「……なぁ、跡部」

「なんだ」

「………………………あのよ、この台本」

…………やつらの顔を見て、台本を読んで感じた微かな思いを、俺だけが感じたのではないということを知った。




Act.43  り替えていく、物語



翌日の昼休み、少し授業が長引いた俺と忍足が屋上へ行くと、すでに集まっていた面々は若干暗い顔をしていた。

「あれ、は?」

「監督に音響の相談に行った」

俺の返答に、あぁ、とやつらが頷く。
だが、やはりその顔は暗いままだ。俺は小さくため息をついた。

「……で?なんだお前ら、その顔は」

「……考えすぎってのはわかってんだけど」

「つか、こんな作り話にいちいち反応するのもどーかと思ったんだけどよ」

「でもやっぱり……気になってしまうんですよね……」

ブツブツ、と言い続けるメンバー。
隣で忍足が、『……そーゆーことか』と呟いた。

俺も言わんとしていることがわかっていたので、もう一度息をついた。

「…………お前らが気になってるところはきっと、俺と同じだ」

「…………ってことは、跡部もか?」

岳人の問いに、俺は頷きだけで返した。
……そっか、と岳人が小さく呟いた。

「……違う世界から来て、最後は違う世界に帰っちまうなんて……わかってても、なんか想像しちまうよなー……」

宍戸が遠くを見つめてぽそりと呟くのを、全員が黙って聞いていた。

……それは、あまりにもの境遇に似ていて。
違う世界から来た人間が、いつか違う世界に帰ってしまうのではないかと、いやでも俺たちに連想させる。

ちゃん、なんとも思ってへんかな……?」

「アイツはそこまで考えてなかったみたいだぞ。昨日の様子じゃ」

そうなんか、と返答した忍足の顔も、浮かなかった。

「……なんつーか、竹取物語って、結構寂しい話だったんだな……」

「残された人間とか、いたたまれねーよなぁ……」

小さく呟くやつらに、『考えすぎだ』という言葉は、嘘でも言えなかった。

もし。

もし、万が一にもが元の世界に帰ることなんてあったとしたら、

『かぐやのいない時間を生きて、一体どうなるというのだ』

―――きっと、あの最後の言葉は、俺自身の言葉になるだろうから。

……早く台本の読みあわせをしなければならないのに、誰ひとり台本を開こうとしなかった。

誰も何も言わなかった。
誰も、何も動かなかった。

―――しばらくして、何気なく岳人が台本を手にとったことで、パサリと静寂の空間に音が生まれた。

「……っていうか、そもそもよー」

ちらり、と岳人が台本を見る。

「「「「「「………この台本、面白くねぇ(おもんない)」」」」」」

ぴったり揃った声。
その合わさり具合に顔を見合わせて……ようやく俺たちは笑みを浮かべた。

「なして俺が帝と一緒に最後嘆かなあかんねん。それに、まず俺はかぐやに嫁になんて行ってほしないわ!」

「俺ならかごから落ちる前に自分で降りちまうっつーんだよな!ムーンサルトで!」

「偽物の鉢作るならもっとうまく作りますよ、俺なら」

「大体、職人に先に金払っとけばそんな問題おきないっしょ?うちのクリーニング屋は前払いだC〜」

「なんでも金で解決しようとするからいけないんです。自分が動かなければ、下剋上は成り立ちませんよ」

「家来に先に行かせるなんて激ダサ。結局後で自分が取りに行くんだったら、最初から行けってーの」

「しかも、これだと一番おいしい役どころは樺地だろ?かぐや姫かっさらって月に戻って……樺地だけいい思いしてんじゃねぇか」

「…………ウス」

ぎゃあぎゃあと台本について文句をひとしきり言い合う。

「もう変えちまおうぜー、台本!」

「俺は絶対ちゃんを結婚させんで……!」

「あー、はいはい、じゃなくてかぐや姫な。そうしたら、難題ふっかけんの侑士でいいんじゃね?」

「嫁に出したくない父親が婿候補に対していやがらせか……それはそれで激ダサ、だな」

「俺は金に頼らず、自分で火鼠の皮衣を探しに行きます」

「でもよー、そーすっと失敗しねーじゃん」

「いいじゃないですか、結局見つからなかったってことで」

「じゃ、俺たちの難題の結果も変えようぜ!」

意気揚々と岳人がペンを取り出し、台本に今出た意見を次々と書き足していく。
遠い異世界の姫という共通点で重なる物語。

もしいつか、が異世界に帰らなければならない時が来たとしても。

―――必ず、俺たちが運命を変えてみせる。

こうして、台本は大幅な改定が行われることになった。





「遅れてごめん!」

パタパタと駆け足でやってきたを、俺たちは満面の笑みで迎えた。

「おーっす。おつかれー」

「監督なんだってー?」

「うん、協力してくれるって!明日までに何曲か選曲して教えてもらうことになった!音源も提供してくれるって!」

「ほな、BGMに関しては大丈夫やな。……んで、ここで暗転やな」

「あー、そーだなー」

岳人がガリガリと台本に何事かを書きこんでいく様子を見て、が不思議そうにそれを覗き込む。

「?なにやってるの?」

の疑問に、ジローと岳人が笑いあった。

「台本変えてんの」

「ええっ!?」

「話し合うとるうちに、変えよ、いう話になってん」

「一体どーゆー話し合いを……!?」

「物語そのままじゃつまんねーだろ?」

「やっぱやるからには面白くしなくちゃな!おっ、ここで俺飛ぶわー」

「飛ぶ!?」

先ほどとは全く違う空気。
目を白黒させるの姿が面白くて、全員が思わず笑った。

キーンコーンカーンコーン……

いいところだというのに、それを遮るチャイムが鳴り響く。

「なんだよー、まだ途中なのに」

「仕方ないですよ、昼休みは短いですから」

「放課後もう1度集まって完成させちまおーぜー」

「よっしゃ、じゃ、放課後は部室な!」

「おしっ。じゃ、ぼちぼち戻るか」

解散に傾きかけた中で、は目まぐるしく動いている今の状況についていけないらしい。えーと、と何を最初に聞こうか迷っているみたいだ。
大丈夫か―――と声をかけようと思ったら、の顔がこちらを向いた。

「け、景吾!……出番は増えてないよ……ね?」

よりによって、まず聞くことがそれか、と少し笑う。
あいつらも、『なんだなんだ?』と振り返った。

「……大丈夫だ。むしろ、少し減っちまったかもしれねぇな」

「あ、それは歓迎!」

「…………だから、普通逆だ」

俺が頭を小突くのと、メンバーが笑いだすのは同時だった。




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