「ゲームセット、ウォンバイ氷帝跡部!ゲームカウント、6−0!」 ジャッジの声を聞き終えてから、俺は息1つ乱さずに、コート中央へ向かった。 うなだれた相手と握手を交わし、その後、全員が整列をする。 俺たちの力を思い知ったのだろう。箕輪台には、すでに力は感じなかった。 こんな奴らに、が泣かされていたのかと思うと―――本気で腹が立つ。 そいつらを軽く睨みつけて、挨拶を終えた。 「景吾!」 コートを出たすぐのところで待っていた。 先ほどの泣き顔はどこへやら、満面の笑みを浮かべていた。 あまりの笑顔に、思わず俺にも笑みが浮かぶ。 「すごいすごいっ!圧勝!カッコよかった!」 「当たり前だろ。……あんな奴ら、俺様たちの足元にも及ばねぇよ」 「……やっぱ、うちの学校は、力あるんだよね!……ざまぁみろ〜、うちは強いんだぞ〜」 小さく箕輪台の奴らに向かって呟いたの頭に、ぽん、と手を乗せ、そのまま手を引いてコート脇にある木陰へ。 が俺のジャージを取りに行こうとしたが、それを引き止めて隣に座らせた。 「景吾?体、冷えちゃうよ?まだ試合あるんだし……」 「1年に取って来させればいいだろ。お前がそんな雑用する必要はねぇ」 わざと聞こえるように呟けば、すぐに1年がジャージを持ってくる。 目で、1年達に立ち去るように促す。あっという間に礼をして、人がいなくなった。 上着を着込みながら、俺はの肩を抱いた。 誰もいないと言うのに、が慌てて体を離そうとするが、俺の力に敵うわけが無く、それも無駄な抵抗に終わった。 「け、景吾……!」 「勝ったご褒美は?前は、キスだったが……今回は、それじゃ物足りねぇな」 「えぇぇぇぇっ!?」 「0ゲームだしな……そうだな、家に帰るまでに考えておくから、ちゃんとやれよ?」 「んなっ……な、ななな、なにを……!それだったら何か買ってあげるほうが、マシ……!」 「バーカ、モノよりも……がいい」 耳元で呟けば、はピタリと抵抗をやめる。 顔を真っ赤にして、ぱくぱくと口を開いては閉じ、閉じては開きを繰り返す。 頭のてっぺんから湯気でも出そうなほど、顔が真っ赤だ。 少し潤んだ目、睨みつけてくるような目だから、上目遣いに近い。 「……んな顔するな、襲いたくなる」 今度は完全に、の口がぱかっと開いた。 その表情の変化に、思わず喉の奥から笑い声が漏れてしまう。 「〜〜〜景吾〜〜〜!」 「クックック…………次のルドルフ戦でも、0ゲームだったらご褒美だからな」 「な―――ッ!」 「……楽しみだなァ?。お前、ルドルフの弱点、調べたんだろう?」 「〜〜〜景吾には教えてあげない……ッ」 そんなことを言って、立ち上がる。 手を引っ張って、強引に腕の中に閉じ込めた。 ジタジタ、と腕の中で暴れるを、力で押さえつける。 「いたっ……景吾、痛い〜……」 が抵抗をやめて小さな悲鳴を上げる。少し、力を緩めた。 こんなことで、俺はとの体格差を実感する。 俺とは、身長の差こそそれほどでもないが、体格は明らかに違う。 俺が力を込めて抱きしめたら、決しては抵抗できない。 ――――――それは、俺以外の男が同じコトをしても、そうなるわけで。 「……お前はもう少し、男を意識したほうがいいな」 「はっ!?」 こんな風に他の男が抱きしめたら、は同じように抵抗できないのだろう。 は、自分の身長が高いからだろうか、少し男に対する意識が甘い気がする。 自分よりも身長の低い男には特に、警戒心がなさすぎる。体格差がないから、最終的に、『なんとかなる』とでも思っているのだろう。 もちろん、他の女に比べたら、の筋力は上だ。まぁ、成長途中の同じ学年の男よりも、強いことだってあるだろう。 ―――それでも、普通の男に比べたら、力は劣る。まして、の周りにはスポーツをやっている男ばかりだ。そんなヤツらに比べたら、は普通の女となんら大差は無い。 「……お前より背が低い男でも、お前より力が強い男はたくさんいるんだからな」 ルドルフのヤツがに迫っていたときも、そうだった。 よりも幾分身長は低かったようだが、俺が行かなければ恐らくあのまま、押し切られていただろう。 …………あの男、俺が直々に相手をしてやる。 「???」 疑問符を浮かべているを、もう1度抱きしめた。 ルドルフ戦の直前、一旦全員を集合させ、試合のオーダーを発表する。 「」 突然の呼びかけに、がビクッ、と反応した。 「は、はい!?」 「お前、ルドルフのデータ、調べたんだろ?言ってくれ」 俺の言葉に、しばしがぽかん、と口を開けて立ち尽くす。 「え、えーっと……わ、私のデータ?」 「それ以外に何があるんだよ」 「あっ、そ、そうか……まさか、こんな本格的にデータ使ってくれると思わなかったから」 がポケットからノートを取り出す。 ……使うと思わなかった? 「格下相手だが、お前が一生懸命取ったデータだろうが。使わないわけがねぇだろ」 俺の言葉に、が嬉しそうに笑った。 その笑顔に、部員達の視線が集まる。……ちっ、余計なもんを見せた。 「えーっとね……まず、D2は金田・赤澤ペアで来ると思う。赤澤くんの方は、ブレ球って言う独特のクセを持っていて―――バックハンドのストロークでは、スイートスポットをわざと外して、フレームショットするの。で、微妙に球がブレるからね。やりにくいとは思うけど、一応頭に入れておいて。この2人は、コンビネーションもいいから、要注意」 「了解」 D2の小川と近林が返事をする。 その後、D1の話をして、シングルスの話へ移る。 ぼんやりとしながらも、の話だけは起きているジロー。 「ジローちゃん、相手は青学の不二くんの弟だと思う。左殺しって言われてるくらい、結構な腕で……特に、ライジングショットと、ツイストスピンショットには気をつけること。ツイストスピンショットは、かなり跳ね上がるからね」 「了解〜。でも俺、左利きじゃないから、大丈夫〜。……じゃ、おやすみ〜……」 の話が終わったとたん、眠り出すジロー。 俺はそんなジローにため息を零しながら、に視線を向ける。 「で?俺の相手は?」 が一瞬詰まった。先ほどのやり取りを思い出したのだろう。 だが、すぐに表情を引き締めて、ノートに視線を落とした。 どんなことがあろうと、は氷帝の勝利を願っている。 それでこそ、氷帝のマネージャー。そんなに、ニヤリと笑みが漏れてしまった。 「景吾の相手は、観月くんだから……とにかく、徹底したシナリオテニスだね。苦手コース、苦手なショットをとことん突いてくると思う」 「……はっ、俺様の苦手なコース?んなもんあるわけねェだろうが。それに、それだったら俺の眼力の方がよっぽど強ぇ」 「…………まぁ、それはそうかもしれないけど……でも、かなりコントロールはいいからね」 「一応、頭ン中に入れとく」 ぽん、との頭に手を乗せ、部員達に目を向けた。 「行くぞ。ルドルフに勝っておけば、関東出場は決定したようなものだからな、気を引き締めていけ」 「「「「「はい!」」」」」 D2は、7−5まで粘ったが、結局敗退。 が言っていたとおり、中々のコンビネーションで、最後は力押しで負けた。 D1は樺地が力を発揮して、4−3からの逆転勝ち。 次は、S3の試合なんだが。 「ジローちゃーん!おーきーてー!」 が必死になって、ベンチで寝ているジローを起こしていた。 5分ほど前から、ああやって起こしているのだが、ジローはまったく起きようとする気配は無い。も立っているのが疲れたのだろう、すでに隣に腰をかけながら、ゆさゆさとジローを揺さぶっていた。 まったくあいつは……強い相手じゃねぇと、試合を見ようとすらしねぇ。 俺もジローを起こしに行きかけたとき、 「むー……ベンチ、固いCー……、膝枕―――……」 ぽすっ、とジローがの膝に頭を乗せた。 それを見た瞬間、恐らく、ここ最近でも1番のダッシュ力でたちに近づく。 「……おい、ジロー!テメェ、俺様もまだやってもらってねぇこと、にやらせんじゃねぇよ!」 最大量の音声で、ジローの耳に怒鳴った。 の膝枕なんて、俺でさえまだしてもらったことがねぇのに、こいつは……! 俺の声で、ジローの目がようやく開く。 「ジ、ジローちゃん、起きた!?」 「あ、ー…………」 「ジローちゃん、次試合だよ、試合!」 「……えー?俺、まだこのままでいたいCー……」 「ジロー……テメェ、さっさと試合に行かねぇと、今後一切、に近寄らせねぇぞ」 ぐいっ、とその首根っこを掴んで持ち上げた。 ……コイツ、ふざけるにも程がある……ッ! 「……うー……じゃ、行ってくるー……」 ノロノロとコートへ向かったジローの背中を見て、俺は息を吐いた。 「ったく、あいつは……」 「はは……ジローちゃん、覚醒するとテンション高いんだけどねぇ……」 が苦笑しながら、コートに立つジローに目線をやった。 ジローがサーブを打つところで…………思いついた。 「……、1個決めた」 「はい?なにが?」 「ご褒美。…………家に帰ったら、膝枕な」 ぼとっ、とが持っていたペンを落とした。 「なっ!?ななななっ!?」 「別に、それくらい、たいしたことじゃねぇだろ?」 「た、たいしたことじゃないって……ち、違うでしょー!」 「……ジローにはやって、俺様には出来ないとか、言わねぇよな?」 「だっ、ジ、ジローちゃんは、なんていうか……えーっと、その……」 がジローや岳人を、弟のように可愛がっているのは知っている。 ……まぁ、男として見てないのはいいんだが、それでも気に食わないものは気に食わない。 「膝枕」 「…………うぅぅ…………でも、マシな方か……」 がペンを拾いながら、そう呟いた。それは、受諾した証。 ニヤリ、と笑って、更に俺は続ける。 「それは、箕輪台戦のご褒美な。ルドルフ戦は、また考えておく」 「…………………えっ!?」 「ルドルフ戦でもう1個……後の北條戦でも、0ゲームだったらご褒美な」 「な―――ッ!?」 「……待ってろよ、全力で倒してくるから」 「あぁぁ……」 嘆くの頭に、ぽんと手をやり、俺は始まった試合を見た。 NEXT |