「…………なんでちゃんを、わざわざ他校の奴らに見せなあかんねん……っ!認めん、俺は絶対こんな合宿は認めんで!」

「…………侑士、いい加減にしろよー。もう集合してんだから、仕方ねーだろー?」

ダブルス2の声が、氷帝&立海の合同合宿、開始の合図。





6月21日 土曜日 AM 8:30

俺たち氷帝学園テニス部レギュラーは、東京駅へ集合していた。
東京駅に集合だなんて、俺たちにとっては結構珍しい。

『神奈川へ行くには、車で行くよりも電車で行った方が断然早いって!その方が、練習時間が増えるし!』

の主張に、当初は車で行く予定だったのを変更して、わざわざ東京駅にやってきたわけだ。
今は、ジャンケンで負けた日吉と宍戸が、全員分の切符を買いに行っているのを待っている。

その間の少しの空き時間。忍足が、険しい表情でツカツカと俺の方へやってきて、ぐいっと腕を掴んできた。
……ここ数日、忍足の表情といえば、この険しいモノしか見ていない気がするな。

「……跡部……ッ、なして自分こないな合宿組んだんや……他の奴らにちゃん会わせるなんて、跡部やってイヤやろ!?」

少し離れた位置にいるに聞こえないように小さく、だがそれでもかなり語気を荒げて、忍足が呟いた。
つかまれた腕をバッと外して、忍足を睨みつけた後、の位置を確認した。
は、立ったまま寝そうなジローを、岳人と共になんとか起こしていようと奮闘している。こちらの声が聞こえることはなさそうだ。
それを横目で見ながら、俺も小さく呟いた。

「仕方ねぇだろ……監督が直々に承諾とって来たんだぜ?」

「せやかて……ちゃんは、病気ってことにして休ませるとか、他の仕事やらせるとか、そういう考えは……」

「……が、んなこと承知すると思うか?」

どんな状態でも、アイツは俺らをサポートすることを考えている。
…………今回の場合は、合宿に行って、俺らの体調管理、雑用などを引き受けることだ。

平部員などを連れて行かないから、いつもは1年がやっているような雑用(球拾い)なんかも、俺らがやることになる。がいなかったら、プラス、自分の飲み物を作ったり、記録を取ったり―――とにかく、色々としなければならない。それは大幅な時間のロスだ。
限られた時間の中では、ボールが打てるときには出来るだけ打っておきたい。
それを重々承知しているは、たとえ風邪を引いていても、合宿に行くと言うだろう。
それくらいの覚悟を決めているを説き伏せるなんてことは……ほぼ、不可能だ。

忍足も、その結論にたどり着いたらしい。
……というか、以前からその結論にはたどり着いていたものの、最後までをどうにかして行かせたくなくて、抵抗していただけだろうが。

「……ま、下手に1人残して他の仕事やらせるより、目の届くところにいる方が、まだ安心できるだろ」

「…………くっ……ちゃん、絶対俺が立海のヤツらから守ってやるで……!」

「バーカ。それは俺の役目だ」

フン、と鼻で笑い、忍足を残しての方へ近づく。
…………を守るのは俺の役目だ。ちなみに。

もちろん、忍足も、俺の『に近づいたら排除するリスト』に入っている。

…………むしろ、忍足が1番危険な気もするしな。





「ジローちゃーん!」

大きな柱に身を預けて、声をかけなけていなければ、即、眠りの世界へ行ってしまいそうなジローちゃん。私は必死になって、彼に声をかけていた。
気分はあれよ、雪山で遭難して、眠りそうな人に声を掛け続ける感じ。『寝るな、寝たら死ぬぞ!』くらいの勢い。……いや、まぁ死にはしないだろうけど、寝てしまったら、完璧、ここに放置されることは間違いないからね。こんな可愛い子をここに放置したら……あぁぁ、可愛い男の子大好きなOLさんとかに……そ、そりゃまずい!(自分の思考がやばいことには気付いていない)

「ジローちゃん、ほら、もう出発するから、頑張って起きてて!」

ゆさゆさ、とジローちゃんの肩を揺さぶり、声をかけた。
だけど、段々とジローちゃんの瞼が落ちていく。とろーんとこっちを見るジローちゃんが、とてつもなく可愛い……じゃなくって!
あぁ、もう……!

「おいジロー、に迷惑かけてんじゃねーよ!」

「んー……?……眠い……」

「うん、そうだね、眠いね。朝早かったもんね。ジローちゃん頑張ったよね。だから、後ちょっと頑張って。電車の中は、思う存分寝かせてあげるから!」

「んー……」

「おい、

不意に後方からかかった低音ボイス。
朝の人込みの中でも、麗しきお声は響くものらしい。

「あ、景吾……どうしよう、亮と若、探しにいった方がいいかな?早くしないと、ジローちゃんの充電が切れちゃう……!」

「あーん?ほっとけ、もう来んだろ」

「で、でででも……!一刻も早く……あ!」

道を急ぐサラリーマンたち(出勤ご苦労様です)の中をかいくぐるように、ツンツン頭とサラサラきのこヘアー(違)が現れた。

「ったく……混みすぎだろ……切符、買って来たぜ」

「あ、亮、若、ありがとー!」

亮が差し出してくれた切符を受け取り、もはや、半分以上瞼が閉じかけているジローちゃんを、ゆさゆさと揺さぶる。

「ほら、ジローちゃん、移動するよ!電車乗るよ〜!おーきーてー!」

「……んだよ、ジローのヤツはまた寝てんのか?激ダセェな」

「どうしてこんな騒がしいとこで寝れるんでしょうかね……俺には理解できませんよ」

若のため息と共に、ジローちゃんの目が、ようやく半分くらいまで開けられる。
ぼやーっと私の方を見ているので、大丈夫、意識はあるみたいだ。

「うん、じゃ、改札入ろうかー」

よいしょ、と持ってきたカバン(救急箱なんかも入れてある)を持ち上げた。
……散々景吾が樺地くんに持たせようとしていたけど、ただでさえ樺地くんは景吾の荷物まで持ってるんだから……いつものように、丁重にお断りしておいた。

改札を抜けて、ホームに歩いていこうとしたら、景吾と侑士が私の目の前に移動してきた。
一体どうしたんだろう?と思ったけど、しばらく歩いているうちに気付いた。

どうやら、景吾たちが道を作ってくれてるらしい、ってことに。

景吾たちが人の波をかき分けて進んでくれるので、私はただ作られた道をついていけばいいだけ。人に当たることもなく、すごく歩きやすい。

………………でも悲しきかな。

チク。……チクチクチクッ。

周りから突き刺さる視線視線視線。

そりゃそーだ。こんな美形が2人揃って歩いてるなんて、朝の忙しい時間帯でも見ちゃうよね。うん、気持ちはわかるよ、OLさん。

………………だからって、ピンポイントでまた私に敵意を向けるのやめてください。

あのね、慣れたとはいってもね、嫌なものは嫌なんですよ!(絶叫)

?どうした?」

「…………なんでもない」

朝からグッタリ、気分はガックリ。
それでも、立海メンバーにまた会えるってことに、気分は少し浮上。

「どないしたん?疲れてんなら、無理して合宿なんて行く必要ないんやで?」

「ん?大丈夫だよ、侑士〜。心配してくれてありがとー」

……ッ……あぁ、もうこの姫さんは……ッ!

「……、忍足には近づくな。何されるかわかったもんじゃねぇぞ」

ぐいっ、と景吾が私を侑士から遠ざけるように押しやった。

「なんやねん、跡部。俺にだけ向けられた、ちゃんの笑顔に嫉妬するなや。男の嫉妬は醜いで」

「バカか、テメェ。いつもくだらねぇ嫉妬してんのはそっちだろうが、あーん?」

「え、えと、2人、とも……」

後ろにいる他のレギュラーたちは、『また始まった』といわんばかりの、うんざり顔。もはや、収拾をつけるのも面倒くさいらしい。
景吾と侑士がにらみ合っている状況をなんとかしようと、おずおずと声をかけたら。
ぐるっ、と景吾がこちらを振り返ってきた。



「はいっ!」

思わず直立不動で返事。
……いや、だってさ……最近景吾さん、怖いんだもん……。

「お前、この合宿中は基本的に俺の側にいるようにしろよ」

「…………はい?景吾さん、私、マネージャーだから、みんなの世話「どーしても動かなきゃいけねぇ時は仕方ねぇが、基本的にお前は、俺様の側にいろ。いいな?

「…………………鋭意、努力いたします……」

け、景吾さん怖い……ッ。
なによ、なんなのよ、この合宿、なんか怖いんだけどー!?
私、本当に2日間乗り切れるのかしら……!?
……イヤ、乗り切って見せるとも、間近に迫った関東大会に向けて!

ぐっ、と荷物を握りなおして、気合を入れる。

が、頑張って見せるぜ、頑張れ私……!

心の中でも、少し声が震えてるような感じが否めないけど、細かいことは気にしない方向で!
こんな感じで、合同合宿は、始まりを告げた。




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