あの休み時間以来、なんだか……景吾とちょっとぎくしゃくしている。
教室に戻ってきても、なんとなく先ほどの出来事をはぐらかしたり、会話が妙に空々しかったりと……妙に居心地が悪い。
侑士は、少し不思議そうな顔をしていたけど……何かを感じ取ってくれたのか、あえて深くは聞いてこないでくれた。

一見いつもと変わらぬようだけど。

………………やっぱり、何かが気持ち悪い。



Act.18 うからこその、優しい気遣い



放課後になってすぐ、景吾は違う教室へと移動した。
今日もきっと、別々に帰ることになるだろう。最近は、朝は一緒だけど帰りはほとんど一緒に帰れない。

「………………ちゃん……」

……あんまり意識してなかったけど、今までが一緒にいすぎたのかな。
少し、離れてみることも大事なのかな。
でも。

ふと頭の中に、器械体操部のキャプテンの姿が浮かぶ。

……小さくて可愛い子だったなぁー……。
あーゆー子がマネージャーとかやってたら、さぞかしお似合いで可愛いんだろうな……。

しっかりしてそうだし、身長もちょうど釣り合うし、家柄もいいみたいだし。
……あんな子こそ、景吾の隣にふさわしいのかも。

だけど―――。

「……ちゃん……ちゃん!」

「うぁっ!?ハイッ!」

いきなり脳内に入り込んできた声にビックリして返事をすれば―――心配そうな侑士の顔が視界に飛び込んできた。

「……どないしたん?何度も呼んでたんやけど……体調でも悪いん?」

ハッ、と意識が戻る。
そうだ……今は、教室で侑士と応援団の細かい調整やらの話をしてたんだ。

白組は今日、うちの教室で集まっていた。
集まっている、といっても人はまばらで、それぞれが細かい打ち合わせをしている程度だ。
もう調整も煮詰まってきた。今が大事なツメどころなんだ。
頭の中でごちゃごちゃ考えてるの、一旦休止だ。

「ご、ごめん!ぼーっとしてた……ほ、ホントごめん!」

慌てて、机に頭がぶつかりそうになるくらいまで、頭を下げて謝る。
じぃっとこちらを見ていた侑士が、フッ、と息を漏らした。

「ほならえぇんや。……ちょお疲れたか?なんか自販機で買おてこよか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。……で、なんだっけ?太鼓のことだっけ?」

「あぁ。どうやら、太鼓は2年が用意してくれとるらしいんやけど……」

「OK。じゃ、私、一応使用許可書いて先生に提出しとく。音が響くだろうから、念のためね」

「せやな。それから―――」

ガラガラッ、と教室の扉が開いて、私たちは話を中断した。
入ってきたのは、うちのクラスの女の子2人。
きょろきょろ、と教室内を見回して、私と目が合うと『あ』という形に口を開いた。

さん、ちょうどよかったー。跡部くん、どこにいるか知ってる?」

「へ?」

突然の質問に、ようやく回転し始めた脳が、再度運転を停止する。
……なぜ私にそれを聞くんだ?

「…………えーっと、ごめん。わかんないやー」

ちょっと、と私に質問してきた女の子とは違う子が、制止をする。

組違うし……最近、一緒にいないよ

あ、そっか……ご、ごめんね。さんならてっきり居場所知ってるかと……そうだよね、組違うもんね。ごめんね」

すまなそうに言う子に、こちらが申し訳ない気持ちになる。

「跡部ならさっき、体操部の部長とLL教室で話してたぜー」

ここで、助け舟が出た。
話を聞いていた男子が、女の子に教えてくれたのだ。

「あ、ありがとー。……さん、ホントごめんね」

「ううん。こちらこそ」

バイバイ、と手を振って、2人が教室を出ようとした間際、小さな会話が聞こえた。

「……バカッ。最近跡部くん、体操部の部長と噂になってるんだから、さんに聞いたらマズイって

つ、つい〜……」

ガラガラ、とそこで扉が閉められ、会話が聞こえなくなる。

……………………うーん。

ぽりぽりと頬をかいた。
わざとではない……と思うし、聞こえてないと思ってるんだろうな。
もしわざとなら、相当たちが悪いけど。

ま、とにかくばっちり聞こえてしまったわけで。

………………そっかぁ〜……噂になってるのかぁ〜。

私が見たのは、どうやらたまたま、ではなかったらしい。
最近、あの2人は一緒にいることが多いみたいだな……まぁ、目立つ2人だしなぁ〜……絵になるだろうし。

事実がどうであれ、噂になるくらい私と景吾が一緒にいる時間が減って、あの子と一緒にいる時間が増えたってことは、確かだ。

………………ヤバイ、ちょっと凹んできた。

「……ちゃん?」

ここでまた意識が戻る。

「……あ。……ご、ごめん侑士。で、話の続き―――」

ぽん、と侑士の手が頭に乗った。
小さな笑みを向けてくれる。

「……気にせんとき」

……どうやら侑士にも聞こえていたらしい。

「自分らが一緒におるの、学校だけやないやろ、どーせ」

「……うん」

そこが俺はヤなんやけど

「……え?」

「……なんでもない。……ちょお休憩しよか。疲れたやろ?」

「…………ん。ちょっと疲れた、かな」

「ほなら俺、自販で冷たいモンでも買おて来るわ。今日は俺がおごったる」

「…………ありがと」

侑士の心遣いに、涙が出そうになった。






『知人のパーティーに急遽出席することになった。遅くなる』

そんなメールを景吾から受け取ったのは、夕食前のことだった。
私はすでに屋敷にいて、景吾の帰りを待っていたので、少々肩透かしを食らった気分だ。
放課後のこともあったので、久しぶりにゆっくり景吾と話したいなー、と思っていたんだけど……まぁ、お付き合いなら仕方がない。
屋敷の方にも連絡が行っていたのか、それからすぐに私の分だけ食事が用意された。

1人で食べる食事は、少し―――いや、かなり寂しかった。

なんだか味気ない食事を終えて部屋に戻る。
こーゆー日に限って、宿題もほとんどないし、することもない。
ぼーっとベッドサイドのアンティーク時計を見つめるしかなかった。

携帯には、夕方のメール以降なにも連絡はない。
着信があったらすぐわかるように、マナーモードも解除した。
何度も何度もセンター問い合わせもしている。

それでも、何も連絡はなかった。

チッ……チッ……チッ……

時計がたてる、微かな時の音。
それに呼応して1つずつ針が進んでいき……短針が11を指したところで。

私は小さくため息をついてベッドにもぐりこみ、1つ手を叩いた。
電気がパッと消え、闇が部屋を包み込む。

そして、私の胸の中にも、闇が広がっていった。





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