目の前にある、ニコニコ笑顔。
ほんわかする雰囲気の笑顔からは、まったく想像もつかないほどつめた〜い声が駅に響く。

「邪魔な人間が多いね。どうしたのかな?」

秋まっただ中の10月半ば。
私はブリザード吹き荒れる冬を、少し早く体感しました。



Act.33  たな勝負は、確信犯の名のもとに



運動会が終わって、次の週の水曜日。
帰宅ラッシュで賑わう青春台駅に、私は再び訪れていた。

改札を出てあたりを見回せば、すぐに見つかる目立つ方たち。
人をかき分けて、ようやくそこへたどり着く。

「手塚くん、ごめんね、遅くなって」

「構わない。俺たちも今来たところだ」

その言葉に、前回同様、一緒に来ていた3-6コンビが頷いた。
英二はニカッと笑って、不二くんはこのうえなく優しい笑顔を向けてくれた。

この世界はなんて美形が多いんだ……!
その笑顔に目に見えない眩しさを感じ、思わずドッキー!と鼓動が強まる。

「…………オイ、コラ。俺以外の男見て固まってんじゃねぇぞ」

ぽん、と頭に乗った手の感触に、ハッと我に返った。
もちろんその手の持ち主は……跡部景吾様。

手塚くんに制服を借りたのがバレた後、それまでの経緯やいつ返すのかという予定などをくまなく聞かれた。
そして今日。
しっかりばっちり予定を把握していらっしゃる景吾様に、学校からの帰り際、「行くぞ」と言われて……こうして一緒に来ている。

「……あ〜〜〜と〜〜〜べ〜〜〜……自分、さっさとその手をちゃんの頭からどかしや!」

ペシッ、と音とともに、頭の上の重みがなくなる。
その代りに、ぜーぜー、という荒い息遣いがすぐ近くで聞こえた。

振り返ったら、ほんの少し汗をかいた侑士が…………ってぇぇぇぇ!?

ちゃん……無事、か……?」



……またエロボイス!!!!(汗)



「忍足……そんなに急いで来なくていいんだぜ?というか、帰れ。テメーはいなくても全くかまわねぇ、むしろいたら邪魔だ」

「アホ!俺がおらな、自分、絶対この駅来ぉへんやろ!俺の予測やと駅にも行かずどっかにちゃん連れ込んで……あぁぁぁぁぁ……」

自分の星へと帰れ、伊達眼鏡

「ったく……なにやってんだよ……」

亮が小さくため息をついた。
同じく、ぎゃあぎゃあと言い合う2人に向かって吐き出される小さな吐息と言葉。

「……邪魔な人間が多いね。どうしたのかな?(ニッコリ)」



……怖ッッッッッ!!!!!



素晴らしい笑顔から出たとは思えないほどの冷たい声音に、背筋が凍りつく。
その一言で、言い合っていた2人の声がピタリと止まった。
ゆる〜りと景吾と侑士は不二くんに向き直る。……若干、目は座り気味で。

「……言ってくれるじゃねーの、不二」

「せやなぁ……」

「フフ……」

なんとも言えないオーラを出している3人が怖すぎるよ……!
じわじわとその方々から離れて、私はコソコソと手塚くんに近づいた。

「あのー……手塚くん、制服ありがとう」

「……あぁ。役に立ったようでよかった」

「うん、すごく助かった!……でも学ランって思ったよりも重いんだね」

「そうか?毎日着ているとあまりそういうことは感じないから、面白い意見だ」

「じゃ、今度ぜひブレザーを…………(想像)……………ぜひ!ぜひ着てください!!!」

「ふむ。それならば「、ずいぶん楽しそうじゃねぇか、あーん?」

ぽむ、と幾分強い力で、頭の上に手が乗っかる。
ついでに盛大に手塚くんの言葉を遮ってくださる傍若無人っぷり。

「景吾さん……」

「……ったく。…………が世話になったみてぇだな。一応、礼は言っておくぜ」

「…………あぁ」

「ところで。…………お前も、来月からのU-17の話は聞いてるな?」

「あぁ、竜崎先生から伺っている」

「お前ら3年は一応部活引退してんだろ?テニスやってんのか?」

「個人でやってはいるが、部で行っていたころに比べると格段に練習量は少ないな。内部進学にせよ外部進学にせよ、受験の準備があるからな」

「なるほど。ま、俺らは早々に進学については目処がついているが……練習量に関しちゃ、お前たちとそう大差はないだろう。実戦からも離れているしな。…………で、物は相談だ」

景吾の言葉には力がある。みんなの態度が一瞬で変わった。
しばらく感じていなかった、緊張感を伴う、キン……と張り詰めた空気。
背筋をゾクリと何かが走った。

「……手塚。青学3年テニス部を、来週の土曜日にでも集められるか?」

―――その場にいた全員が、言葉と動きを失った。

景吾は、言っているのだ。

青学3年vs氷帝3年の練習試合を組もう、と。

「……ふむ、いいだろう。…………話をしてみよう」

言葉の意味を即座に理解し返答したのは、話しかけられた当人の手塚くんだった。
その返答で、みんなは動きを取り戻す。

えーじくんがワクワクした顔で笑いだしたかと思えば、その隣で亮が小さくガッツポーズをする。
侑士や不二くんは柔らかな微笑だけど、まるで面白いものを知った子供のような表情に。

そんなみんなを見た景吾は、口角をあげていつもの微笑み。

「……頼んだぜ」

対峙した青学と氷帝メンバーに、火花が散ったように見えた。






「…………ふぅ」

鞄を無造作に机の上に置くと、制服のままドサリ、とベッドに座った。
何も音がしない空間で、ぼんやりと先ほどの出来事を振り返る。

―――あの後、なんだか夢を見てるようなふわふわとした感覚のまま、私たちは帰路についた。
景吾だけでなく、侑士も亮も何かを考えているのか、口数は少なかった。

車でそれぞれの家まで送って行ったけど、別れ際も「じゃあな」だったり、「ほな、また明日」だけで終わり。まぁそれに対する私の反応も「あ、うん。また明日」というシンプルなもので、景吾に至っては片手を上げるだけで終了だったけども。

…………改めて思い起こすと、すごいことが決まった気がする。

否。

気、ではなく…………すごいことが、決まったのだ。

先ほど感じた、背筋を走るゾクゾクとした感覚。

久しぶりにみんなのプレイが、また見れる。
それだけじゃない。相手は―――青学。

いくら練習試合とはいえ、お互い『遊び』なんて感覚は絶対に持ち合わせない。いつだって彼らの間にあるのは『真剣勝負』。
また、それを見ることが出来るのだ。この目で。

―――楽しみすぎる。

自分自身で、鼓動が早まるのを感じた。
今度の水曜日まで、きっとこのワクワク感は止まらない。

何か……私に、出来ることはないだろうか。
大会でもない今、マネージャーなんて必要ないのはわかっているけれど。

んー、と伸びをして、私にできそうな『何か』を考えようとしていると、ガチャ、と唐突にドアが開いた。



もちろん、人の返事も聞かずに勝手に部屋に入ってくる人物は景吾様以外にはいらっしゃらない。

「んー?」

「……なんだ、まだ着替えてねぇのか?」

「あ、そっか、制服のままだった……つい」

「つい、じゃねぇよ…………どーせさっきのこと、考えてたんだろ?」

お前は考えこむと周り見えなくなるからな、と頭を軽く小突かれた。
ドサッ、と隣に座った景吾との距離があまりに近かったので、少し距離を開けようとしたんだけど。

ぐいっ。

その隙さえ与えてもらえず―――引き寄せられる。

身近に感じた景吾の体温。
先ほど高まった鼓動は、さらに早さを増す。

「…………驚いたか?」

先ほどの『青学vs氷帝』の話について言っているのだと、すぐに察しがついた。
私は何を言ってるのだ、というように息を吐く。

「…………確信犯のくせに」

「クッ……違いねぇ」

「……もう……」

なおもおかしそうに笑う景吾。
その計画を微塵も察することが出来なかったのが悔しかったので。

―――啄ばむように、キスをしてやった。

「…っ……」

いつもとは違う、高揚した気分が私を突き動かしたのかもしれない。
ほとんどしたことがない、私からのキス。
景吾がほんの少し動揺した。

その隙にベッドから立ち上がって、距離を取る。

滅多に見れない、景吾の少し照れた余裕のない顔。

ちょっとだけ、優越感を感じる。

「……色々準備しなきゃね!……さて……これから楽しそうだな〜」

「……っのやろ……っ」

景吾が立ち上がって追いかけてこようとしたのを、すんでのところでかわす。
駆け足でドアまで行った。

「お風呂、入ってきまーす!!」

「コラ、待て!!!」

「またあとで〜」

「追っかけて一緒に入ってやるからな!!」

「それは勘弁!!」

ギャアギャアと騒ぐ声が、屋敷中に響いた。



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