俺たち3年は2年たちの試合をコート脇で見つめていた。
確実に強くなっている後輩たち。微かな笑みを浮かべ、その試合を見守った。
さて、後輩たちの試合が終われば、今度は俺たちの番。
コートに入るとすぐに聞こえてくるのは懐かしいコール。

「氷帝!氷帝!跡部!跡部!」

―――やはり大人数の中で試合するのは気分がいい。
ゆっくりと自分が試合を行うコートに向かって歩き出し、ちらりと観客席を見る。
そこにはいつものように、愛しいの姿があるはず―――

「………………――――っ?」

「……なしてケンヤがここにおるねん!」

俺とまるで同じことを思っている隣の眼鏡に、破滅への輪舞曲を打ちこみたくなった。



Act.46  がしき、来訪者たち




の隣に座っているのは、大阪四天宝寺中やつらだった。
部長の白石、忍足の従兄である謙也、そして期待のルーキー遠山。
全国でも有数の逸材。だが―――。

の傍に置くには、『厄介』以外の何物でもない。

「忍足……どーゆーことだ?」

怒りなど諸々の感情を極力押し殺して、端的に疑問をぶつける。
だが、忍足は俺の質問に答えることなく―――わなわなと、全身を震わせていた。

俺のこめかみがピクリと揺れる。

「……おい、伊達眼鏡。質問に答えろ。お前、従兄に何か言ったのか?」

「言うとらんわ!いや、そりゃほんのすこしちゃんの有能さを言うてみたり、ちゃんの可愛さをアピールしてみたり、ちゃんの自慢してもうたりしたけども!」

してんじゃねぇか!

思わずそう言いながら殴りたい衝動に駆られるが―――こんな大多数の前で暴力沙汰は、あってはならねぇ。
……と出会ってから『忍耐』という言葉を学んだ気がする。

「せやけど、俺、文化祭のコトとか全く言ってへんで!?っていうか、言うわけないし呼ぶわけもないやろ!なして俺が可愛い可愛いちゃんをわざわざケンヤたちに会わせなあかんねん!」

「じゃあなんでアイツらがここにいんだよ!お前が見せびらかすためにアイツら呼んだんじゃねぇのか!?あぁん!?」

「そりゃ見せびらかしたい思たことはあるけど……俺はわざわざちゃんをケンヤたちの前に晒すという危険を冒す真似はせぇへん!スリルに満ちた快感よりも、静かな安定を望む男やで、俺は……!」

忍足の必死さに俺はいよいよ眉をしかめた。
……確かに忍足の性格上、どれだけ口頭で自慢していたとしても、直接に会わせるような真似はしないかもしれない。

俺は再度の方を向いた。
白石たちが話しかけ、が笑みを浮かべて対応している。
楽しそうに談笑する姿は、すでに親しげだ。
極めつけに。

遠山の頭を、がなだめるように撫でた。

ピクリ、と俺(そしておそらく忍足もだろう)の肩が動く。

「…………忍足」「…………跡部」

俺が言葉を発すると同時に聞こえた忍足のいつもより低い声。
ゆっくりと視線だけを忍足に向けると、同じように目だけで見てくる忍足がいた。

「…………さっさと終わらせるぞ」「…………はよ終わらせるで」

これ以上ないくらい気持ちが合わさった。






「あれー?なんだか侑士と景吾はやたら展開が早いなぁ」

目の前で繰り広げられているゲームを見て感じた違和感をポツリと漏らす。
景吾はセンターコートで、侑士はその隣でそれぞれ試合をしている。ちなみに景吾の相手はジローちゃんで、侑士の相手は亮だ。
どちらも一方的ではないけど……やたらと展開が早い。そして景吾と侑士からは言い知れない迫力が出ている。……何かあったのかしら。

「確かに、丁寧なテニスする侑士にしちゃえらいスピード勝負やんなぁ。ま、俺には敵わへんけど」

「あはは、ケンヤくんは浪速のスピードスターだもんね」

「おー、俺のことよう知っとるやん!なんや、嬉しいわー」

「侑士からも時々話聞いてるし(原作読んでたし)」

「えー、なんやケンヤだけズルイわぁ!なぁ、ワイは!?ワイんことは知らんのん!?」

「もちろん知ってるよ、大阪のスーパールーキー金ちゃん。静岡から東京まで走ってきちゃう底なしの体力と怪力っぷりは有名だからね」

「へへ〜。ワイ、力と体力は自信あんねん!」

自慢げに笑った金ちゃん……あぁ、ニカッと輝く笑顔が可愛すぎる……!
チビーズ愛好家としてはこの子も要チェックよ……!

「さすが敏腕マネージャーさんやな。俺らの情報もチェック済っちゅーことか」

「あはは、ま、そーゆーことかな?……なーんて」

「…………あー……めっちゃ可愛ぇなぁ。ほなら、俺の情報も持ってんか?それとも……まだ知らない情報……教えたろか?」

いきなり低くなった白石くんの声に心臓がとび跳ねた。
そうだった……!白石くんも景吾や侑士タイプだった……!!!心臓に悪い人だ……!!

じぃっと目の奥を見透かすような視線に……私の心臓は激しい鼓動と言う名の悲鳴をあげる。
そろそろ私の心臓はビックリしすぎて止まるんじゃないか―――そう本気で思ったころに、もっと心臓に悪い声が聞こえた。

「おい、そこまでにしとけ」

「ケンヤ、なして自分ここにおんねん」

「!!景吾!侑士!」

私が名前を呼ぶのと、観客席がざわめく(ほとんどが女子生徒の歓声)のとがほぼ同時だった。
隣にいる四天宝寺の面々はこの状況に少々面食らったみたいだ。

「なんやねん、このS-1並の歓声は」

……S-1、そんなに盛り上がるんだ。

あらためて四天宝寺の特異さ(まぁ氷帝も全然負けてないけど……!)を実感。
景吾がツカツカと近寄ってきた。

「よぉ白石、全国以来だな」

「久しぶりやなぁ、跡部。全国ん時、自分らには会うて話したけど、ちゃんは見かけたくらいやったんけど、今日初めて話したらめっちゃえぇ子やな。……大阪連れて帰りたいわ」

「……そーなるから、俺らがの傍から離れなかったんだろうが」

「出し惜しみすんなや……なァ?」

一方の侑士は謙也の方へと近づいて行く。

「侑士、ズルイやん。噂のちゃんがこない可愛い子かて知ってたら俺、MAXスピードでこっち来たわ」

「アホ、ちゃんが可愛いっちゅーんは散々言うたわ。自分が信じひんかったんやろ」

「せやかて、普通信じひんやろ。侑士の言うてたこと聞くと、一介の女子中学生の域を超えとるわ」

「……(ホンマは年上やもんな)」

景吾と白石くん、侑士と謙也という2人の組み合わせで会話が繰り広げられている。
何やら言い合っているみたいだけど、私はその豪華さに惚れ惚れとするばかりで、会話の内容は右から左に抜けていった(でも全員が美声の持ち主だってことはわかったよ……!)

「なぁなぁ、ねーちゃん。白石たち何話してるん?」

くいくい。と制服を引っ張られてそちらを見れば、自分の肩あたりに私を見上げてくるキラキラした瞳があった。

「……(可愛すぎる……!)ご、ごめん、金ちゃん……私、聞いてなかったよ……」

「なんや、謝ることないで。ワイも全然聞いてへんかったもん。腹減りすぎて、耳に声が入ってこーへん」

「あはは。……あ、そうだ。チョコとかお菓子なら持ってるけど、食べる?」

「ホンマか!?食べる食べる!」

「……ハイ、チョコ。これねー、新作でおいしいよ〜」

「わーい!ねーちゃん、おおきに!……むぐむぐ……ホンマや、めっちゃうまい!ねーちゃん、えぇ人やー!」

わーいっ、と抱きついてきた金ちゃん。
氷帝チビーズに加え、こんな可愛らしい子に抱きつかれるなんて……運なんてこの世界に来た時に全部使い果たしたと思っていたけど、まだまだ私の運も捨てたもんじゃないね……!

「「「「は・な・れ・ろ」」」」

…………と思っていたら、強制的に金ちゃんが私から離れていった。
……アァ、ごめんなさい。金ちゃんに抱きつかれてラッキーとか思ってごめんなさい。据え膳食わぬは〜とか思ってごめんなさい。運なんてやっぱりなかったんですね、ホントごめんなさい。色んな人に謝ります。

「金ちゃん、あかんやろ?そーゆーんは」

「スピード勝負の俺があえて行かんかったのに……先輩差し置いてえぇ度胸やなぁ、金ちゃん」

「遠山……テメェ、さっきは俺でさえ中々経験してねぇことアッサリやってもらいやがって……その上今度は抱きつく、だと?」

「なしてちっこいヤツは、自分がちっこいことを利用すんねん……!あぁ、俺は今俺自身の身長が憎いわ……!俺もチビやったらちゃんに抱きついて……!」

私が自分の過ちをひたすら反省していると、景吾が侑士をゲシ、と蹴飛ばしているのが見えた。……なぜ。

「えー。なんでーな?勝手に体動いてしもたんやで?何か悪いん?」

「……そういう問題じゃない」

「ったく……金ちゃん。もしもう1度同じことやったら……毒手、使うで」

「えぇぇ、なんでーな!いっつも白石にだってしとるやろー!?」

「俺にするんとちゃんにするんとは、意味が全然違うで」

「意味?意味ってなんや?……あ、でもねーちゃん柔らこーて、えぇニオイしたわー……白石とは全然違たわー」

…………なんか、金ちゃんがすごい状況(4人に囲まれてる)になってる。
でも全然動じてないところがすごいな……私も、その鋼の心臓を見習いたい……!

景吾が何か諦めたように小さく吐息を吐いたのが見えた。

「……白石。合宿までには遠山をしつけておけ。……!」

「ハイッ!!」

何事かを白石くんに呟いてから、急に聞こえた自分の名前。
私は思わず直立不動で返事をした。

「下に降りるぞ。部員たちに顔を見せてやれ」

「あ、はーい。…………それじゃ、行ってきます。みんなはまだ文化祭見てくの?」

「そやな。なんせこの学校広すぎるからなぁ……全然回り切れてへんし。ま、でも今日こっち泊まって明日も見るつもりなんやけど」

「…………まさかケンヤ、俺んち泊まろう思てへんよな?」

「当たりや侑士。俺らホテルとか泊まる金あらへんし、泊めてぇな。侑士んち、でっかいし部屋くらいあるやろ?あ、1部屋で構わんし」

「アホ、なして俺が敵に塩送るような真似せなあかんねん!っていうか、いきなりすぎるで!」

「えー……ほしたら、侑士はこの秋も深まる寒空の下、愛しのいとこを路頭に放り出すっちゅーんか」

「あぁ、勝手にせぇ。路頭に迷うなり段ボールで家作るなり勝手にせぇ。ちなみにオススメは『今日のうちに家に帰る』や。ってか、俺が愛してんのはちゃんだけやし」

「…………あー、ほしたら跡部くんちは?跡部くんち、めっちゃでっかい聞いたで。な、一晩だけでえぇねん。泊めてくれへんかな?」

「え、ケンヤくんたち泊まるとこないの?」

「侑士がダメ言うからなぁ。あ、ちゃんちでもえぇで」

景吾を見上げた。
私の視線に気付いた景吾が、少し苦い顔をしながら思案する。

「………………まぁ、部屋が余ってるのは確かだが(コイツらを呼べばに何かしらちょっかいを出すことは必至だ)」

「ほな、頼む!このとーりや!」

バシッと両手を合わせて、いかにもな『お願い』ポーズをする3人(金ちゃんはわけがわからないまま白石くんにやらされてた)に、私は景吾に小さく呟く。

「………………ねぇ、景吾。かわいそうだよー。お部屋ならいっぱいあるでしょ?……私、見つからないようにどっか隠れてるし」

「……別に隠れる必要ねぇだろ」

ありますよ!
ほら、色々外聞的な問題とか!!

「……ちょお待ち」

ゆらりと間に入ってきたのは眼鏡の子。
……あー、侑士、どっかいっちゃわないでー……(汗)

「……そーゆーことなら話は別や。自分らを跡部んちに泊めさすことはできん」

「なんやねん!自分ちもダメ、跡部くんちもダメ!俺らにどうさせたいねん!ってか跡部くんちのことをとやかく言う権利、自分にはないやろ!」

「おおいにあるわ、ボケェ!跡部んちに泊めたら……(ちゃんちに泊めるってことやないか!)断固阻止や!そんなん許さへん!俺が跡部んちに泊まってでも、自分らはうちへ泊まり!」

「…………えーっと」

「…………どうやら、向こうは向こうで話が処理出来そうだな。行くぞ、

「え?えぇぇ???」

フイ、と踵を返した景吾さんは、私の右手を握っていたので……必然的に、私はそちらへ歩いて行くことになる。
何事かを言いあっている侑士や四天宝寺組を残して、私たちはコートへ。

…………後で、どんよりと暗い顔をした四天宝寺組と不気味な笑みを浮かべた侑士が、『四天宝寺組は忍足家でおもてなしするで』と報告しにきた。



………うん、何があったかよくわかんないけど、深くつっこむのはやめにしよう。後が怖い(キッパリ)。

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