、口調……!普通の口調……!幸村くんたちには、どうしても敬語を使いたくなっちゃうんだけど……が、頑張れ、私!

「……あー、じゃ、いつもの感じで、行き、ます……えと、タイマーやってくれて、ありがとう」

「そうそう、それでよろしく」

ニコ、と笑ってくれる幸村くん。今度の笑顔はこっちがほんわかする笑顔だった。
もうね……美形、最高よね!(ガッツポーズ)
ほわーっとしていたら、コートの方から、大きなお声。

!」

「はいっ!」

お声の鋭さに、思わずベンチから立ち上がり、直立不動の構えを取ってしまった。
この声の主が誰かなんて、わかりきってる。

「け、景吾……どうかした?」

「…………球出ししろ」

いつの間にかフットワークが終わっていたらしい。
結構キツかったらしく、がっくんなんかは膝に手を当てて荒い息を吐いている。
景吾さんも汗はかいているものの、こちらはしっかりと仁王立ちをして私達を見ていた。

「うぁ、ご、ごめん……!今行く!」

コートに走り出そうとして気付く。ヤバイ、ラケット……!

「景吾、ラケット貸してー!」

「あぁ。好きなの使え」

「バッグ、どこにある?」

「ベンチのすぐ横」

その声と共に、くるりと体を反転させてベンチに戻り、景吾のバッグを探し出す。
見慣れたそのバッグから、ラケットを1本取り出した。

「……珍しいな」

それを見ていた幸村くんが、ポソリと呟いた。
バッグのジッパーを元に戻しながら、顔を幸村くんに向ける。

どうかした?と聞けば、ゆるく頭を振る幸村くん。
ふわふわの髪の毛が、ゆらゆらと揺れた。

「いや……独り言だから気にしないで。……このメンバーだから大丈夫だとは思うけど、飛んでくる球には気をつけるんだよ?」

「う、うん……じゃ、行ってきまっす!」

景吾のラケットを握り締めて、コートの中へ。
コートはまず2面だけ使用するみたいだ。2つのコートに、両校のメンバーがごちゃまぜになって並んでいた。
景吾が寄ってきて、くい、と親指で奥の方のコートを指し示す。

「お前はあっちのコートの球出ししろ」

「了解〜。こっちのコートは?」

「メンバーが交代でやるから、そっちは気にしなくていい。……左サイドはフォア、右サイドにはバックで、1人3球ずつで頼む」

「おっけっ!」

ぽん、と景吾の手が頭に乗っかり、そのまま景吾は元の位置に戻っていく。
私は、カゴが乗ったカートを移動させて、ちょうど中央らへんにドン、と置いた。そのまま、両サイドに並んでいるみんなのところへ、指示されたとおりの位置にボールをぽんぽんと打ち出した。

「……バック……フォア、と……」

球出しってのは、簡単そうで結構気を使う。まして、このメンバーだったら、下手な球は出せないしね……!

まだコントロールが危ない私は、一瞬たりとも気が抜けない。球出しだけなのに、それだけで汗をかいてきた。
それに引き換え、ボールを打っているみんなは、さきほどのフットワークの時とは別人のように、生き生きと球を打ち返している。
疲労はしてきたけど(特に腕に)……こうしてみんなが楽しそうにテニスをしているのを見ると、こちらまで楽しくなってくる。

「はいっ、次行くよーっ」

「おー!どんどん来ーいっ!」

元気ながっくんの声。どうやらあの疲労具合から復活したみたいだ。
夢中になって、後は球を出し続けた。



「ボール、なくなりましたー!」

「よし、じゃ1度ボールアップだ。ボールアップ後に、10分間休憩な」

カゴいっぱいのボールを打ち終えて、ようやくボールアップ。
私もボールアップに参加して、ひたすらカゴの中にボールを入れていく。
あと少し、となったところで1度更衣室に戻り、大量に持ってきたタオルを冷水器の水で絞り、休憩に入り始めた人に手当たり次第に配り始めた。

「うぁ〜……冷たくて気持ちE……ありがと、ー」

「ありがとうございます、さん」

ジローちゃんと柳生くんの感想に、つくづくマネージャーをしていて良かったと思う。
思わず緩みそうになる口を押さえた。

「ううん、それは良かった!……あっ、中身なくなったボトルはちょうだい!タンクから継ぎ足してくる!」

休憩が始まってすぐなのに、すでに空になっていたボトルを3本回収して、一目散にタンク目掛けて走っていく。
さ……今日も忙しそうだぞ、と!





タンク目掛けて走っていくを見送りながら、赤也が感心したように呟いた。

「…………先輩、働き者ッスね〜……」

おそらく全力疾走だったのだろう。は、あっという間にコートの隅に置いてあるタンクにたどり着いていた。

「これまで数多くの学校のマネージャーを見てきたが……これほどのマネージャーはそうはおらぬだろう。……うむ、美味い」

赤也と同じく、タンク目掛けて走っていくを見ていた真田が、ボトルから口を離すと共にそう褒めた。
その褒め言葉に、ニンマリと岳人とジローが笑う。

「だろだろ?は、ナンバーワンのマネージャーだと思うぜっ」

「へへ〜、羨まC?」

まるで自分のことのように胸を張る2人。

「……………………」

可愛さあまって憎さ100倍。
氷帝チビーズの言動に、近くにいた仁王のこめかみがピクリと動き―――

「……プリッ」

「……いでー!いででででっ、にゃにふんだよ、におー!!!」

こめかみだけでなく、ついでに手まで動いて、岳人の頬をつねりあげた。
びよーん、と盛大に伸びる岳人の頬。
それを見ながら、いつものようにガムを膨らましていた丸井が、拍車を掛けた。

「そーだそーだ、仁王、もっとやっちまえ!こんなコート使えるだけでズリィのに、もいるなんてズルすぎるだろぃ!譲れ!」

「ふぇっふぁいやらふぇー!ふふぉふふぉひほー!はなふぇよー!(絶対やらねー!クソクソ仁王ー!放せよー!)」

「……(聞こえないフリ)」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ岳人たちを横目に見ながら、宍戸が呆れたようにため息をついた。

「なにやってんだ、あいつら……激ダサだな」

さんは、なるべくあの人たちに近づけないようにしましょうね、宍戸さん(ニッコリ)」

「…………………おぉ。お前のそれがあれば、大丈夫だと思うぜ……」

長太郎の笑顔に、いつもは見慣れているはずの宍戸も思わず凍りついた。
そして同じく凍りついた人間が2人。

「おい忍足……お前んトコの2年……なんだか笑顔が怖くねぇか……?」

「……ややなぁ、ジャッカル……そんなん今更やて。……あぁ、でも俺も1つ言うとくわ。……自分ら、ちゃんに何かしたら、ただじゃおかんで……?」

長太郎の笑顔と同じくらい黒さを帯びた、忍足の笑顔。普段はなんの意味も成さない眼鏡が、そのときもキラリと無意味に光った。
それを横で見ていた日吉が、これまたボソリと呟く。

「……忍足さんが言うことじゃないでしょう……」

「やかましいわ、日吉。俺がちゃんを守ったるんや」

「……忍足さんに守らせるくらいでしたら、俺が先輩を守りますよ」

「なんやて?どーいう意味や」

「どういうもなにも、そういう意味ですよ」

「日吉、自分、偉そうになったやん……?」

「忍足さんこそ……」

「あぁ、もう、2人ともやめろって!どうして俺はいっつもこういう役回りなんだよ!」

睨み合いをはじめた2人を、慌ててジャッカルが止めに入る。
それでも睨みあいをやめない2人は、今度は言葉の合戦を行い始める。

「……ったく、なにやってんだ、あのバカ眼鏡は」

それを見ながら、呆れたようにため息をつくのは、もちろん跡部景吾。
すぐそばにいる幸村が、ふふ、と笑みを漏らした。

「……氷帝は、随分雰囲気が良くなったな。去年はもっと殺伐とした雰囲気だったけど」

幸村の脳裏に蘇るのは、去年の練習試合。
まだあの時は、『仲間』というよりも『同じ部活の知り合い』といった風だった彼ら。
各自が己のテニスを磨くのに精一杯そうに見えた、あの頃。

「……確かに、前より話すようにはなったな」

騒ぎ続ける岳人たちを見つめながら答える跡部自身が、なによりも変わった。
前から自信に満ち溢れてはいたけれど―――今はそれに、余裕すら感じられる。

「……跡部、君の雰囲気も変わったね」

「……あーん?」

訝しげな跡部に、幸村がまたにこりと笑みを返す。
その笑みからは、何も読み取ることが出来ない。

「……まさか、君が自分のラケットを他人に貸すなんて、思いもしなかったよ。ジュニア選抜の時でさえ、他人に貸すのを嫌がったというのに」


『俺様の物は俺様の物、他人に貸すなんてことあるわけねぇだろ』


それは以前、跡部に『1度でいいからラケットを貸してくれ』と言った者に対して、吐いたセリフ。

おそらく跡部も、かつて自分が言った事を思い出したのだろう。
しばし思案した後、ふいと視線をそらして返答した。

「…………あれは、だからだ」

「……ふふ……そうかもしれないな。……君がそこまで夢中になるちゃん……俺も、すごく興味がある」

幸村が、ゆっくりと視線をに向ける。
ボトルにポカリを移し終えたらしく、がボトルを3本両腕に抱えてこちらに走ってくるところだった。

「まだ飲む人―――!!!」

の声に、色々なところから『はーいっ!』と返答が上がる。
返事があった人間に、適当にボトルを渡していく

「…………言っとくが、は俺のモノだからな。これだけは、譲れねぇ」

の笑顔を見ながら、跡部は幸村に小さく言い捨て、ベンチを離れていった。
つかつかと部員達の前を通り過ぎ、の側へ。

、俺様も飲む」

「あ、景吾ー。ハイハイ、ポカリねー」

「ん」

ボトルを受け取り、満足そうに飲む跡部。
が口を開くと、少し目を細めて―――本当に愛しいものを見つめる目つきになる。
去年までの彼からは、まったく想像がつかない笑顔だ。
それを見て、幸村が楽しそうに呟いた。

「……ふふ、跡部もあんな表情をしてるだなんて、自分で気付いてないから面白いな……」

誰にともなく呟いた声が、たまたま真田の耳に入ったらしい。
真田が汗を拭く手を止めて、幸村の方を見る。

「幸村?何か言ったか?」

「……いや、なんでもない。……この合宿、色々と楽しめそうだね」

「(?楽しむ……?)……実り多い合宿となることは、間違いないだろうな」

「あぁ。……俺も、この体さえ自由に動けば―――」

「……無理はするな。あと少しの辛抱だ」

「…………わかってるよ、真田。……今回は、ちゃんの手伝いに専念するさ」

「………………あぁ」

幸村の言葉に、ゆっくりと真田が頷いた。




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