「疾きこと風の如し……っ!」

「……甘ぇよ!オラっ!」

「ふむ……さすがだな、跡部」

「ごちゃごちゃほざいてる暇あったら、それ以外の技出してみろよ、あぁん?」

頂上決戦は、熱い戦い。





ゲームカウント、2−0。
景吾のリードで、試合は展開していた。

しっかりとサービスゲームをキープした景吾。続く、真田くんのサービスゲームも、なんとブレイクしてしまった。
……というのも、2ゲーム目の30-0までは、真田くんが『風林火山』を出さなかったから、真田くんの力は半分も出ていなかったと思うんだけど。
最後の最後で、真田くんが出した『風林火山』のうちの『風』。だけど、景吾はそれを簡単に返してしまった。それで、2ゲーム目も連取。

続く景吾のサービスゲーム。これもしっかりとキープして3−0になった。真田くんは、何度か『風』を使ってきたけれども、景吾があまりにもあっさりと追いついて返すから、途中で使うのをやめた。……景吾、大分走りこみしてたからなぁ、その成果だ。それに、成長した亮のライジングもすぐに返してたし。

「オイ、真田。テメェこんなもんだったか?」

「ふっ……関東大会前の最後の練習試合だからな、全ての技を調整しようと思っていたところよ。ちょうどいい、跡部。お前相手になら、全て使えるだろう」

「全部まとめてさっさとやってこいよ。じゃねぇと、俺様の完封勝利になっちまうぜ?」

「……それはないな。我が『風林火山』のうち、どれか1つには餌食になってもらうぞ」

「ほざけ、バーカ」

こんな会話してるけど、実際はものすごいラリーの応酬の真っ最中だ。どうして、そんな余裕ぶっかましてられるの……!テニスしながらの会話って、ものすごい疲れるのに……!

スコアを書く手を止めて、じぃっとラリーを見ていたら、てくてくと近寄ってくる影が1つ。

ー、ボトルのドリンク、なくなっちまったー」

影の名は、氷帝のマスコット、みそっ子がっくん

どうしよう、上目遣いでボトル差し出してくるがっくんが、とてつもなくかわいいんですが……!オプションでキラキラついてませんか……!?(幻覚)
あぁ、汗で髪の毛がへばりついてるよ、がっくん……!そのへばりついた髪の毛を直してあげたい……!(怪しい)

「あ、ごめん、すぐ足してくるっ。……えーっと……ごめん、柳くん、スコアお願いできるかな?」

「わかった。……あぁ、ならばこの試合通して、俺がスコアを取っても構わないか?色々とデータも取りたい」

「あ、ホント?そうしてくれるとありがたいよー。まだちょっと他にもやることあって」

「うむ、仕事に精を出してくれ」

「ありがとー!……亮、タオル!ほっとかないでちゃんと拭く!」

柳くんにスコアシートを渡して、がっくんのボトルを受け取った。
タンクに向かって走りがてら、ベンチに座って、汗だくで頭にタオルを乗っけたまま試合を観戦していた亮に注意をする。
そして、すれ違いざまに赤也くんにも一言告げる。

「それから赤也くん、右足つってたよね?ボトル足してきたら、すぐにストレッチするから待ってて」

「あ、は、はいっ。ありがとーございます!」

がっくんの持っていたボトルと、さらに他のボトルで量が少なくなっていた2本を持って、コート脇のタンクへ、全速力ダッシュ。
かがみこんで、ボトルの中にドリンクを注ぐ。
ギリギリまで入れてから、きゅっ、とコックを捻って、ドリンクが出てこないのを確認し、すくっと立ち上がった。

ら。

とたんに、クラッ、と目の前がチカチカ点滅した。
……やばい、立ち眩みだ……っ。

ふらっ、としそうになったのを、根性で足に力を入れて堪える。
しばらく目を閉じて、チカチカがなくなるのを待った。

そっと目を開けてみて、チカチカがなくなったことを確認。

「……がっくんー!ハイ、ポカリ!……あ、赤也くん、こっち来て、座って!」

誤魔化すように、大声を張り上げた。
オーダー表のこともあって、昨日はちょっと寝不足だし……あれの方も、先月は都大会ごろだったから、今月はもうすぐだ…………その所為かな……う、心なしか腰が痛い……。
嫌な予感が頭をよぎり、少し重い下腹部に手を当てたけど、フルフルと頭を振るって、追い出した。
……またちょっと、眩暈がした。






「……ちっ……」

ゲームカウント、5−4。後1ゲームで俺の勝利。
だが、優勢ではあるものの、まだ『勝ち』ではない。
それに―――真田は4ゲーム連取している。不本意だが、流れは向こうに傾いている。

「ふっ……跡部、どうやらこれは攻略できないようだな……」

「あぁん?ウルセェよ、黙っとけ!」

途中までは5−0で一方的な試合展開だった。

『風』を攻略し、次に使われた『火』は、ライジングによって、極端に跳ねる前に返した。以前の俺では力で押し負けていただろうが……梅雨でコートが使えなかった際に、かなりウエイトを積んでいたから、筋力がかなりUPしていた。その甲斐あって、あの真田の攻撃に力負けすることはなかった。さらに、繰り出された『火』をライジングで返し、速いテンポにすることによって、次に『火』を出させる隙を与えない。
これで、『火』は封じた。
そこまでは俺の独壇場だった。

だが…………。

「……ちっ……」

鉄壁なディフェンス、どこにどう打っても、全て拾われて打ち崩すことが出来ない。
これが、風林火山の『山』。

この『山』が発動して、あっという間に4ゲームを連取された。
今も、カウントは40-15。唯一とったポイントは、ドライブボレーで打ち込んだ1回のみだ。

「はぁっ!」

不意をつかれた一瞬に、真田が強烈なボレーを打ってきて、ポイントを取られた。

「ゲーム真田、ゲームカウント、5−5!」

追いつかれた……ッ。
ちっ、ともう1度舌打ちをして、休憩のためにベンチに戻る。
すぐにがやってきて、タオルとボトルを差し出してきた。

「頑張れ」

一言そう言ってニコリと微笑む。
余計な言葉は言ってこない。たった一言。だが、その言葉に込められた強い意味。その一言で十分だった。
そしてまた、はまた走って行く。同じく休憩に入っている真田にも、ボトルとタオルを渡し、今度はベンチから離れていく。……どうやら、クールダウンを始めた他のやつらの面倒を見るみたいだ。

切原の足の具合を診るために、少しかがんだを見ながら、貰ったポカリを口に含む。
を見ながら、どうやって真田を打ち崩そうかしばし考えた。

「……おい、跡部」

「あぁ」

気付けば、真田が近くに立っていた。
真田の再開を促す声に返事をして、ボトルをベンチに置いた。
俺が立ち上がるのと同時に、視界の端でも立ち上がるのが見えた。
……と思ったら。
なにやら、がふるっ、と頭を1つ振った。

「……?」

見慣れない仕草に、コートへ向きかけていた足が止まる。

「跡部?」

先ほど、ドリンクの追加をしにいったときも、同じような仕草をしていた気がする。
それ以外は普通なんだが―――アイツはなにせ、何も言わない人間だ。……周囲の人間が注意していなければ、気付かないこともある。

インドアテニスの照明は、上を向いたときに眩しくないように、少々暗めに設定してある。
その中でも……先ほど見たの顔は、少し顔色が悪くなかったか?

じっとを見ていると、俺の行動に気付いた真田が少し眉をしかめた。

「……跡部、試合中だぞ。いくらが気になると言っても―――」

切原の足を上げ、ストレッチの補助をしている
なぜだろうか、妙に気になる。どこかがおかしい。

無意識だろうか、切原と話している最中、ふとの手が動いた。
腰を伸ばして、とんとんと叩く仕草。

そこで、ふと記憶の扉に思い当たる。
見覚えのあるその仕草は―――。

「……おい、跡「真田」

声を遮ったことに、真田の眉間のシワがさらに深まる。

「……なんだ」

「テメェ、の得意技知ってるか?」

「……の、得意技?」

まるっきり話題の焦点が掴めない、とでも言いたげな真田の顔。
視線はに向けたまま、簡潔に答えた。

「…………辛いのを、笑顔で誤魔化すことだ。……おい、!」

ビクッ、との肩が揺れた。
そろそろと俺の方を向いてくる。……こうやって怯えていると言うことは、やはり何か隠していることがあるのだ。

「な、なに、景吾……?」

ズカズカとに近寄り、グイッと方を掴んだ。
ストレッチを受けていた切原が、驚いて目を見開いている。

「…………、体調悪いのか?」

「そ、そんなことないよっ!」

間髪入れずに答えてくる
だが、それが逆に怪しい。

「顔色悪いぞ」

「えっ!?そ、そそんなことは……ちょ、ちょっと昨日寝るの遅かったからだよ!」

「ほらみろ、寝不足なんじゃねぇか。その上、お前、もうすぐあの日「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

の手が伸びてきて、俺の口を塞ぐ。
その手を取って、目の奥を見つめた。

「体調、悪いんだな?」

一瞬泳ぐ視線。

「………………そ、そんなことな「悪いんだな?」

の言葉を遮ってそういえば、罰が悪そうに視線が逸らされた。
それでも、往生際悪く『えーと』なんて言ってるコイツは、周りの人間がどうにかしてやらないと、1人で突っ走り続ける。……そして、この間のように倒れるだろう。

「おい、真田―――」

「言わずともわかっている。……、体調が悪いなら無理をするな」

「え!?いや、ホント大丈夫だって!そ、そりゃ、万全の体調ってワケじゃないけど(月に1回はあるものだし)……大丈夫だよ!」

「お前そんなコト言ってて、この間都大会で倒れたんだろうが。……樺地、携帯持ってこい。連絡して、迎えを呼ぶ」

「ウス」

樺地がバッグの方へ歩いていくのを見て、が大慌てで俺の腕を引っ張ってきた。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと、景吾、一体なにを……!」

「迎えの車呼ぶんだよ。確か、ホテルに一台、車が置いてあるからな、すぐに来るだろう」

「ま、まだ交流戦終わってないし……!」

「あぁ……幸村」

「うん、すごく有意義な合宿だったし、依存はないよ。それよりも、ちゃんの体調の方が心配だ」

幸村は、相変わらずの笑みをに向ける。

「ゆ、幸村くん……!?まだ終わらせないでー!あ、そ、そうだ、景吾!第一、合宿はみんな一緒に電車で帰る予定でしょ!?」

「そのプランは却下だ。無理やりにでも車に乗せて帰る」

「そんなっ!!!っていうか、せめて景吾と真田くんの試合くらい……!後少しじゃん!」

「気にするな、。ここで決着を着けるのはたやすいが―――本当の勝負は、関東大会だ。そのときまでに、勝利は取っておこう」

「言うじゃねーの、真田。首洗って待ってやがれ」

「その時までには、『山』を攻略できるようになっていてほしいものだな」

真田の野郎を睨みつけてから、の肩に手をかけた。
はまだ俺の顔を見て、何か言おうとしていた。
だから、その耳元に口を素早く近づけて。

「……いい加減大人しくしねぇと、無理やり口塞いで抱きかかえて車乗せるぞ」

「&☆%$+#*□!?」

意味のわからない言葉を発して、が目を白黒させる。
その後、ようやく大人しくなったので、肩にジャージをかけてやった。

「着替えて来い。汗もかいてるし、そのままだと冷える」

「……うー…………はぁ……ごめんね」

「謝るな。寝不足なのは俺にも責任がある」

「……誤解を招くような言い方すんなや、跡部」

忍足の野郎がボソリと何か呟いたが、そこは聞かないことにしておく。
……まぁ、オーダー表を1人で考えさせてしまったからな。

「じゃ、跡部。終わらせていいかい?」

「あぁ。……各自、ちゃんとクールダウンしてから着替えろよ。大分体が悲鳴上げてるだろうからな、ストレッチは入念にしとけ。……、行って来い」

「うん……ホント、ごめん」

「いい。……家に帰ったら、たっぷり寝かせてやるからな」

「…………………えーと……はい……」

なんだかが微妙な顔をして、てくてくと更衣室へ去っていくのを見送った。




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