「〜、水〜……」 「ハイハ〜イ」 「やっべ、グリップテープどこやったっけ!?」 「亮ってば……さっきラケットバックに入れてたでしょ?」 どうやら、今まで通りの仕事で十分だったみたいです。 Act.34 いつもどおりの、光景 その場にいた侑士や亮を除く、他のメンバーが青学との練習試合を知るのは翌日のことだった。 どうやら夜のうちにメールなどで連絡はいっていたらしい。登校してすぐに、まずは弾丸のような勢いで教室に「詳しい話を聞かせろー!」とがっくんが飛び込んできた。 次に来たのはジローちゃん。最初は寝ぼけ眼だったけど、話を聞いているうちに覚醒状態に。朝なのに非常に珍しい。 そのまま侑士や亮も交えて、緊急プチミーティング。 一応、ほとんど毎日跡部家所有のテニスコートで練習したり、時たまストテニ場に行ったりもしてたけど……実戦から離れて久しいし、部活の時ほどバリバリにテニスをやっていたわけじゃない。 彼らの運動能力がそう簡単に落ちるとは思っていないけれど……こうなった以上、負けず嫌いな集団だから、『現状維持』ではなく『向上』を目指すはずだ。 というわけで、あっさりと跡部スポーツジムのテニスコートで毎日3時間の練習とそのメニューが決まった。 今日はすでに3日目。 みんなの調子はジリジリと上がってきている。 さすがにフットワークやらはやらないけれど、ラリー練習に加え、球出しからの基本的なストローク練習やボレー練習もメニューに入っていた。 前半はそれらをみっちりやって汗を流し、休憩をとった後の後半はひたすらゲーム形式の練習。 「試合はなるべく数をこなすためにダブルスオンリーだ。手塚と話し合ってそう決めた」 ということを景吾さんが初日に宣言したので、ひたすらダブルス練習。 いろんな人と組んで様々なペアで練習を行っている。 「ちゃん、次、俺と入ってくれんか」 「あ、おっけー。よろしゅうお願いします」 「おー、任しとき」 3年は5人しかいないので、私も交じって3ペア作ってやっている。 私は最初から最後まで傍観者でいる気満々だったんだけど、景吾さん直々に「やれ」と言われたら断りようもない(というか、断ったらその後が怖い)。 本当なら技術の差がありすぎるからやりたくはないんだけど……もはやそんなことを言っている場合でもないし。 ま、私と組んでる人はいつもより多く走ったり多く動いたりするから、スタミナ諸々の訓練になると思ってくれればいいかな、と……! まだ本調子ではない彼らの練習にはなんとかついていける。 私もなんだかんだで、引退してからも毎日、景吾たちに付き合ってテニスしてたからね……(遠い目) 「ほな行くで、ちゃん」 「うん〜。侑士、頼んだよ〜」 「よっしゃ、頼まれたる」 パン、と手を叩き合うと……侑士が異様に笑顔になった。……言っちゃなんだけど、ちょっと怖い。 「オラ!さっさとサーブ打ちやがれ!」 あー、ネットの向こう側で景吾さんの声が響いてるー……。 相手は景吾とジローちゃんか……こりゃ、ボレーに注意しなきゃ。ヒィ、走れるかしら……! 「跡部のヤツはホンマ、人の邪魔すんのが好きやな……ま、しゃーない。いっちょ、やったりまっか」 「おー。がんばるぞー、負けないぞー」 「その意気やで、ちゃん」 侑士はエロい声で笑って、ポジションにつく。 ヒュウッ……と風が吹き抜けると共に、侑士のサーブがコートに突き刺さる。 パァンッ!と高い音と共に、景吾の恐ろしく速いリターンが返ってくる。 「……っと……ちゃん、ケア!」 「ラジャ!」 どうやらリターンに押されて、侑士が甘いストロークを返したらしい。 センター付近に入ったボールを、ひょいっと飛び出たジローちゃんがポーチボレー。 「よい、しょっ……」 一か八かでえいっと飛んできたボールにラケットの面を合わせる。 かなりのスピードのボレーだったから、それだけでもうまく向こう側のコートに入った。 「ナイスキャッチ!」 「、すげぇ!」 コートの外から亮やがっくんの声が聞こえる。 そしてコートの中から――― 「甘いぜ」 低く響く声も聞こえた(涙) 私がやっとこ返したボールを、景吾さんは容赦なくスマッシュ。 ドカン、という音がなって、決められてしまった。 「…………うぅ……容赦ない……」 「当たり前だろ。……ま、今のは忍足のストロークが甘かったからな、アイツの所為だ」 しれっとそう言った景吾に対して、私の近くに寄ってきた侑士が大声で返す。 「わかっとるわボケ!……ちゃん、ごめんな」 「いやいや!……したら、次はぜひともよろしくお願いします」 「おっしゃ」 パチン、ともう1度手を叩きあって、ポジションについた。 その後は、ポイントを取りつつ取られつつを繰り返して―――結局ゲームを取られて、私の出番は終了。 彼らはまったくもって『手加減』という言葉を知らないので、前後左右走りっぱなしにさせられたり、かと思えば多彩なスピンで翻弄されたり、はたまた強烈サーブで触れるのも精いっぱいだったりもする。 でも、うまい人と一緒にやってると上達も早い……っていうのは本当で、自分でも大分うまくなったんではないかと思う。……残念ながら、比較できるような人が身近にいないのが寂しいところだけど。 「おう、お疲れさん」 次にゲームに入る亮が、すれ違いざまに、ほい、とタオルをくれた。 もう10月で気温も低くなってきたけれど、それでもテニスをすれば汗をかく。 ありがと〜、と手を振って、ベンチに座って、肩やふくらはぎなんかをほぐす。 なんだかんだで、毎日あのメンバーとテニスをやってるんだもの……疲れるよ……。 「、さっきナイスキャッチだったぜ!」 コートに入っていないがっくんが、ぴょこんっと隣に座ってきた。 「あははー、取れちゃったねぇ。……でもまだまだコースとか甘いから、どんどこ打ち返されちゃうし。全然相手にならなくて申し訳ないなぁ……」 「んなことねぇって!……そうそう、2ポイント目取った時のことなんだけど、ボレーヤーの足元狙うのは基本なんだけど、そればっかじゃ取られちまうから、アングルも混ぜてみ」 「うん〜……アングルかぁ……まだ成功率低いんだよね……」 「多少のリスクは負うけど、1つ決まればグッと楽になるかんな!」 「うん!がっくんありがと!」 「おうよ!」 ニカッとがっくんの笑顔が返ってくる。 みんな教えるのが好きみたいなので、こうしてゲームを見ててくれて、ご教授いただくこともしばしば。上達の理由はここにもあるかもしれない。 「あ、そうそう、それとさ〜。平行陣になった時なんだけど……」 他にも聞きたいことがあったので、がっくんに話しかけてみる。がっくんが「なんだなんだ?」とニッコリ笑顔で答えてくれたのでちょっと目眩がした。 その目眩に対抗しながら、しばらく話してると、ゲームが止まって騒いでいることに気づいた。 「自分、ホンマに目ェついとるん!?今のは誰がどーみてもインやろ!オンラインやろ!」 「あぁん?誰がどっからどーみても今のはアウトだ。見苦しいぞ、忍足。セルフジャッジに文句をつけるとは」 「チャレンジや!チャレンジを要求するで……!」 「国際大会の見すぎだ」 「……負かす……負かしたる……今日こそ決着つけたるで、跡部……!」 「……いいぜ、返り討ちにしてやるよ」 「勝ったらちゃん連れて、千葉県の夢の国に行ったるで……!」 「俺様がテメェを、本物の夢の国へ連れてってやるぜ……」 コート上でギャアギャアと言い合う声が聞こえる。 「…………なーんか言い合ってるねぇ」 「……いつものことだな」 「だね」 練習中に幾度となく見てきた光景。……久しぶりに、見る光景だ。 がっくんと顔を見合わせて、苦笑した。 NEXT |