ほぼ満席と言っても過言ではないほどに埋まった客席から、盛大な拍手が鳴り響く。 これでもかと拍手を繰り返す女子生徒の中には、「跡部様〜!!!!」「忍足く〜〜〜ん!!」という特定の個人名を叫ぶ声も聞こえた。 アンコールを促されて、カーテンが開くと、その歓声はよりいっそう増す。 真ん中にいる跡部が両腕をあげれば、歓声は悲鳴と化した。 そんな中、本来なら主役で中央にいるべきかぐや姫は、列の一番端に若干ひきつったような笑みを浮かべ、ひっそりと立っていた。 『終わってよかった、早く幕よ閉じろ!』と書いてあるかのような表情。 それを見た白石は、思わずぷっ、と噴き出す。 「あはは、あの子、可愛ぇなぁ……なぁ、謙也?」 「そやなぁ……あー、侑士がうらやましゅうてかなわん……」 Act.48 思いやりを、胸にしまって 「よー、お疲れさん」 着替えも片付けも終わって、控室から引き上げる途中。 待ち構えていたのだろう、四天宝寺のみんなが揃っていた。 「……まだおったんかい、謙也。そろそろ帰る時間ちゃうの?」 「大丈夫や、夜の新幹線やから」 ぬかりはないで、と笑った謙也くんに対し、侑士がイヤ〜な顔をする。 …………いとこ仲、悪いのかしら。 「ちゃん、お疲れさん。かぐや姫、めっちゃ可愛かったで」 白石くんがキラキラスマイル全開で話しかけてくれる。 ……あまりにもキラキラで、思わず私は照れて目線を逸らしてしまった。 「え、あ……えっと、ありがと……それで……やっぱ、私だって、わかっちゃった……?」 「そらもう。べっぴんさんの区別つかへんほど、俺らの目は悪うないで?第一、ちゃんくらいしかおらんやろ」 「っていうか、侑士とかの必死な演技見てたらまるわかりや。氷帝メンツにこないな演技させるのはちゃんくらいしかおらんてわかるやろ」 「…………そんな、バカな……!!!」 私の脳みそにピシャーンと雷が落ちる。 こんなイケメン'sの(一応)ヒロインをやってたなんて全校生徒にばれてたら……明日から、また私の命が危なくなってしまうじゃない……!残りの中学生活は平穏に過ごしたいの、ワタシ……!……たとえそれが儚い夢であろうとも、夢くらい見させてほしいんだよ……!! 「……いやー、しかし、自分らも無茶やりよるなぁ」 「誰や?ストーリーめっちゃ改ざんしたのは」 「あ、それは俺ら全員でやったんだぜ!普通のかぐや姫って後味悪いから、結末変えて正解だったろ?」 「いや、そら、あのハッピーエンドには笑かせてもろうたけども……ちょお無茶しすぎやないか?」 「あれでEんだよ〜。かぐや姫は、世界に残って幸せに暮らしました。ほら、めでたしめでたし!」 「……最後、めっちゃ自分らかぐや姫めぐってバトってたけどな……めでたいんか、それ」 「本当は俺様が嫁にもらって、The Endのはずだったんだがな」 「誰が嫁にやるか!嫁にやるくらいなら、いっそ俺が……」 「まがりなりとも童話でタブーに触れるな」 呆れたように景吾がため息をつく。 ……あぁ、なんか侑士が暴走しはじめた? ヒートアップしていきそうな2人のやりとりを止めようかどうか迷っていたところで、ツンツン、と制服の裾をひかれる感覚。 ふ、とひかれた方向を見てみれば、くるくるとした目をこちらへ向けている金ちゃんがいた。 そして金ちゃんは、まるで挨拶をするかのように、あっけらかんとこんなことを言ったのだ。 「なぁなぁ、ねえちゃん。ねえちゃん、どっか遠いところから来たん?」 「………………え?」 言われた言葉を脳が処理するのに数秒かかった。 あまりにも普通に、そして何の前触れもなく無邪気に飛び出てきた言葉。 予想だにしてなかったので、その言葉に対して私は『誤魔化し』とか『演技』とかをすることも出来なかった。完全に素のままの自分が出た。 「おいおい、金ちゃん、突然何言うてん」 「自分、相変わらず脈絡あらへんなぁ〜」 それを気にすることもなく、白石くんと謙也が金ちゃんにツッコミを入れる。 そして、3人が気付く。 …………みんなの動きが、止まったことに。 「なんやねん、自分ら時間止まっとるで?いくら金ちゃんのボケがつまらんからって。……あ、もしや氷帝やから氷みたいになるっていうボケ返しか?」 『そないなボケ、つまらんで〜』と言う謙也に、私は1つ大きな深呼吸をして、呼吸を整えた。……ドキリ、と心臓が跳ねたおかげで、動悸とともに呼吸も荒れてしまったから。 「……あはは、まさか当てられると思ってなかったから、さ。私、転校生なんだ。今年2月からの。だから、金ちゃんが言った『遠いところから来た』っていうの、当たってるんだよね〜」 不自然にならない程度に、肝心な部分をぼやかして言う。 白石くんと謙也は『え、そうなん!?』と純粋に驚いた。 私もニッコリ笑ってその問いに頷き返し、説明した。以前、青学に対して言ったような言葉を。 氷帝メンバーも、すぐに反応を再開してくれて、フォローしてくれた。私は、白石くんや謙也の質問に、ちゃんと笑って答えられた。 その中で唯一、金ちゃんのまっすぐな視線だけには、答えられなかった。 小さく小さく呼吸をして。 ……ゆっくりと、金ちゃんに向かって聞いた。笑みは、絶やさずに。 「どうして、わかったの?」 金ちゃんは、私の笑顔を射抜くぐらいまっすぐな瞳のまま、あっけらかんと答える。 「なんやわからんけどさっきのお芝居見てたらそう思たんや。にいちゃんら、ねえちゃんがどっか帰る思てるんちゃうかなー、て。ほんで、帰したくないから、かぐや姫も帰さへんかったんかなー、て」 純粋な子の、純粋な感想。 ……それを聞いて、私は、ようやく気付いた。 慌てて台本を変更した、彼らの意図に。―――その、優しさに。 思わず振り返ってみんなの顔を見る。 何人かは、私の視線だけで、私が気付いたことを悟って、照れたように微かな笑みを返してくれた。 何人かは、視線の意味をわからずとも―――笑い返してくれた。 ………………幸せだ。 私は、今、とても幸せだ。 「…………だねぇ、そりゃ、これだけ大事な人が出来たら、帰りたくなくなっちゃうって」 もちろん、大事な人は、この世界にいる人たちだけではない。 元の世界にも、大事な人は何人もいた。今でも、会いたいと思う人は何人もいる。 でも。 ……彼らももう、その人たちと同じくらい、大事な人に、なっているんだ。 私の言葉に、ゆっくりとみんなが(特に、がっくんやジローちゃんが)顔を輝かせた。 「―――だーよなっ!!!!」 「ウンウン!!!」 「うぁっ!?」 ドーン、と飛びついてきたチビーズたちをかろうじてキャッチ。あぁ、部活とテニスで鍛えた腕力、ありがとう……! 「おまえら……っ「あー!!えぇなー!ワイもワイもー!!!」 ついでにボーンッ!!と飛びついてきた金ちゃん……を支えきれず(私の腕力のバカ!!)、ベシャッとつぶれる。 地面に倒れ込んでしこたまお尻を打ちつけ―――それはそれで痛かったけど、それより先になぜだか笑いがこみあげてくる。 「あは……あははははっ」 倒れ込んだのに笑いだしたものだから、景吾たちが面喰ったように声を失った。 私の上に半分乗りかかっていて、お互いがごちゃごちゃと絡み合っている、がっくん、ジローちゃん、金ちゃん。 その3人とも、視線が合って―――やっぱりみんなで笑いあう。 「「「「はははははっっ」」」」 「…………ったく、何やってんだか」 「……アホ岳人。はよどき。俺の大事な大事なちゃんがつぶれてまう」 「誰がテメェのだ、誰が。あぁん?」 景吾と侑士が私の腕をとって、立たせてくれながらもケンカしている。 それもまたおかしくて、笑いが止まらない。―――なんか、いつもの通りの、空気だったから。 「大丈夫か?どっか打ってんだろ」 「だいじょーぶだいじょーぶ」 へらへらと笑う私を見て、景吾が少し肩をすくめる。 「……楽しかったか?文化祭」 最初で最後の、氷帝学園中等部文化祭。 ……慣れないことだらけで、思ってもみなかったことだらけで。 それ以前に、私がまさか関わるなんて夢にも思っていなかった文化祭だけど。 「すごーく楽しかった!!」 みんなの笑顔を見て、そう思えた。 四天宝寺の面々と別れる時。 「ほなまた。次会うときには、もっと時間とって……2人きりで会おな?」 「何が何でもテメェとは2人きりにさせねぇよ、白石」 「出し抜いたるでー……侑士を絶対出し抜いて、ちゃんをゲットしたる」 「ケンヤ……自分、本物のお星さんになりたいみたいやなぁ?」 バチバチバチ、とやたら怖い火花を散らしている4人(景吾vs白石くん、侑士vs謙也)を見て、それ以外の面々が恐れをなしていたり、呆れてみていたり。 もちろん前者の私は、同じくおびえている金ちゃん(金ちゃんは、今にも毒手を振りかざしそうな白石くんを見ておびえていた)と肩を寄せ合っていた。 「……東京はやっぱ怖いとこや〜!姉ちゃん、大阪はえぇとこやで!大阪来ぉへんか!?」 「あ、それいい考え「黙れ。はどこにもやらねぇよ」 白石くんと対峙していたはずなのに、瞬間移動をしてきたとしか思えないスピードを出した景吾に腕をつかまれ、景吾たちを恐れていたチビーズはそんな気配を微塵も感じさせずにサッと私の前に立って逆に金ちゃんを威嚇。 ……あー、なんかすごく幸せです、私……! 「…………このナイトさんらの包囲網をくぐりぬけるっちゅーんは、中々難しそうやな……」 ハァ、とため息をついた謙也に対して、白石くんはニッコリ笑顔。 …………うぉぉ、キラキラしてるー!!! 「ちゃん」 「ハ、ハイ!!!」 「それじゃ、また。U-17選抜で」 その言葉に、みんなが固まる。 「そういえば、そうやった……!アカン……アカーン!!!」 叫びだして暴れだしそうな侑士を、がっくんとジローちゃんが2人がかりで抑え込む。 ……アカーン、てそんな……心配されるようなこと、してるかな……あ、誰にも手は出さないよ……チビーズの写真を撮るとか麗しい方々のセリフ集を作るとかあわよくば一緒に話したりテニスしたりできるかなー、とか思ってるくらいで!!! 「U-17選抜がある以上、遅かれ早かれ会うことにはなってた思うけど」 1人で邪な方向への妄想に突っ走っていたら、目の前の白石くんが、目線をしっかり合わせてみてきた。 ……うっ、この人もキラキライケメンだから、目のやり場に、困る……! 「……俺は、先に出会えてよかった、て思う。……全国にいる他のヤツらより、ほんの少しでえぇから、ちゃんと先に接点持てたのがうれしいわ。……また、よろしゅうな」 そんなセリフを言いながら、キラキラな笑顔を見せられたら。 …………声を発せずとも、ガクガクと首を縦に振るよりほかない。 「……ほな、今日はこれくらいにしとくわ。勝負は、合宿におあずけっちゅーことで。……覚悟しとき?」 さっきのキラキラ笑顔とはまた違った、色気のある笑顔。 ……今度も、声を出すことは出来なかった。 ((選抜合宿……果てしなく不安だ(や)……)) 全員の心の中は、一致した。 NEXT |