流されるままに景吾がドリンクカゴを持っていってくれた。 途中で代わろうとしたんだけど、やっぱり返事は否で。 ……景吾は1度言ったら絶対取り消さないだろうし。 ありがとう、と言って、そのまま持ってもらうことにした。 フットワークをやってる部員のところへ戻る途中。 景吾がドリンクカゴを持っているのをみて驚いた1年生が、ものすごい速さで飛んできた(部長が雑用やってるなんて、あるまじきことだからね) ズイッ、とそのカゴを差し出す景吾。 「おい、の持ってるボトルもだ」 ついでに私のボトルまで1年生に奪い取られた。 …………景吾の威力、恐るべし。 「、対戦相手にオーダー表渡してくる」 「了解〜。行ってらっしゃい〜」 「…………今度はフラフラして、変な男にひっかかるなよ」 ぽん、と景吾の手が頭に乗っかり、ぐしゃぐしゃっと少し乱暴に撫でる。 ヒラヒラと手を振って去っていく景吾は……映画のワンシーンみたいなカッコよさ。あなたは、どこぞの王子様か。いや、むしろ王か。そうなのか(納得) とにかく、どうして動作の1つ1つがそこまで優雅でエレガントなのか……! 少し乱れた髪の毛を、ささっと直す。 さぁ、部員たちの状態を見ておこう、と思ったら。 ブブブ、とポケットが振動する。 …………もしかして、もう送ってきたのか、キヨ? でもメールじゃないらしく、振動は長く続いている。 携帯を取り出して、パコンと開いた。 『侑士』 ディスプレイに表示されている名前を、もう1度見直した。 何度見ても、表示されてる名前は『侑士』。 …………なぜ侑士?今日は地区大会だってことは、レギュラーだって知ってる。レギュラーは来ないから、練習もお休みなハズなんだけど。 ここは部員たちの声やらなにやらでざわめいているから、少し木の影に移動。 静かそうなところで、ポチリ、と通話ボタンを押した。 「はい?侑士、どしたの?」 『ちゃん〜。今ドコにおるん?』 ドコって……地区大会だってこと、忘れてるのか??? 「今日、地区大会だよ?だから、地区大会の会場に―――」 『今日が地区大会なんは知っとるって。会場のドコに―――あ』 プツン、と通話が切れた。 ……なんなんだ、一体。 虚しい機械音が鳴る携帯を、眺めていると。 「ちゃん〜!」 携帯を通してない、生の侑士ボイス。 えっ、ドコから聞こえるのよ!? キョロキョロとあたりを見回すと。 なに、やら……遠くの方で、ちっこいのが跳ねてたり、おっきいのがいたり……メガネがいたり、子羊が寝てたり、美しい黒髪がたなびいてたりするのですが! 「えっ、み、みんなっ!?」 つまりは、氷帝レギュラーが揃ってるわけで。 ……って、どうして―――!?今日はみんな、のんびり羽根休めをしてるはずじゃ……! ハッ……もしかして、応援に来たとか!? やっぱりレギュラーも人間だもんね!地区大会の緒戦だし……!緒戦は大事っていうもんね!きっと、平部員たちを元気付けに―――。 「ちゃん、会いに来たで〜」 「跡部だけと会ってるとかズルいCー!」 「だよなー。平部員たちの試合なんて見る価値ねぇけどよ、に会いに来る価値はあるからな!」 ………………………………え? ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと待って。 「みんな、応援に来たんじゃ……?」 「何言うとるん。ちゃんに会いに来たんやって」 え――――――!!!! お、応援は!?氷帝学園の応援は!? 「地区大会なんて、お前が来なきゃ来るわけねぇだろうが。なぁ?長太郎?」 「宍戸さん……でも、まぁ……地区大会で得るものって言ったら……多くは、ないスけど……」 チョ、チョタまで……! みんな、ちょっとは部活の応援をしたらどうなのか……!? もはや平部員の試合は見る必要もないのか!? それとも、応援するまでもなく、うちの学校の勝利は約束されていると……!? おぉぉ、後者だと思いたい……ッ! 「なぁなぁ、!もう聞いたか!?氷帝名物応援団!」 がっくんがピョコピョコ飛び跳ねながら、聞いてくる。 こ、こんな時でも君は可愛いのだよ……!飛び跳ねるたびに、切りそろえられた髪がファサファサ揺れてる……! 思わず、ほわ〜、と意識が遠くの方へ行ってしまいそうになったけど、がっくんの質問に答えなきゃならないという使命のために、かろうじてこの場に意識を留める。 「応援……あぁ、『勝つのは〜』ってヤツ?まだ聞いてないよ〜」 「なんだよ、声出しサボってるんじゃねぇのか?」 亮がギロリと部員たちの方を睨む。 結構な距離があるのだけど……ビクリと部員が反応して、こっちを見た。 「ち、ちぃーっす!!!」 そして、大量の挨拶。 レギュラーが現れたのだから、当たり前といったら当たり前なんだけど……いつも以上に気合が入った挨拶だ(苦笑) その気迫こもった挨拶に、会場の視線が集中する。 それと同時に開始される、ヒソヒソ話(本日2度目) 「おい、なんで氷帝レギュラー揃ってるんだよ……!?」 「地区大会にレギュラーが来るなんて……何年ぶりだよ?」 「そういや、さっき俺、跡部見たぜ……今年の氷帝、気合入ってるな……」 ヒソヒソボソボソ話す声は、意外と耳に入るもので。 侑士が少し眉をひそめながら呟いた。 「なんやねん。俺らは平部員応援しに来たんやのうて、ちゃんに会いに来ただけやっちゅーのになぁ?」 「…………侑士、それ、問題発言だから」 侑士に突っ込みを入れる。 突っ込む役目は、いつも侑士でしょ……!私にやらせないで……! 亮がキョロキョロと周りを見回した。 「そういや、跡部はどこ行ったんだよ?」 「あー、景吾なら―――」 「放っとき。跡部のヤツがいないならいないで、好都合やわー。ちゃんと心置きなく話せるしな♪ほな、近くにファミレスあったし、行こか」 「おーい侑士くーん……今日は地区大会ですよー。……ちなみに景吾なら」 スッ、と侑士の後ろを指差して。 「…………侑士の後ろで微笑んでおられます」 あまりの怖さに言うのをはばかられたけれど……これ以上侑士が景吾に対する暴言をぶっ放す前に、言っておいた方がいいよね。こ、今後の部活に関わるかもしれないし……ッ!(汗) ちなみに状況を整理しますと。 亮の発言が終わったあたりで、景吾が角を曲がって姿を現した。 どうやらレギュラーたちを発見したらしく―――縮地法もビックリの素早さで距離を詰めてきたのでした。 景吾と侑士が、ビシビシと視線で戦いを繰り広げております……! ここはテニスの試合会場です……!戦いは、テニスの試合だけで十分です……! 「忍足……貴様、その頭、1回父親にでも交換してもらった方がいいんじゃねぇのか?あーん?」 「なんやねん。跡部こそいっぺん、自分のことが大半占めとる脳みそ、交換してきた方がえぇんとちゃうか?」 「フン、わかってねぇな。俺様の頭ン中はな、のことでいっぱいなんだよ」 !!!!!ギャー!なんってコト言ってくださるんですが、この方は―――!!! 「そら奇遇やな。俺の脳みそも、ちゃんのことでいっぱいやねん」 侑士まで、何をぬかしますか―――!!! 「ちょ、ちょっと2人とも……!何言って……」 「俺の脳みそには、ちゃんの笑顔でいっぱいやねん」 「侑士……ッ!お願いだから、もう止―――」 「ハッ……俺様の頭にはな、のありとあらゆる表情やら仕草やら情報やらが詰まってるんだよ。……そして、貴様が知らないの姿もな」 ニヤリと景吾が不敵に笑いながら、侑士を悠然と見つめた。 「……跡部、自分最近、ちょお図に乗っとるんと、ちゃうか……?」 「の全てを支配してるのは、俺様なんだよ。いい加減認めろよ、あーん?」 「認めんで……っ!誰が認めても、俺だけは絶対に認めん……!」 「なら認めさせるまでだ。は毎日俺と一緒のベッドで―――」 「ギャ――――――!!!なに言ってるんですか、景吾さ――――――ん!!!」 景吾にタックルするぐらいの勢いで飛びついて、言葉を中断させる。 な、ななななな、何を言おうとしちゃってたんですか景吾さんは……! 中学生が言うべきことじゃありません! 景吾はチッと舌打ちをして、侑士を睨みつける。 侑士との間に割って入って、早口でまくし立てた。 「み、みんな、今日は地区大会!試合!応援!ねっ!?だから、一緒に氷帝学園勝利のために応援しようね!?」 むしろ、氷帝学園勝利以外のことは考えんといてくださいと言いたい! 「俺、の応援する〜」 ばふっ、とジローちゃんが抱きついてきた。 癒される……!子羊ちゃんに癒されるけども。 ……氷帝部員の応援じゃなくて、私の応援かよ……!(ツッコミ) 「あー、ジローずりー!俺だっての応援するかんな!」 同じく抱きついてきたがっくん。 ……チビーズよ……そんなに私に抱きついて楽しいのか……?あぁ、私よりも背が低いから……私がいい柱にでもなってるのかね……?フフ……でも、可愛いなぁ……(怪) 「先輩方……さんが困ってますよ?(超笑顔)」 ピシ。 チョタの笑顔に、ジローちゃん、がっくん、そして私まで固まる。 「…………チョ、チョタ……」 「あ、さん、そろそろ試合の時間じゃないですか?……ですから先輩方、離れたほうがいいですよ?(とっとと離れろよ)」 ………………なんか、カッコで違うセリフが聞こえた気がするけど、気にしないで、おこう……。 「あ、ホントだー、コート入れるね……景吾、侑士……いつまで睨みあってんのさ……景吾、ベンチコーチ入ってくれるんでしょ?私、コートの外でスコア取るから―――」 「あぁ、、お前がベンチコーチに入れ。マネージャー登録はしてあるから」 「うん、だから私、データ取って…………え?」 なんだか、私の予想と全く違った答えが返ってきた。 なんだって? …………私がベンチコーチ? 「え―――!なんでなんでなんで!私がベンチコーチ入っても、できることないんだけど!」 「お前は座ってただ見てりゃいい。…………俺がコーチに入ったら、こいつらがお前に手ぇ出すだろうが」 「無理無理無理無理ッ!景吾入ってよ!私なんかコーチに入ったら、部員が不安で仕方ないよ!」 「大丈夫だ。なァ?」 景吾がわざわざ部員たちのほうを見る。 あぁぁ……そんな目つきで見たら、部員たちに拒否権はないも同然じゃないか……! 「先輩がベンチコーチで……!」 あぁぁ…………言わされた感がアリアリと見えるよ……! 「ほら、な。……というわけだ、とっととお前ら散れ」 シッシッシッと景吾が虫でも追い払うような仕草をして、レギュラーを追い払う。 景吾に促されて、私は、初の公式戦コート入り。 背もたれがある椅子にちょこん、と座った。 ベ、ベベベベンチコーチ…!これってあれよね……青学で言ったら、竜崎スミレちゃんとかがやってるポジションよね……! む、むむむむ、無理……!なんてことを押し付けてくるのだ、景吾ってば……! 一応、少し離れて後ろにレギュラーもいるけど……な、なんでこんなことに……ッ! 「これより、氷帝学園対赤沼中学校の試合を始めます!」 は、始まってしまった―――!!!(絶叫) 「先輩」 1番最初に出場する、ダブルス2の2人が、私の前に来た。 えっ……ちょ、なんかアドバイスするのっ!? ちらっ、と後ろを盗み見たら、がっくんやらジローちゃんやらがブンブン手を振ってきた。 違うのよ―――!手じゃなくて、アドバイスが欲しいのよ―――!!!(心からの叫び) 「……先輩……お、俺……緊張してきました……」 不安げに1人の子が言う。 ハッとその言葉で、頭が冷えた。 そ、そうだ、この子達平部員にとっては、初めての試合なんだ……ッ。 ダメだ……ッ、わ、私が落ち着かなきゃ〜……。 「だ、大丈夫!今までの練習でやったこと出せれば、絶対勝てる!レギュラーと同じだけの練習こなしてるんだからね!」 ……言ってることは、結構カッコイイと思うんだけど。 残念ながら、声が震えてるのよね(泣) 「ちゃん、声震えてるで〜」 「わかってる!(泣)」 後ろの方から、レギュラーの笑い声が聞こえる。 私だって緊張してるのよ!私が試合出るわけじゃないのに……! 「……大丈夫。あれだけ練習したうちが、勝てないわけがない。頑張れ!」 ダブルスの2人が、小さく頷いた。 大丈夫、絶対勝てる。 うちは、それだけの練習をしてきた。 ぎゅっ、と拳を握って、目の前を見つめた。 ダブルス2、ダブルス1、シングルス3と順調に勝ち進んで、とりあえず、私たちは勝利を手中に入れた。 でも地区大会の準決勝は、5試合全て行われるから、まだ終わらない。 シングルス2の海田くんがストレートで相手を下し。 若が今、最後のポイントを取ろうとしている。 演舞テニスを出すまでもなく、若は相手を追い詰めて。 相手のボールが、若の頭上を大きく越えていったとき、勝負の決着がついた。 「ウォンバイ、氷帝日吉!」 つまり、完全勝利と言うわけで。 スコアを取っている手が、震えた。 氷帝学園 5−0 赤沼中学校 書き込んだ字が、少し揺れている。 挨拶を終えて、若が戻ってきた。 「先輩、勝ちま……何泣いてるんですか」 「な、泣いて……る……?」 ぽと、とスコアに水滴が落ちた。 慌ててジャージで拭う。 あれ、ホントに泣いてる。 泣き顔は不細工だから見せたくない。 うつむいて、涙を拭いながら聞いた。 「わ、若……か、勝った……んだよね?」 「当たり前でしょう、見てなかったんですか。…………ちゃんと、スコア記入してあるじゃないですか」 確かに記入はしてたけども。 「……で、なんで泣くんですか」 「だ、だって……公式戦、初勝利で……みんな、頑張ってて……あの練習も無駄じゃなかったって、か、感動して……!」 あぁ、また涙が溢れてきた。 みんながどれだけ頑張ってるのかを、見てきたから。 平部員の子たちの努力も、みんなみんな報われて良かった。 「地区大会の勝ち1つでそんなに感動してたら、この先、いくつ泣くつもりですか……」 若がかがみこんで、見上げてくる。 バッチリ泣き顔を見られる体勢。ぐしぐしと涙を拭った。 「擦ると目、赤くなりますよ。…………でもまぁ、そこまで喜んでくれるのは、悪い気分じゃないですね」 若が腕を取って、立たせてくれた。 「おい日吉、にベタベタ触るな〜!」 「向日さんは黙ってそこで見ててください。……先輩、挨拶してきます」 若たち選手がネット付近まで行って、相手チームと握手を交わしている。 それを見てるだけで、また泣きそうになった。 私もお辞儀を一緒にして、メンバーと一緒にコートの外へ。 コートの外に出たら、景吾が呆れた視線を向けてきた。 「何泣いてんだよ。……たかが地区大会で泣くな」 「だって……か、勝った……」 「当たり前だ。……涙は、俺様の勝利の時まで取っとけ」 絶対無理。また泣きそう。 「勝ったよ……ッ」 「ちゃん、勝つんは氷帝に決まっとるやろ?」 「…………嬉しい〜……」 「、嬉Cなら、笑ってよ〜」 ジローちゃんがニコニコ笑って、抱きついてきた。 そ、そうだよね……嬉しいんだったら、笑うべきだよね。 「勝った!!!」 ジローちゃんをぎゅっと抱きしめる。 「あっ、ジローずりぃ!俺も!」 がっくんまで抱きついてきた。 がっくんもぎゅーっと抱きしめて、もう1度『勝った!』と言った。 初めての公式戦は。 完全勝利。 「…………えぇなぁ。ここまで喜んでくれると、やる気出てくるわ……」 忍足がボソリと呟いた。 俺は、向日とジローを後でどうしようか、と考えていた途中だった。 泣くほど喜んでくれて、あんな笑顔を見せられたら……誰だって、やる気が湧いてくるだろう。 「俺、今度の試合出よかな……ちゃんが喜んでくれんのやったら、地区大会、出てやってもえぇわ」 「バカヤロウ。……俺たちは、関東や全国で勝って、を喜ばすんだろうが」 「…………せやな。…………あの笑顔のためやったら、俺、今なら立海の奴らにも負ける気ぃ、せぇへんわ」 が、ジローたちと一緒に笑っている。 少し赤い目だが、満面の笑みで。 「…………俺も、今なら幸村にも勝てる気がするぜ」 あの笑顔が見れるのなら。 何が何でも、勝ってみせる。 NEXT |