地区大会当日。

シード権を持っている、うちの学校は準決勝からの出場になる。
結局ついてきた景吾。
一緒に会場入りしたんだけど……視線が厳しい厳しい(汗)

ヒソヒソ声が気になるんだよ!声抑えてるつもりだろうけど、聞こえてるから!

「……おい、なんで跡部が地区大会に来てるんだよ……」

「毎年氷帝は、地区大会は平部員と準レギュだろ?」

…………ホントにレギュラー、姿すら見せなかったんだ……。
氷帝レギュラーの試合が見れるって、相当レアなんだ……。

更衣室のところで部員と別れる。女子更衣室は、予選に出る女テニの子でいっぱいだった。
おぉぉ……みんな若々しいね……って、今は私も同じ年齢か……。
変なことを考えながら、その子達に混じって着替えを始める。

鞄からジャージの下を出して、スカートはそのままで足を通す。……いや、女の子同士だからって、一応パンツは見せたくないし、うん。
シャツを脱ぎながら、例の氷帝ポロシャツを着た。

「…………氷帝のジャージ?」

…………またヒソヒソ声がする(泣)
しかも、注目浴びてるし……!
人の着替えをそんな大胆に見ないでください……!

スカートを脱いで、丁寧にたたんで鞄の中へ。
さすがにポロシャツだけじゃ寒いから、上着を羽織った。

「やっぱり氷帝のジャージ……しかも、メンズよ?」

「え、じゃあ、氷帝のマネージャー?うっそー、跡部様とかのマネージャーやってるってこと?ずるーい」

……………………こんなところでも有名なんですか、跡部様〜……。
他校の乙女をも惹きつけるなんて……やるわね、景吾!(なんか違)

気後れしつつも、早くここの空間から逃げ出したい一心で、鞄の中に脱いだシャツやらを押し込む。
そそくさとその場を出れば、着替え終わってる部員の子がいた。
景吾はといえば―――制服のまま。
試合に出る気がないのが、ありありとわかるよ……!
まぁ、確かに試合に登録されてないから、着替える必要はないけど……ね。

、準備はいいか?」

「うん、大丈夫。……アップ始める?」

「あぁ。……とりあえず、コートの周り、5周して来い」

景吾が部員に指示を出した。
はい、と返事をしてランニングし始める子たち。

、俺はオーダー表を提出してくる。……メンバーは昨日言ったとおりだから、部員たちにもそう言っておけ」

「了解。あ、景吾が戻ってくるころ、私ドリンク作りに行ってていないかも」

「わかった」

景吾がオーダー表を持って、受付へと行くのを見届けて、私は氷帝部員の荷物がまとめて置いてある場所へと行く。
ゴチャゴチャと置かれてる部員の荷物の間から、救急箱を発見して、テーピングやらポカリやらを出す。
隣においてある、平部員用のボトルをカゴに詰めて。

ランニングが終わるまで、スコアの準備をしておいた。

今日はレギュラーじゃなくて、準レギュがメイン。
ダブルス2は平部員のコンビで、ダブルス1が準レギュの小川くん、近林くんペア。シングルス3が平部員の2年生、シングルス2が海田くん、シングルス1が若というオーダー。

…………まぁ、仮に平部員の子が負けても、準レギュが全部勝てば次に進めるっていう、確実なオーダーだ。

先輩、ランニング終わりました」

「あ、はいはい……じゃ、ストレッチ入って。あ、それから今日の試合のオーダーは、昨日、景吾が言ったとおりでいくから」

「わかりました!」

「ストレッチ終わったら、2人1組で、柔軟やっといて〜。私、ドリンク作ってくるね」

言い残して、ボトルとポカリの粉を抱えて、水場を探した。
こういう場所って、意外と水場がなかったりするんだよね……さすがにトイレの水はイヤだしなぁ。

ボトルを抱えてウロウロしてると……おぉぉ、やっぱり視線が集まってるよ(汗)
氷帝ジャージって有名なのね……そして、それを着てる私が珍しいのね……。

「氷帝のマネ……いいわよね、無条件に部員の人と仲良くできて」

謂れのないひがみだ、妬みだ!(泣)
無条件に部員と話できるけど、もれなくたくさんの仕事がくっついてきますよ!
それでもよろしければ、ぜひ氷帝マネに!私はあなたを歓迎します!少しでも私の仕事が減るのならば!さぁ、ぜひどうぞ!

……って、心の中で勧誘しても意味ないしー……。

はぁ、とため息をついて、また水場探しを再開。

少し離れた建物の影に、ようやく水道を発見。

急いでドリンク作り。量が多いから疲れる……!シェイクすると、腕の肉が揺れてるのがわかってイヤ……!
なんとかならないものか、この贅肉は……こういうとき、男が羨ましい……景吾とか体脂肪率きっと一ケタなんだよ……!

「って、こんなこと考えてる場合じゃない〜!」

急いで部員たちのところへ行かなくては!
ガシャガシャとボトルを振って、ドリンクを作り上げる。

籠の中にボトルを詰め込み、入らなかった分は腕に抱える。

さぁ、戻るぞ、と振り返ったとき。

「あっれ〜、氷帝ってマネージャーさんいたんだ♪」

…………オレンジ、頭の……この声は。

「俺と身長同じくらい?んー、でも可愛いなぁ。こんなところで女の子に会えるなんて……ラッキー♪」

目の前で動いてしゃべって笑ってるのは。

「ラッキー、千石……」

上から下まで凝視して、ポツリと口をついて名前が出た。
キヨだよキヨ!

思わず持っていたボトルを、カゴごと落としそうになったけれど、もう1度作り直すのはイヤだったので、なんとか死守。

でも、私はポカーン、とキヨを見つめた。

「俺のこと知ってるんだ〜。ねぇねぇ、君、名前は?」

「え…………です……」

ちゃん!かっわいい名前〜!俺、千石清純。山吹中の3年〜」

「知って、ます……Jr選抜に選ばれた……」

「そうそう♪そのジャージ、氷帝だよね?マネさんかな?」

「あ、はい……一応」

「いいなぁ、女の子のマネージャー。うちの部にも欲しい〜。……ね、今ちょっと時間ある?話そうよ〜」

時間……。
ハッ!!!

時間、ないじゃん!(汗)

「あわわ、すみません!私、急いで行かなきゃ!部員たちがドリンク待ってるので!」

「あ、やっぱりそうか〜。ボトル抱えてるしね……」

キヨが、ポリポリと頭をかく。
……うわー、ホントに髪の毛オレンジだ……地毛?……だよなぁ、ジローちゃんやチョタもあの髪の色だし。……この世界の人たちは色んな髪を持ってるよ……。

キヨは、あっ、と小さく呟くとニコニコ笑いながら近づいてきた。

「じゃあ、ボトル持つの手伝うよ♪その間、話ししよっ、ねっ?」

言うが早いか動くが早いか。
キヨは、ひょいっと私が右手にぶら下げていたかごを持ってしまった。

「えっ、あっ、ちょっ……」

「今日は、氷帝のレギュラーも出ないって言うし、偵察に来た甲斐がないなぁ、と思ってたら……ちゃんと会えた!やっぱ俺って、ラッキー♪」

「あ、あのっ、ボトル……!」

カゴの中には大量のボトル。結構な重さのはず。
それを他校生に持たせてるのに気が引けて、カゴに手を伸ばしたら、ひょいっとキヨはカゴを軽く持ち上げて、手を振った。

「いーからいーから♪ちゃんは何年生?」

「え、3年ですけど……」

「じゃあ敬語ナシで!俺のこと『キヨ』って呼んでね〜」

き、キヨッ!(絶叫)
ほ、ホントに呼んでいいんですか!(イヤ、脳内ではずっとキヨだったけれども)
私って……実はものすごく『呼び名運』があるのではなかろうか……!きっと呼び名運だけだったら、ラッキー千石以上……!

「ほら、キヨって言ってみて?」

「き、キヨ……?」

「うん♪あ、ケータイ持ってるよね?後でアドレス交換しよ♪」

……コイツ、手馴れてる。

ナンパの手口、心得てるよこの人!
普通にアドレス交換まで持って行きましたよ!

「う、うん…………あ、あのさ、ここでいいよ?もうすぐコートだし……一応、他の学校も偵察した方が……」

景吾のことだ。キヨと一緒にいるトコ見られたら、また何か言われる気がする……!
最近景吾の行動が読めてきたのよ……!

だから、残念だけど、キヨとはここでお別れ…………

「いやぁ、今日はもう偵察いいや♪ちゃん見てることにする♪」

え――――――ッッッ!!!
て、偵察しようよ!そんなんでいいのか、Jr選抜!
わざわざ違う地区から偵察に来たんでしょ!?

「…………?」

ギク。

前方から、いつもより少〜し低めのお声が。

隣でキヨが、『あ』と小さく呟いた。

「跡部く〜ん、久しぶりぃ♪」

「…………千石……なんでテメェがここにいるんだ」

ツカツカと歩み寄ってくる景吾さん。
いつもより3音ほど、声が低いです。

「何って、偵察だよ偵察〜。だけど、跡部くんたち出ないみたいだし。で、ちょうどちゃんに会ってさ、ドリンク持つの手伝って―――」

「そうか。が世話になった。じゃあな」

景吾はキヨからカゴを奪い取ると、私の肩を強引に引き寄せてスタスタ歩き出した。

「あ、跡部くん、ちょっとちょっと……俺、まだちゃんと話したいんだけど―――」

「残念だな、はこれからマネージャーの仕事だ。……そうだろ、あーん?」

景吾の目が、拒否を許してくれません……ッ!
それでも粘り強いキヨは、かなりの速度で歩いている景吾の足に追いつく。

「俺、氷帝のゲーム終わるまで待ってるからさ、ちゃん一緒に駅まで帰ろうよ〜」

「悪いな、は俺様と一緒に車で帰るんだ」

間髪を入れずに景吾が応答。

「じゃあさじゃあさ、せめてゲームが始まるまで―――」

ピタリ、と景吾の足が止まる。
ゆっくりキヨの方を向いた。
……私からは表情が見えないけれど、恐らく怖〜い笑みを浮かべてるのだろう。

「千石、は俺様のモノだ。余計な手を出すな」

「………………跡部くんのモノ?なにそれ、まるで彼氏みたいな―――」

「彼氏だ。は俺の女だ。わかったか」

…………………ちょっと待って。
リアルに恥ずかしいんだけど!(汗)

普通に『彼氏』って言ったし!『俺の女』って言ったし!

け、景吾が彼氏……!そういえばそうだけど、言葉にすると恥ずかしいよ……!

ちゃん……ほ、ホント……?」

「えーっと……まぁ」

フン、と景吾が鼻で笑った。
対照的に、キヨの肩がどんどん下がっていく。

「……俺ってアンラッキー…………で、でも!もしかしたら俺にもまたチャンスが巡ってくるかもしれないし……!ちゃん、せめてアドレスだけでも交換しよう!ね!?」

キヨが、鞄から光の速さで携帯を取り出す。

せ、千石清純、なかなかしぶとい……!
そのしぶとさをぜひともテニスに生かしたほうが……!

どうしたものか、とチラ、と景吾を見たら、仕方ねぇな、と言う表情。
…………まぁ、アドレスくらいなら、ね?

ポケットに入れてある携帯を取り出した。
同じ会社の携帯だったから、赤外線通信でアドレス交換。

「今度、メールするからね……!跡部くんと別れたときには、すぐに言ってね……!」

「バカヤロウ、別れるわけねぇだろうが。…………、行くぞ」

景吾に手を引っ張られる。

「じゃあねー!絶対メールするから!またねー!」

キヨがブンブン手を振っていた。

まさかこんなところで、オレンジ頭のラッキーボーイと、出会うとは思わなんだ……!

なんだかこの地区大会、一筋縄じゃ行かない気がする……!



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