ガー……

『謝恩会プログラム案』

プリンタから排出される紙を手にとって、その内容に間違いがないか確認する。

、 できたか?」

「あ、うん、できたー」

出てきた紙を、すぐそばで作業していた景吾に渡す。

「……こうしていると、段々と実感が湧いてくるねぇ」

窓を通す日差しは柔らかい光。
寒さも少しだけ和らいでくる、もう2月も下旬。



Act.54  まだまだ 事は、終わらない


私や景吾は卒業式や謝恩会に向けての準備に駆り出されていた。
卒業式を仕切るのは在校生の仕事なんだけど、やっぱり実際に式を執り行う卒業生も把握しなければならないことがたくさんある。ましてや、謝恩会は私たちが メインで執り行わなければ全く意味が無いものだし……案外やることはたくさんある。
こんな時に駆り出されるのは、だいたい元生徒会のメンバーだったりするものだ。

「とりあえず、これを10枚くらい印刷して、先生や他の子との打ち合わせに使うつもりなんだけど……いいかな?」

「あぁ、それで頼む。それから……」

きょろ、と視線を移動させた景吾を見て、察する。

「あ、パンフレットのデザインも印刷してあるから、先生方に見てもらうね」

私の言葉に、景吾がぴたりと視線を彷徨わせるのをやめて、そのまま私に目を向ける。
……あれ、間違ったかな?

「……よくわかったな」

あ、合ってた。

「そりゃ、なんだかんだでずっと景吾さんと一緒に仕事してましたから、段取りくらいは読めないと」

「頼もしいぜ」

そう一言述べて口元に笑みを浮かべた。
私もそれに口元の笑みだけで返し、トントン、と印刷した資料を組み分ける作業に入った。

私は謝恩会のタイムスケジュール、各項目の担当者などを決定し、簡単なプリントを作成する仕事をしている途中。それから、当日に配布する式次第のデザイン を何種類かピックアップしたり、当日の席順表を作成したりという……ま、いわゆる雑用関係を行っていた。
景吾は使用する機材の確認や、卒業生として寄贈する物品の手配を主にやっている。
そして何より、この方には卒業式でも答辞やピアノ伴奏者などという役割まであるので、それの準備も同時並行で行っているわけだ。……なんて鉄人っぷりを発 揮してくれるのだろう。

「確か、今日は13時から卒業旅行の打ち合わせだったよな?」

「うん、第3会議室だったはず。結局、参加人数減ったんだよね?」

「あぁ。それも資料に反映させないとな」

「はーい。……そうそう、さっき先生が楽譜届いたって教えてくれたよ。みんなに配るのは来週になるだろうけど、伴奏者は早くにくれるって」

「そうか。なら、打ち合わせの後にでも、取りに行ってくる」

「おっけ〜」

卒業式に何を歌うか、実はなかなか意見がまとまらなくて、つい最近曲が決定したばかり。当然、それまでは何も練習出来なかった。
ようやく今日楽譜も届いたので、それを手に入れさえすれば、伴奏者の景吾も練習できるというわけだ。

一旦会話が途切れたんだけど、ふ、と景吾が何かを思いついた顔をしたので、そのまま私は景吾の顔を見た。

「……そういえばお前聞いたか?鳳の話」

「へ?なに?チョタがどうかしたの?」

「卒業式で俺たちの入場のとき、あいつがヴァイオリンを弾くそうだ」

「…………えぇぇぇぇ!?そうなの!?」

「あぁ。今の生徒会メンバーがずいぶんと力入れてるみたいだな。後は吹奏楽部の部員が何人か出るらしい」

「へぇぇ、すごいねぇ、チョタ……吹奏楽部に混じって演奏なんて!すごい楽しみ!」

チョタのヴァイオリン、たまーに聞かせてもらうことはあったけれど……吹奏楽部の子がいるってことは、きっと室内楽形式で演奏してくれるんだろう。ヴァイ オリンソロでもいいけれど、二重奏、三重奏になったとき、彼の演奏がどんな風になるのかすごく気になる!
卒業式が行われるホールは、もちろん音響設備バッチリなので、その腕前もよりいっそう映えることだろう。

あ、そういえば。

「最近、景吾のピアノ聴いてないなぁ。……練習するとき、聴いてていい?」

「もちろん。……それなら、今日は帰ったら俺様の腕前を披露するか」

「やったー!!」

「お望みなら、伴奏曲以外の曲目もどうぞ、お嬢さん」

やたらと気障っぽく(いや、実際に気障なんだけど)言う景吾さんの流し目に、相変わらずなれない心臓が悲鳴をあげる。

「…………景吾さんのお得意の曲で結構です」

やっとの思いでその言葉を口にして、流し目攻撃を受け流す。……うまく受け流すことは出来なかったけれど。
一生懸命平常心を取り戻そうとしている私を見てーーー景吾がワルーイ顔になった。

「なら、お前に送る曲はただ一つだ。サティのジュ・トゥ・ヴ。邦題は……」

ニヤ、と笑って景吾が頬を寄せてくる。
私は、持ったプリントもそのままに、ピシリと体を固めた。


『おまえが欲しい』


耳元で囁かれた声に、強制的に思考回路は切断される。
……そして文句を言うための器官である発信元は、塞がれていた。

「……………さて、演奏会後の楽しみもできたことだ。仕事が捗るぜ」

顔が離れていくと同時に、上機嫌にそうつぶやいた景吾さん。
その言葉の通り、ものすごい勢いで仕事をこなしていった。……ちなみに私もじたばたしたいくらいの恥ずかしさに負けないように、夢中で手を動かしたので非 常に仕事が捗ったことが……なんとなく、悔しかった。


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