『たっぷり寝かせてやるからな』

「…………どー返事しろというのですか、景吾さん…………」

ボソリと呟いた声は、女子更衣室(豪華シャワーつき)にコダマした。






着替え終わり、その他もろもろの用事を済ませた後、意識したことで本格的に重くなってきた腰とお腹に喝を入れた。うぉ……これは本気でヤバそうだ。
更衣室を出れば、荷物は大方片付けてあった。どうやらみんなが分担してくれたらしくて……本当に身の縮こまる思いだ。

「ごめんね、みんな。本当にありがとう」

再度深々と頭を下げれば、みんなが『気にするな』と言ってくれた。
満足にマネージャー業もできないなんて……今後はこんなことがないように、しっかり体調管理だ。

残っていた片付けをばばっと終わらせ、テニスコートの建物の前に両校メンバーが集合する。
みんながしっかり揃ったのを確認して、真田くんが口を開いた。

「少々時間は早いが、これで合宿の全日程は終了した。氷帝と立海、お互いに切磋琢磨することが出来た、有意義な合宿だったと思う。昨日行った練習、そして今日行った交流戦、その経験を生かして、両校、関東大会では全力で戦い合おう。……幸村」

「合宿中に、新たな発見もあったみたいだし、まだ関東までは時間があるから、もっと技術を高めていこう。まだ甘いところが多いよ。俺から言うことはこれくらいかな。本当はもっと言いたいことがあるけど……跡部」

「あーん?俺様が言うことはたった1つだ。昨日今日でわかったことは、関東までの2週間、死ぬ気で練習しろ。以上だ」

真田くんの後に、幸村くん、景吾の言葉が続いた。……なんだか、それぞれの性格が現れているコメントだ。
ともかく、3人の締めの言葉に、ウィース、とみんなの声が揃った。
さ、解散かな、と思っていたら、景吾の目がこちらを向いた。

、お前の目から見て、なにか言うことはあるか?」

「えっ?」

「マネのお前から見て、気になることはあったか?」

「あぁ……えーと、そうだなぁ……。これからもっと暑くなるし、湿気も多くてベタついて体力奪われるから、みんな、頑張って体力つけようね。それから、暑いからって、冷えたドリンク、カパカパ飲まないこと。冷えたドリンクだと逆に体に悪いから、たくさん飲みたかったら、常温のドリンクを飲んでね。あ、あと着替えは大目に持ってきて、汗かいたらこまめに替えてください。……これくらいかな」

「「「「「うぃーす」」」」」

みんなの声がキッチリ揃う。
景吾の手が、ポン、と頭に乗った。

「よし、じゃあこれで合宿は終了する。ご苦労だった」

「「「「「お疲れっしたー!」」」」」

ペコッ、とみんなで頭を下げあって、一応合宿は終了。

終わったー……と、思わず安堵の息を吐いた。
重かった下腹部と腰も、安堵で少し軽くなった気がする。



「ん?……景吾、何?」

隣にいた景吾が携帯を持って、少し離れた場所を指し示した。

「電話してくる。お前、辛かったら座って待ってろ」

「ううん、大丈夫だよ」

どこでも心配性な景吾は健在だ。
くしゃりと私の頭を撫でて、携帯を持って移動する。きっと、バスの人にでも連絡を取っているのだろう。

結局帰りは、景吾がバスをチャーターしてくれて、氷帝と立海、共に1台ずつバスを借りて帰ることになった。
だから、解散の合図は出たけれど、まだこの場で待機。バスを待たなきゃいけないからね。
結局、解散前のように、各々集まって、話し込んだりなんかしてる。

…………わ、私も帰る前に色々思い出を作ろう……!今回の合宿は、夜中まで誰かと話しこむ、ってプランが出来なかったからね……!(唯一1人部屋だったし)ここで、いっぱいみんなと話し込んでおこう……!

とにかく誰かと話そうと、キョロと視線を動かした。

ちゃん」

「あ、幸村くん」

話しかけようと意気込んでいたら、逆に話しかけて来てくれた!!!!!(感動)
いつもの微笑を浮かべて、幸村くんが近寄ってきた。

「2日間、どうもありがとう。すごく助かったよ。お世話になったね」

「いえいえ、最後の最後でごめんね。あんま役に立てなくて」

「そんなことないよ。ちゃんがいる氷帝が、本当に羨ましい。……また今度、うちにも遊びに来て欲しいな。いつでも大歓迎だから」

「ありがとー!ぜひぜひ遊びに行かせてください!……幸村くんも、体に気をつけて。今度会うときには―――」

「うん、テニスが出来るように、頑張るよ。……俺、実は今度、手術受けることになってるんだ。それが成功したら―――きっと、今度はちゃんの前で、テニスをする」

「…………うん!成功したら、じゃなくて、成功して、テニスしてるところ、見せて欲しい!」

幸村くんのテニス―――どんなものか、全く知らないけれど、きっとものすごくカッコいいんだろう。そして、強い。
彼の手術が成功することは知っているけれど―――それでも、心の底からお祈りしたい。

「…………頑張って!」

「……ありがとう」

「幸村ばっかり話して、ズルイけんのう。ちゃん、また遊びに来んしゃい」

「そうしたら、今度は、私が入れた紅茶をお出ししますよ」

「仁王くん、柳生くん!うん、ありがとう!」

ー!ほら、アップルミントガム!甘いし、すっきりするから、体調少しはよくなるかもしれねぇだろぃ!?あ、やっぱ俺って、天才的?」

「あはは、ありがとー、ブンちゃん!天才的だよ〜!」

ブンちゃんが差し出してくれたアップルミントガムを貰う。
そしたら、赤也が必死な表情で近寄ってきた。

先輩〜、絶対絶対、また会いましょうね!?試合会場で会っても、知らんぷりとかしないでくださいよ!?」

「まさか、そんなことするわけないじゃん!赤也くんこそ、知らんぷりはやめてよね?」

「しないッス!絶対声かけますから、俺!」

「赤也、はしゃぎすぎだ。……おう、グチくらいなら、いつでも聞くぜ。なんか他人事とは思えねぇからな」

「ジャッカルくん……お互い、頑張ろうね(ホロリ)」

「……俺たちがもう1度出会う確率は、100%だ。またお前に会えることを、心から楽しみにしている」

「私も、柳くんたちにまた会えるのを、楽しみにしてる」

私の言葉に、柳くんが少し微笑み、サラサラの髪の毛が微かに揺れた。
その柳くんの背後から、電話を終えた景吾が、ゆっくりとこちらへ戻ってくるのが見えた。

「バスはもう着くみてぇだ。各自、すぐに乗れるように準備しろ。……、お前はもういいから、座っとけ。樺地、荷物持ってやれ」

「ウス」

「あ、ちょっ……平気だって言ってるのに〜」

「あーん?聞こえねぇな」

聞・こ・え・て・る・で・しょ、け・い・ご・さ・ん!(泣)

色々詰め込んであるから、きっと他の人のものより重いであろう荷物を、樺地くんが持ってくれた。あぁぁ、いつも荷物もちさせてごめんね、樺地くん……!

「お、バス来たみてぇだぜ〜」

1番初めにバスが来たことに気付いたのは、がっくんだった。
細かい霧雨の中から、バスが現れる。

目の前で止まったバスは2台。立海と氷帝、両校の分だからだけど……1台がハンパなく大きい。観光バスみたいな大きさだ(というか、ATOBE KANKOって書いてある……!また跡部財閥の片鱗を見た)
どうしてわずか10人にも満たない人数のために、こんな大きなバス1台を使うの……!ガソリン代がもったいないじゃないのよ……!(どこまでも貧乏性)

「さっさと乗り込め。夕方で道路が混み始める前に帰るぞ」

「ほな、お先に乗らせてもらうで。……ほなまたな、立海さん」

「じゃーな!また関東でなー!」

侑士、がっくんがまず乗り込み、続いて亮とジローちゃんが乗り込む。

「ではな、また会おう」

先輩、また今度!」

ちゃん、無理はせんようにしとき〜」

柳くん、赤也くん、仁王くんが、立海のバスの方に乗り込んだ。
続々と続くみんな。
軽く手を握られ、引っ張られた。

もちろん、引っ張る力の持ち主は、景吾さん。

、行くぞ」

「あ、はーい。じゃあ、またね!」

立海バスの方に、ヒラヒラと手を振ろうとしたら。



呼び止められる。

「ん?……あ、真田くん」

バスの前に仁王立ちしている真田くん。……そういえば、さっき、真田くんとだけは話さなかった……!私としたことが、なんという失態……!(違)
なぜだか、景吾が握ってくる手の力が、少しだけ強まった。

「……世話になったな。礼を言う」

「お礼を言われるようなことじゃないよ〜。ぜひまた、よろしくお願いします」

「あぁ。またいずれ、必ず会おう」

「…………うん!じゃあ、またね!」

笑ってお別れ。またすぐに会えるから。
バイバイ、と手を振ったら、なぜだか真田くんが帽子を目深にかぶって、すぐに踵を返してしまった。…………なぜ。

「……ちっ……真田のヤツも危ねぇな……」

「え?けーご、なんか言った?」

「……なんも言ってねぇよ。オラ、さっさと行くぞ」

「うわっ?」

ズンズンと怒ったように歩いていく景吾を不思議に思いながらも、バスに乗り込む。
1番前の窓際の席に座らせられた。いつの間にか、後ろにいたはずの侑士たちも前にやってきている。

「出発いたします」

運転手さんの声と共に、ゆっくりとバスが動き出す。
並んで止まっていたバスが、静かに離れていく。

窓から立海バスを見て、小さく手を振った。
中にいた赤也くんたちも気付いて、手を振り替えしてくれる。

やがて見えなくなる、立海バス。

「…………お疲れさん」

ポン、と景吾の手が頭に乗っかって。

合宿は終わったのだと、実感した。



長いようで短かった、2日間。

濃度の濃すぎる充実した2日間。

…………色々な意味で疲れた、2日間。

様々なことを思い出しながら、私はやがて眠りに落ちてしまった。




NEXT