景吾に『ドリンク作りにいくから』と言って、やっとのことで手を離してもらった。 まぁ、ドリンク作りに行かなきゃいけないのは、本当のことだし。 私は、ドリンク籠を持って、例のごとく水場へ歩いていた。 今日は、前回の反省を生かして、あせらずにそれでも少し急ぎ足で。 たどり着いた水場でドリンクを作っていると、水場近くにいた男2人の会話が、聞こえてきた。 「……今の氷帝なら、ひょっとすると勝てるかもしれねぇぜ」 いきなり出てきたうちの名前に、ピク、と思わずドリンクを作る手を止める。 だけど、すぐに思い直して、またドリンクを作り始めた。 ……こんなことにイチイチ反応しても、意味がない。 この会話からすると……きっと、第1試合で当たる、箕輪台の生徒だろう。ルドルフと北條は、今、試合をしているのだから。 私は、気にしないでそのままドリンク作りを続けた。 ポカリの粉を入れて、ガシャガシャとボトルを振る。 「氷帝もよ、たいしたことねぇじゃん」 「そうだな……なんてったって、正レギュラーが、ノーシードの選手にストレート負けだしよ」 「…………よく知りもしないのに、バカにしないでくれる?」 口に出しちゃ、取り返しがつかないとわかっていたのに、思わず言ってしまった。 あれは……確かに、亮が油断してたのもあるけど、相手が橘さんだったってのもある。 私の声に、会話していた2人がこちらを向いた。 「あ?なんだよテメェ……と、そのジャージ……氷帝のマネか」 ひゅぅっ、と1人が口笛を吹く。 「威勢のいいマネじゃん。……ははっ、残念だったな、今年の氷帝は弱くてよ。案外、毎年、金でも払って名前、買ってるんじゃねぇのか?なぁ?」 「違いねぇ。マネさんよぉ……じゃなきゃ、あんなヤツがレギュラーで、これまで勝てるわけねぇよな?」 カッチーン……と来てしまった。 なんでそこまで言われなきゃいけないのさ。 いくらなんでも、許せない。 ボトルを振る手を止めて、声がする方を睨む。 「んだよ、その目。本当のことだろうが。去年都大会優勝?よっぽど去年の学年が良かったんじゃねぇのか?それとも、やっぱ毎年、名前維持のために、裏工作でもしてんのか?」 カッ、と頭に血が上った。 「うちの学校は、部員が努力して名前を維持してるのよ!」 うちの練習を知らない奴らに、なんでこんなことを言われなきゃいけないのか。 名前を維持するのが、どれだけ大変なことか、こいつらはわかってない。 「ま、どっちにしろ……今年の氷帝は終わりだな。あんなレギュラーがいるんだし。あのレギュラーも、弱い弱い。毎日、どんな練習してるんだかなぁ?」 弱い……って、亮のことを言ってるのか。 亮は、今日も、チョタと練習してるハズ。 日に日に増えていく、傷。手当てしてもしきれないほど、亮は今、過酷な練習をしてる。 …………そんな亮を、馬鹿にされてたまるか。 「…………あんたたちに、できるの?」 「あ?」 「あんたたちにっ、ラケットも持たないで、超高速サーブを受ける覚悟はあるの!?1歩間違って目にでも当たったら、それこそ視力を失いかねない練習を、する覚悟はあるの……!?」 「あ?何言ってやがんだ、コイツ。馬鹿じゃねぇの?ぎゃははっ」 「―――ッ!あんたたちに、うちの練習がどれだけ辛いかわかる!?」 膨大な、基礎トレーニング。 限られたコートでは、1日に行えるラリーの人数も限られるため、必然的に自主トレを増やさなければならない。 毎日毎日、努力して作り上げてきた、力。 そんなのを馬鹿にされるなんて、堪えられない。 亮の1件があって以来、最近、情緒不安定だ。 感情が、うまくコントロールできない。 怒りたいのに、ボロッと涙が溢れてきた。 泣きたくないのに、涙が出てくる。 悔しい……ッ! がドリンクを作りに行ってから、大分時間が経っている。 前回のこともあるし……あいつは無茶をするヤツだから、気になってきた。 「ジロー、探してくる。お前は部員連れて、コートに移動してろ」 「んー、わかったぁ」 ジローに言い残して、俺はが歩いて行った方へ向かった。 しばらく歩くと、小さな言い争いの声が聞こえた。 男の声と……もう一方は、の声だ。 「?」 角を曲がって、その先に見えた水場。 その近くに、と……他校の男たち。 俺に背を向けて立っていたが、こちらを振りかえった。 「け、いご…………」 頬を伝う……涙? ぷつっ。 ―――頭の中で、何かが切れる音がした。 「…………オイ、うちのマネージャーに何してやがる」 「あ、跡部……!?なんでここに……!」 俺は早足でに近寄った。 がゴシゴシと目を擦る。その手を掴んで止めさせた。 「……どうした。コイツらに何かされたのか」 フルフルと小さく頭を振る。 そして、『私が突っかかった』と、小さな声で呟いた。 手がカタカタと震えている。 その手を取って、そのままぎゅっ、と抱きしめた。 「バカヤロウ、お前がそんなことするなんて、よっぽどのことだろうが」 を抱きしめたまま、そいつらを睨みつけた。 俺の睨みに、ビクリと身を竦ませる奴ら。 ジャージに書いてある名前で、学校名を知る。 「箕輪台か…………次の対戦相手じゃねぇか……」 目に見えて怯えを見せる2人。 そいつらに向けて、俺は笑みを浮かべた。 「ちょうどいい…………俺の女を泣かせた罪、俺様が直々に思い知らせてやるよ。……光栄に思え」 「…………ひょ、氷帝のマネと、跡部って……」 「、行くぞ。……本気出すから、ちゃんとアップしねぇとな」 の手を引き、俺はその場を後にする。 しばらく歩いたところで、俺はまたを抱きしめた。 まだ、泣いていたからだ。 「……泣くな。何があったんだよ」 「うぅぅ……悔しい〜……あいつら、うちのこと馬鹿にして〜〜!!」 の目から、またボロボロッと涙が零れた。 「な、泣きたいわけじゃないのにぃ〜……!怒ったら涙出てきた〜……!」 どうやら、うちの学校を馬鹿にされて、頭に来たらしい。 ぽんぽん、と背中を叩いて、1つキスをする。 の涙が、俺の頬に落ちて顎へ伝っていく。 親指での涙を拭ってやり、瞼にキスをした。 それと同時に、ぐっと拳を握り締めた。 「あ、跡部〜おかえり〜」 ジローが眠そうに目を擦りながら、むくりと起き上がる。 をベンチに座らせて、俺はジローに近寄った。 「おい、ジロー。オーダー表の訂正だ。お前、シングルス2に回れ。俺がシングルス3に入る」 「え〜?別にいいけど……変更できるの?」 「まだオーダー表、提出してねぇからな」 俺は、急いで持っていたオーダー表を書き換えた。 シングルス3に入るなんて、何年ぶりだろうか。 ……さぁ、準備は出来た。 オーダー表を提出し、ルドルフ対北條戦をしばらく観戦する。 ルドルフが圧勝したのを見て、俺たちはコートに入った。 箕輪台の奴らもコートに入ってくる。 目に見えて……俺たちを恐れていた。 ……バカめ、今頃後悔したって、遅いんだよ。 ダブルスは2つとも、1ゲームも落とすことなく完勝。 当たり前だ、いくら準レギュラーと言えど、そこらの学校にゲームを取られるような生半可な練習はさせていない。 俺とが考えて組んだ練習メニューは、確実に部員達の力となっていた。 ようやく、俺の出番。 ベンチから立ち上がり、隣に座っている不安げな眼差しのに、ジャージを手渡した。 「行ってくる」 「う、うん……頑張って」 ぽん、と頭に手を乗せ、ラケットを持ってコートへ降りた。 どよ……と場内がざわめく。 まさか、俺がシングルス3で出てくるとは思っていなかったのだろう。 「それでは、氷帝学園中対箕輪台中、シングルス3の試合を始めます!」 挨拶をするとき、すでに相手の目が揺れていた。 ゴツ、ゴツ、と拳をぶつけ合って、ラケットを回す。 サーブ権を先取した。 ベンチを1度振り返った。 が俺を見ている。 公式戦で、俺の本気を見るのは初めてだな……。 高く高く、トスを上げた。 ドンッ。 激しい音が鳴って、ボールが相手の脇を通り抜けて行く。 相手は微動だにしていなかった。 「………フィ、15−0!」 あっさりとサービスエースを取ったところで、サイドチェンジをした。 ポンポン、と地面にボールを叩きつけたところで……相手がまだ、場所を移動してないことに気付いた。 遠目でも、ガタガタとひざが震えているのがわかる。 一旦ボールをつくのをやめて、相手を見つめた。 「心配ねぇよ、すぐに終わるさ。…………震えが止まる間もなくな」 ドンッともう1度サーブを叩き込む。 1球1球に、を泣かされた怒りを込めて。 「げ、ゲーム氷帝1−0」 サーブだけで1ゲーム先取。 今度は相手のサーブだ。 バシッと音が鳴ってサーブが入ってくる。 「中々いいサーブだ……だが、残念だったな」 強く打ち返すと、緩やかに上がるロブ。 一気にネットまで詰めた。 「……よく見てろよ、」 ラケットを肩に担ぎ、バンッとグリップを狙ってスマッシュを打ち、戻ってきたボールを、そいつの足元目掛けて放つ。 いつもよりも、力が込められている『破滅への輪舞曲』。 カランカラン……と手を離れたラケットが、地に落ちて軽い音を立てていた。 「拾えよ」 そのラケットを見つめて、俺は呟いた。 「まだ、終わりじゃねぇぜ?……たっぷり踊らせてやるよ、この掌でな」 「……ひっ……」 「……俺様の女を泣かせた罪は、重いぜ?覚悟しとけよ、あーん?」 相手が、ビクリ、と身を竦ませる。 …………この時点で、この試合は、俺が完全に支配した。 NEXT |