神奈川のとある駅で、私達は下車した。 心持ち急ぎ足で改札に向かってると、改札の外にいるきらびやかな軍団に、誰に言われるでもなく目が行く。 もちろん、きらびやかな軍団ってのは、例の方々ですよ……! ホント、あの周りだけキラキラしてる気がする……! 「……め、目立つね、立海……!」 「あーん?……まぁ、あいつらはガタイがいいからな」 ……うん、中学生で180センチなんて、ホント、バスケの選手行った方がいいと思うよ。 180センチ台の柳、真田を初めとして、部員のほとんどが170センチ後半の恵まれた体格だ。まだまだ成長期だし……きっともっと伸びる子もいるだろう。 傍から見たら、絶対に中学生だなんて思えない。芸能人かなんかの集団だと思うかも。 だけど、こちらも負けず劣らず目立つ軍団。 あ、とまず赤也がこちらに気付いた。 腕が千切れんばかりに、ぶんぶん、と両手を振ってくる。 あぁ、可愛い……!ワカメ頭をくしゃくしゃと撫でたいよ……! 「センパーイ!おっはようございまーっす!」 「あ、赤也く…………うぁ!?」 突如目の前に現れた、景吾と侑士にさえぎられて、赤也たちが視界から消える。 「よぉ……まずは、部長の俺様に挨拶だよなァ?2年坊主」 「〜〜〜真田副部長!前から気になってたんスけど、なんなんッスか、この俺様!」 「俺様を知らねぇとは……おい、幸村、真田。テメェら、どんな指導してんだよ、あーん?」 「……本当に相変わらずだな、跡部。こうして話すのはジュニア選抜以来か」 「真田か……テメェも相変わらずじゃねぇか。年齢詐称疑惑の皇帝さんよォ?」 「うぬっ……そういうお前こそ……っ」 なんだか改札越しにバチバチ火花を散らしてる2人。 いや、もう、この2人は確実に中学生の域を超えてますが……! が、合宿開始前からどうなのよ、これは……! なんともいえない雰囲気に、おろおろしていると。 ぐいっ。 「!?」 可愛さなら中学テニス界No.1だと、私が勝手に思い込んでる、我が氷帝チビーズに手を引かれて、少し体勢を崩しながら後ろを振り向くことになった。 「ど、どしたの?」 「は俺らのだかんなっ!」 「!?が、がががっくん!?」 なんだかもう、一歩間違えたら誤解しまくりそうなセリフを、可愛い子に上目遣いで吐かれて、私の頭の中からは何もかもが吹き飛んだ。 しかも、極めつけといわんばかりに、ぎゅーっと抱きついてきたチビーズ。 な、ななななんなのこの子たち……!か、可愛すぎるんだけどー!!!私を、萌え死にさせる気ですか!?え、昇天一歩手前ですけども! 人目とか、もうどうでもいいやっ!(え) 私もぎゅーっとチビーズを抱きしめた。 あぁ……幸せ……ッ! ほんわかと幸せに浸っていたら。 目の前で真田と言い合っていらっしゃった景吾さんが、ちらっと顧みて、一言。 「岳人、ジロー……離れろ」 ピシー…………ッ。 ―――ヒィィィィ、け、景吾さんが怖いよー!!(ガタガタ) どうしたの景吾さん、最近怖い……ッ。 言い知れない迫力に押され、がっくんとジローちゃんがそろそろと離れていく。 私は固まったまま、その場に立ち尽くすことしかできない。 「…………、行くぞ」 腕を引っ張って、ズンズンと歩き、改札を抜けていく景吾。 立海の人たちの前に行ったから、挨拶をしようと立ち止まろうとした―――のだけれども。 「け、けけけ、景吾―――!?ご、ご挨拶はー!?」 「俺様が済ませたからいーんだよ。オラ、行くぞ」 「えぇぇぇぇぇぇっ!?」 景吾は荷物を持っていないから、動きの軽やかなこと。 改札に向かってくる人を器用に避けて、立ち尽くしたままの他のメンバーに目を向ける。 「後のヤツは俺様について来い。バスを用意してある」 「け、景吾さぁぁぁぁんっ!」 「……口塞がれてェか?」 「んなっ!?」 強制的に発言権を奪われ、私は結局景吾にされるがままに、連行された。 跡部家ご予約のマイクロバスは、少人数(私を含めて、氷帝が9人、立海は8人の計17人だ)なのに、大型マイクロバス。無駄な経費は抑えましょう、景吾さん(どうせ跡部家提供なんだろうけど) 乗り込んだら乗り込んだで、景吾と侑士に半ば強制的に席を決められ(隣は景吾、前には侑士とがっくん)、ほぼ立海の人たちからは隔離された状態だったんだけど。 しばらくして、ニッコリ笑顔の 他の人たちも、こちらの様子を伺ってるのが目の端に映る。 …………そして、景吾さんの仏頂面も、視界に映る(汗) 「ちゃん、今日と明日、よろしく」 景吾の仏頂面を軽やかに無視な方向ですね、幸村くん。 私も出来るなら、景吾さんの仏頂面をなかったことにしたいものです。 でも、まさかタイムマシンなんてないので……結局、景吾さんに怯えながらも、幸村くんに顔を向ける。 「あー……えっと……さっきは挨拶出来なくてごめんなさい。……こちらこそ、どうぞよろしく」 軽く頭を下げると、ニコリ、と幸村くんが微笑んでくれる。その笑顔に、私も固まりかけていた表情を、笑顔に変えた。 「……んな顔見せなくていーんだよ……ッ」 小さく景吾が何かをボソリと呟いて、ちらりと幸村くんを見た(注:正確には睨みつけた) …………そしたら、幸村くんが、例の笑顔を景吾に向けた。……うわぁ、真っ黒全開……!一体なにが起こったの……! 「え、えーと……ゆ、幸村くん、合宿に参加して、大丈夫なんですか?」 なんとか話題を変えようという必死さが溢れる私の言葉。無理やりだよ、という突っ込みはご容赦願いたい。 でも、半分以上は本気で聞きたかったこと。 体調がよくない中で、合宿なんかに参加して大丈夫なんだろうか。 幸村くんは一瞬驚いたように目を見開いた後―――ニッコリと笑った。 それは、先ほど、景吾に見せたような笑顔とは全然違う種類の笑顔で。 ……ヒィィィ、真っ白な笑顔は、違った意味で心臓がドキドキするよー! 「―――ありがとう。今は大分落ち着いていて、過度な動きさえしなければ日常生活に支障はないんだ。宿泊許可はドクターから貰ってるから、大丈夫だよ」 「あ、そ、そうなんだ……じゃ、ぜひともコーチみたいな感じでよろしくお願いします。うちの監督、やっぱり忙しくて顔くらいしか見せられないと思うので」 太郎ちゃんはやっぱり忙しいから、お泊りなんて出来そうにない。 1回顔を見せに来る、とは言っていたけど……多分本当に、ちらっと見に来て終わっちゃうだろう。……一体、太郎ちゃんは何をやってるのか、気になるんですが……! 「うん、じゃ、2日間よろしく。特に、ちゃんにはお世話になると思うから」 「……は氷帝のマネだからな」 幸村くんがニッコリ笑ってきたところに、景吾がボソリとまた呟いた。今度はなんとか言葉を聞き取ることが出来た。 「うちにはあいにくマネがいないからね、今日と明日だけは、ちゃんは氷帝と立海の臨時マネージャーってことでお願いするよ。いいよね?ちゃん」 「……………………わ、私でお役に立てるかわかりませんが、どうぞよろしくお願いします」 「あかーん!ちゃーん!」 聞き耳を立てていたのだろう侑士が、ものすごい勢いで反応した。 ……あ、あかんって……!でも、立海にマネがいないってわかった時点から、私が多分全部やるんだろうなー、と思ってたし。 「大丈夫だよ、侑士〜。ヘマはしないようにする〜」 「ちゃう!俺が言いたいのは、そないなことやなくって……あぁぁ……!」 「……侑士、わかった。わかったから。俺らがなるべくの傍についてりゃ、問題ねーって。な?」 なんだか嘆き始めた侑士を、ポンポンと慰めているがっくんがやたらと可愛くて、見入ってしまった。 まずは、バスで今晩泊まるホテルに移動して、荷物を預けることに。 部屋にはまだ入らなかったけど……とりあえず、フロントだけでやばかった。 世界のVIPが泊まるような、超高級ホテル。まかり間違っても、中学のテニス部が合宿で泊まるような場所ではないことは確かだ。床とか大理石だし!なんだか、ホテル内に噴水とかあるし! 荷物だけをとりあえず預けて、その後はさっさとインドアテニスコートへ。 インドアテニスコート、と言っても、全部で4面あるから驚きだ。どうやら、テニススクールも開校しているらしい。……今日は、私たちのために休校らしいけど。 「うひゃー……すっごいね……」 ズドーン、と広がるコートに、しばし見とれる。 ホント、跡部家ってば一体どんなお金持ちなのよ……! 「それじゃ……着替えとかもあるだろうし……10時から練習開始でいいかな?」 幸村くんがテニスコートにある時計を見ながら、みんなに了解を求めた。 ただいまの時刻は、9時45分。15分もあれば十分だろう。 みんな、その意見に賛同して、各々更衣室へ。 私も着替えを持って、女子更衣室へ行き、手早く着替える。 部活をはじめてから、かなり着替えるのが早くなった。 朝練なんて、1秒の争いだからね……!それに、誰も見る人なんていないので(更衣室は遠いので、1人、部室のトレーニングルームで着替えてる)ババッと大胆に脱げるし。 かなりの速度でシャツを脱ぎ、ポロシャツを着る。上を羽織ろうか迷ったものの、結局、動いているうちに暑くなるだろうと見越して、着るのをやめた。 インドア用のテニスシューズ(景吾が昨日買ってくれた)を履いて、まずは救急箱を持って、更衣室を出る。 すでに何人かコートに出ている。 ……あれは、いっつも着替えが早いがっくんと亮だ。立海では、赤也とジャッカルのコンビがストレッチを始めている。 それを見ながら、救急箱をベンチに下ろし、ドリンクを作りに一旦更衣室に戻る。更衣室にボトルやらタンクやら置いてきたからね。 ちなみに、タンクは宅配便で送ってもらった。ドリンク用のボトルはなんとか数本持ってきたけれど、タンクは流石に持ってこられなかった。だけど、水の消費量が半端ではないこの時期、タンクがないのは相当辛い。 そんなわけで、普段は使ってない大きいヤツを宅配便で送ってもらい、いつものようにコートの端っこに設置しようというわけだ。コップは面倒くさかったので、部室に余っていた紙コップ! ま、宅配便使っても、部費もまだまだ残ってるし!(というか、部費を使う前に、景吾や太郎ちゃんがポンポン出してくれてる) 流石にテニススクールをやってるだけあって、ここには冷水器がついていた。 ガシャ、と足元のペダルを踏んで、水を出す。 上手くボトルに注ぎ込めるように位置を調節して、左手でボトルを支えながら、タンクの中にポカリの粉を入れた。 ふっ……複数の作業なんて、慣れたもんよ……! 普段使ってるのよりも、随分大きいタンクには、なんと14リットルもの水が入る。 でも……まぁ、午後もあるんだし、14リットルくらい作っておいてもいいだろう。 インドアだと風もないし、蒸し蒸しするだろうからね……!インドアでも熱中症にはなるから、水分補給はこまめにさせないと。 「んー……時間かかるな……」 こういう意味では、冷水器では面倒くさい。 1度にたくさん水が出てこないから、水を溜めるのに非常に時間がかかる。 タンクは持ち上げるのも大変だから、ボトルに溜めた水を、タンクに流し込む……って感じなんだけど、一体この作業を何回やればこのタンクはいっぱいになるんだか。 何度ボトルの水をタンクに移し変えても、タンクは満杯になる様子を微塵も見せない。 ずっとこの作業をしていると、いつの間にかコートに出ていた景吾が、近くまで寄ってきた。 「、練習始めるぞ」 景吾の声に、ペダルを踏んでる足と、ボトルを支えている手は固定したまま、顔だけを振り返らせる。 「あ、うん、わかった!ランニング、時間計る?」 「あぁ……いや、幸村にでも頼む。お前、大変だろ」 「んー、やれないこともないけど……やってくれるなら、そっちの方がありがたいかも」 「わかった。じゃ、始めてる」 そう言って去っていく景吾。 今の言葉をみんなに伝えているらしい。 幸村くんが小さく頷くのが見えた。あっ、タイマーの場所……! 「タイマー、救急箱の中に入ってるからー!」 思わず叫んで、ハッとする。 ……うわ、つい部活の時に1年生に言うような口調で言ってしまった……!ど、どうしよう、馴れ馴れしすぎたかな……!? けど、幸村くんは気にする様子もなく、救急箱を開けてタイマーを見つけ出してくれた。 あまつさえ、その後に手を振ってくださった。 気にしていない様子に、ホッと安堵する。 よかった……!怒ってない! しかし、幸村くんに雑用をやらせるのもとても気が引ける。 冷水器に『もっと大量に水よ出ろ!』と念力をかけ。 意味はないとわかっているのに、力強くペダルを踏み込んだ。 NEXT |