「侑士〜、ちょちょちょ……こっち来て〜」 「ん?どないしたん、ちゃん?」 「頼みたいことが、あるんだけど…………」 内緒の、内緒の話。 …………なんでだ? 今日、何度目かの呟きを、頭の中で繰り返した。 「景吾〜?どしたの?」 「……いや、なんでもねぇ」 のいつもと変わらぬ声に、再度『なんでだ?』と思いながらも、俺は足を動かした。 今日は10月4日。 …………世界の暦、もしくは俺様の記憶が間違っていなければ……今日、10月4日は俺の誕生日のはずだ。 ………いや、それは両方ともありえない。暦は正しいし、俺様の記憶も正しい。 レギュラー陣を含め、学校に来てからもたくさんの奴らからプレゼントを貰った。……それはもう、持ち帰れないほどに。 しかし。 肝心のは、誕生日に関して、ほとんど触れていない。 誰かが祝いに来れば、一緒に拍手したりするが、それ以上の反応はなし。 別に今はそれでもいい。家に帰ってもまだ時間はたっぷりあるからだ。 …………それより。 なぜか今日に限って、と忍足の会話が多かったり、やたらレギュラー陣が教室にやってきて邪魔をしたりするのが気に食わない。 1番気に食わないのは…… 「なんであの野郎は、あんなに機嫌がいいんだ……?」 いつも以上ににやけた顔の、忍足が気持ち悪いことこの上ない。 とうとう頭でも沸いたか? 拭えない違和感を抱き続けながら、そのまま放課後になった。 テニス部の引継ぎ、生徒会の引継ぎも終えたばかりだというのに、がどうやら生徒会の後輩に何かを頼まれたらしく、放課後、居残ることになった。 …………どうせなら、早く家に帰って、と2人きりで過ごしたかったんだが……まぁ、生徒会関係なら仕方ない。 当然、俺も一緒に残ろうと思っていたんだが―――。 「けーいーごーくんvv」 HRが終わった後すぐ、やたら人をムカつかせる音程の声が発せられた。 「………………(無視)」 「うわっ、さらっと無視すんなや」 「生憎、俺のことを『景吾くん』などと呼ぶ、キモチワリィ声を出す男に知り合いはいない」 「(ホンマ、いつかしばいたる……いや、ここは我慢や、我慢……)わかった、俺が悪かったです」 「……なんだ?今日はやけに素直だな。とうとう俺様にひれ伏したか?」 「んなわけないやろ。……それはそうと、跡部」 「……なんだ」 「放課後、暇か?岳人たちが、お前の誕生日祝いやる言うて張り切ってんねん」 「……あぁ……悪いが、今日は居残り―――「あ、景吾、別に私1人で平気だから、行っておいでよ」 忍足に断る前に、話を聞いていたらしいが、口を開いた。 「いや、だが―――」 「大丈夫だって!折角だしさー、行っておいでよ!」 ニコッと笑いながら言うに―――今日抱き続けてきた不思議な違和感を感じながらも、仕方なしに頷いた。 ……違和感を感じようがなんだろうが、の笑顔に敵うわけがない。 「……わかった。用事が終わったら連絡しろ。迎えに来るから」 「あ、う、うん……わかった……」 妙に歯切れが悪い物言いに、ますます違和感を感じた。 ……まぁ、学校内だし、大丈夫……か? 「別に、用事が終わらなくても、なにかあったら、連絡しろよ?」 「…………はーい。じゃ、またね」 小さく頷いた。 ぽん、とその頭に1つ手を置いて、俺は教室を出た。 「どこにいるんだ?岳人たちは」 「下駄箱らへんで待っとるハズや」 忍足の言うとおり、下駄箱のあたりで、レギュラー陣が待っていた。 いや、日吉だけはいない。……アイツは部活の方で忙しいのだろう。部のトップは、見えないところで色々な仕事がある。 日吉以外が揃っている面子を見て、俺は呆れて小さく息を吐いた。 しかしまぁ……コイツらも、大概暇だな。中3と言えど、俺たちに受験はないから、暇と言えば暇なんだが。鳳も、試合がまだ先だから、暇なのだろう。 「お、跡部来た来た!」 「さっきも言ったけど、お誕生日、おめでと〜」 「あぁ、ありがとよ。……で?どこ行くんだ?どーせお前ら、俺の誕生日祝いだなんだっていう名目で、ただ単に騒ぎたいだけなんだろ?」 「バレてら……でもよ、ちゃんと祝う気持ちはあるぜ!?」 「そうですよ!宍戸さんの言うとおりです!」 どうだか……と思いつつも、気分は悪くない。 ただちょっと、隣にいつもいる人間がいないのが、妙なだけだ。 「カラオケでも行くか〜」 「あ、いいな、それ」 「お前ら、俺様の誕生日を、カラオケごときで祝う気か」 「いーじゃん跡部〜。カラオケなんて、あんま行かないっしょ?」 「いや、最近はが行きたがるから時々行ってる」 「「「「「誘えよ!そういう時は!」」」」」 ピッタリそろった声を、俺は軽く無視した。 今日最大の違和感を感じたのは、カラオケに来て2時間ほど、経ったころだった。 からの連絡が来ないので、電話をかけに、部屋を出ようとしたとき。 「あ、跡部!どこ行くんだよ!?まさか帰るんじゃねーよな!?」 やたら焦った岳人が聞いてきたのだ。 「は?いくらお前らにだって、黙って帰るわけねーだろうが。に電話かけに行くだけだ。連絡ねぇからな」 「そ、そうか……そうだよな、まだまだ祝ってんだからな、帰るわけねーよな、アハハ」 「……あーん?」 俺の答えを聞いた岳人は、空笑いをして、忍足の背中をバシバシと叩く。 ……怪しい。 怪しすぎる。 いつの間にか歌も中断していた。 ぐるりと他の奴らの顔を見渡せば、皆、シラーっとそっぽを向いている。 ……いや、岳人と宍戸だけは、微妙に顔が引きつっている。 コイツら2人は、レギュラーの中でも、『単純』部類だ。 つまり。 …………隠し事には、向いていないタイプ。 開きかけた扉を、1度閉めた。 じっとヤツらを見る。 「ど、どうしたんだよ、跡部?電話なら、早く行って来いよ」 「岳人……お前、自分が棒読みなの気付いてるか?」 即座に岳人がジローと宍戸に殴られた。 忍足が、岳人の口を塞いで、胡散臭い笑みを浮かべる。 「跡部、岳人ってば、ちょお今日は気分悪いんやって」 「さっきまでバカ騒ぎして、ラップをノリノリで歌ってたやつがか?」 「………………えーと」 「……テメェら、何を隠してる?ここまで怪しくて、何もないだなんて言わせねぇぜ?」 俺の問いかけに、全員が沈黙。 しばらく経っても、それは変わらなかった。 ……どうあっても口を割らないつもりだ。岳人は眉間にシワを寄せてまで、口を閉じている。 その時。 独特のリズムの振動が、手の中で起こった。 振動源は、ずっと握り締めたままの携帯。 ……そして、このリズムは、たった一人だけのもの。 小さく息を吐き、ヤツらに一瞥をくれてから、扉を開けた。 色んな部屋から漏れている音がうるさい。少し離れた静かなロビーまで出てから、通話ボタンを押した。 「…………もしもし、?」 『あ、景吾?今、どこにいる〜?』 「駅近くのカラオケだ。終わったのか?なら、迎えに―――」 『あ、ううん、平気。まだ景吾たち楽しんでるかな、と思って、お屋敷に連絡して先に帰ってきちゃったんだ。ごめんね、勝手に帰ってきて。……えーっと、景吾、まだそっちにいる?』 「……いや?お前が家にいるなら、そろそろ帰る」 『あ、ホント?……うん、じゃあ、運転手さんに言っておくね。もう、すぐ迎えに出てもらう?』 「……そうだな、15分後に来いって伝えておけ」 『わかった。じゃ、また後でね』 の返答を聞いて、通話を切った。 なんだか、電話越しでもやたらうきうきしている感じのの声。 …………都合のいい可能性に、思い当たった。 部屋に戻ると、静かにあいつらが待っていた。あのまま歌っていないのだろう。部屋ではカラオケなのに、曲が流れていなかった。 俺が部屋に入ると、慌てて『普通』に戻ろうと、一斉に曲を選び出したり、話し始めたりする。 そのうち、恐る恐る、と言った感じで、鳳が口を開いた。 「跡部さん……さんからの連絡でしたか……?」 「あぁ……用事が終わったらしい。もう家に帰っているというから、俺ももうそろそろ帰る」 「…………そうか、終わったのか」 そう言った宍戸は、明らかに安堵の表情を浮かべている。 荷物をまとめ、忍足に1万円札を渡す。そして、そのまま立ち上がった。 「跡部?明らかに多いで、これ」 「いい。……今日の礼だ。お前ら……に何か、頼まれたんだろ?」 ギク、と全員の背筋がこわばったのがわかった。 クッ……と小さく喉の奥で笑う。 ……これでは、ごまかしようがないだろう。 はぁ、と小さくため息をついて、忍足がゆっくり口を開いた。 「……跡部―――」 「フン。……気づかなかったフリ、しといてやるよ。大概、テメェらも演技が下手だぜ」 バサッ、とブレザーを着て、カバンを持った。 「……じゃあな」 そして俺は。 ……が待つ、家へと、向かった。 NEXT |